第6話 最初の街フォルカナ
「仮身分証は鉄貨30枚だ」
「これで」
懐から革袋を取り出し銀貨を渡す。お釣りは鉄貨70枚。街へと入る門で身分証明証と街への入場証がない場合は別の窓口で手続をして仮の身分証兼入場証を発行してもらう。
京一が持っていたお金を使って街へとスムーズに入場することが出来た。
アーシュは血のついた袋を引きずっていたために衛兵にかなり警戒されてしまった。田舎の村から出てきた冒険者を目指す腕自慢の若者、それはこの世界ではあまりにも当たり前の存在、説明すればすぐに開放され窓口に案内された。
「流石に町中でそれを引きずるのは止めてくれ、道が汚れる」
「わかった」
狼を5体入れた袋をアーシュはぐっと力を入れて持ち上げる。袋が悲鳴をあげるが、編み込まれた頑丈な袋はその重さにしっかりと耐えてくれた。
血を抜いて内蔵を処分して、それでも100キロはゆうに超えている。それを背負うことでアーシュの下半身にはグッと負荷がかかる。
「あんた、凄いな」
「いや、結構無理してるぜ」
「真っすぐ行けば正面が冒険者だ、あんたはきっと名のしれた冒険者になるぜ」
「ありがとう」
挨拶を交わしながら街へと入る。壁の内側は人間の領域、そこには多くの人が行き来する街が存在する。
巨大な袋を背負ったアーシュは人目を引くが、そんな目線を気にもせずアーシュは教えてもらったとおりに冒険者ギルドに急ぐ。旅の荷物に狼の死体、2つを合わせれば120キロほど、さすがのアーシュでもしんどいのだ。
石造りに木造り、漆喰を利用した壁や藁葺の屋根など、街の建築物は統一感がなく雑多なのだが、なぜか雰囲気がある。石引の少し荒れた道と合わさると京一風に言えば中世西洋風の街と村が混ざったような情景になるらしかった。
冒険者ギルドは他の建物に比べるとぐっと立派な建物だった。大きく分厚い扉を押し開けて中に入ると少し薄暗い室内に多くの冒険者がたむろしており、併設している食堂兼酒場では昼間から酒をあおっているガラの悪いやつらもいる。本で書かれていたように、お行儀の良い場所ではなかった。
アーシュが入ってくると喧騒が静まり、ひそひそと声を潜め、品定めをするような目線がアーシュに集中したが、アーシュは正面のカウンターに急いだ。受付の女性は面倒事がやってきたと露骨に嫌な表情をしていた。少しきつそうな顔つきではあるが淡い栗色の髪と服の上からもわかる豊胸、笑顔であれば美人であろうが、正直アーシュは女性には慣れていないので機械的な対応のほうが助かるのだった。
「冒険者登録をお願いしたい、それと、来る途中で狼を狩った。素材を買い取って欲しい」
「わかりました。その袋ですかね?
それはあっちのカウンターに、終わったらこれに記入をお願いします」
ようやくこの重量開放されると足早にアーシュは隣のカウンターに袋をドンッと乗せる。分厚い頑丈なカウンターがギシリと鳴いた。
再びカウンターに戻って書類に目を通す。
読み書きは京一の本でしっかりと学んでおり、いくつかの他種族の言語や古代語もある程度理解している。
インクを付けたペンでサラサラと記入をすると受付の女性に驚かれる。
「見た目と違って、ものすごく綺麗な字を書かれますね」
「ありがとう、世辞でも嬉しいよ」
「……アーシュ・サカキ……16歳!?」
受付が思わず声を上げる。ギルド内部もざわつく。
「失礼しました、その体で、そこまで若いと思わなくて……」
「結構、修羅場を通ってきてるんです」
「……落ち着き方も……いいです。問題ありません、こちらが冒険者の証である札になります。初回発行は無料ですが、なくすと銀貨5枚かかります。冒険者ギルドに伝わる魔道具で作られた品で偽造は不可能だし、もし偽造がバレれば永久追放です。血を一滴この中央に付けてください」
小さな針で指先に傷をつけ、血を札に吸い込ませると淡く光って本人登録が終了する。
「まずは準初級です。依頼をこなすか講習をすべて受けるか、実地試験で初級になってからが冒険者として認められます」
「すぐに実施試験を受けたい」
「でしょうね、それでは訓練場に移動してください。教官を向かわせます」
「ありがとう」
「……アーシュ、さん。ずっとそのまま礼儀正しくいてくださいね、本当にお願いします!」
受付の女性の笑顔に、ギルド内にいた他の冒険者から舌打ちが聞こえる。
確かにそのあたりで管を巻いている冒険者に比べるとアーシュは理性的で知性的で紳士に見える。
訓練場に続く廊下を抜け外に出る。訓練場という名前の通り剣を打ち込む人形や弓矢などの的などが並んでいるが、誰一人、人の気配はなかった。しかし、アーシュから少し離れて何名かの冒険者は実地試験を見学するためにのそのそと歩いてついてきていた。
円形の開けた訓練場、その中央の模擬戦会場にアーシュは荷を下ろす。
用意された木剣を手に取り、何度か素振りをして感覚を試しておく。
「なるほど、でかい。それにあのウルフは一人で狩ったのか?」
「ええ、荷物に喰らいついてて上手いこと不意をつけたんで」
「血抜きの処理、内臓の処理が完璧で解体のおっちゃんが褒めてたぞ、うちにほしいってな」
「依頼があれば受ける」
「さて、戦いはどうかね。俺は教官のセファだ」
握手を求められる。アーシュはその手を握り名を名乗る。
「アーシュ・サカキ、剣と弓を使う」
ぐっと力がはいるが、アーシュは涼しい顔で握り返す。
「まいったまいった。挨拶はこれくらいにしてー……まずは弓から、あそこからあの的を狙ってくれ」
「わかった」
京一が書く本の言葉遣いはこの世界では非常に丁寧な言葉遣いで書かれており、アーシュは気を抜くとそういう言葉で話してしまいそうになるが、あまり丁寧な言い回しはこの世界では少し嫌味に聞こえるので、できる限り自然な言葉を出すように気をつけている。ぎこちないのでぶっきらぼう気味だが、冒険者的には舐められないためにも最低限くらいの話し方に結果としてなっている。
アーシュは弓を構えて次々と的を打っていく、ほぼほぼ百発百中にセファも見学していた冒険者も舌を巻いた。
「凄いな、文句のつけようもない、次は、剣だな」
セファもアーシュと同じ木刀を手に取り正面に立つ。
「では、一手お相手願おうか」
「よろしく頼む」
アーシュも剣を抜いて構える。教官を名乗るセファの構えはオーソドックスな剣の構えだが、アーシュは剣を中段に構えて真正面を向く。
「変わった構えだな」
「自己流だ」
京一の母国で剣道という武術の構えだった。