第44話 泥沼
幾度かの戦いをなんとか勝ち抜いたユグドラシル軍であったが、連戦の疲労は溜まっている。そして、人間連合軍もユグドラシル軍の魔法に対抗する呪術を開発し、ついに実験的に運用し始めるのであった。
「お、おい、なんだあれ……」
「魔物? 総員警戒! 異形の化け物が現れたぞ!!」
呪術による混成魔獣と死霊部隊の投入だ。
「じゅ、呪術で作られたものなら魔法で解呪を!」
「だ、だめです。魔法が、届きません!!」
人間側も魔法の遮断技術を生み出してきた。
「……これが人間の恐ろしさだ……」
リョウマはその報告を聞いて京一の書に記された驚くべき技術開発に感心したと同時に恐怖を覚えたことを思い出した。人間の探究心を刺激するとこんなことまでやってくることを思い知らされた。
リョウマはキメラと対峙すると指輪と胸が傷んだ。それは精霊王があの呪術も穢れているという警告であることはすぐに気がついた。それほどまでに禍々しい存在であった……
「駄目です、矢で打とうがお構いなしに、壁に取りつかれます!」
「魔法ではない炎を使え! 油を惜しむな! 抜かれてはいけない!!」
「ば、ばかな!! 倒されたやつが、ぞ、ゾンビに!!」
「まさか奴らの元は……亜人か!?」
「キメラにも混ぜられているかもしれんぞ!」
「人間どもがぁ!!」
「オレが出る!!」
「リョウマ様!!」
禁じられた力は使わずに身体能力を高める。普通の魔法であってもリョウマの力は亜人たちよりも圧倒的、様々な金属で試し魔力伝導率が高く魔力を込めることで鋼を易易と斬る金属を見つけていた。ミスリルと名付けられたその鉱石を用いたドワーフ特製の武器に魔力を注ぎ込みながらゾンビたちを切り裂いていく。このミスリルは非常に希少でめったに発見できない、さらに致命的な問題がある。あまりに魔力透過性が高いので生半可な魔力量で扱うと一気に魔力を外部に吸い取られ霧散していってしまい、強化が解かれてしまう。魔力を流しつつ多くの魔力でカバー出来る技量が必要になる。ミスリル製の武具を扱える亜人はリョウマを含め極少数しか存在しない。
外部の魔法を遮断する壁を貫き、直接内部に魔力を叩き込めばゾンビたちは呪術の楔から開放されていく。
巨大なキメラもすでに四肢を斬られその動きを封じられていた。
切断面からは魔物や動物、そして、亜人の穢された肉体が溢れ出して、リョウマはその場に吐瀉物を吐きながらキメラを切り刻み絶命させた……
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
血まみれな死体の山の上で、人間たちの非道に、リョウマは吠えた。
亜人達は勝利の雄たけびよりも、その方向に交じる無念と怒りと悲しみに哀悼の意と人間に対しての改めて大きな怒りを覚えるのであった。
「遺体を、荼毘に付してやってくれ」
キメラを生み出していた呪術のシステムはまさに悪魔の所業だった。
呪術によって作られたコアを中心に周囲の生物の魂をエネルギーとして吸い上げ、肉体を結合させキメラの力の一部として限界を超えて動かされ確実な死へと向かわされる。こんなことを続けていけば、あらゆる生命が穢されてしまう……
キメラから分かれた死体の山は空へと帰されていった。
その姿にメラやヤドの姿を重ね、リョウマはもう一度地べたに突っ伏し胃の内容物を吐き出すことになる。
リョウマの心には、怒りよりも拭いきれない悲しみが満ちていた。
この力をこの世界に残していてはいけない、この力は、全ての命を穢していく……
彼のたった一人の決意は、より固いものになる。
人間たちからすれば成功体験となったゾンビやキメラを利用した戦闘は苛烈と凄惨を極めたものとなった。人間軍、ユグドラシル軍双方に大きな傷跡を残しながら戦闘は続いていく。
その間にリョウマは過去の人間が行った世界規模の呪術を参考に、呪術を同じように封じるためにという名目で亜人たちとともに世界中で準備を進めていく。
戦いと準備、リョウマは文字通り寝る間もなく動き続けていく。
「……リョウマ、お前がやろうとしていること、本気でやるつもりか?」
気絶するように王座で意識を失ったリョウマに精霊王達が語りかけてきた。
世界中に張り巡らせた魔法陣、装置によってリョウマの意図が理解できた精霊王がこの場を作ったのだった。
「はい」
「……死ぬぞ」
「……はい」
「恨むものもいるだろう」
「はい」
「それでも、決めたのだな」
「はい」
「……この術式、発動すればお前の魂は引き裂かれ、絶え間ない苦痛が襲うだろう。
しかし、我らが力を貸して出来る限りの痛みは和らげてみよう。
我らのことも考えてくれているようだからな……」
「ありがとう、ございます」
「……我らは、人も亜人もなく共に歩めると信じていたのだがな……」
「強い力は、歪みを産んでしまう。そして、今、この世界の歪みは、世界の穢れ、死に向かっています。
マナ、魔力と呪術の源、根源の力、正しき数式で用いれば魔法、呪術、力を与えてくれます。しかし、存在してはいけない虚数に意義を与えてしまえば世界は崩壊する。もう、それは眼の前に迫っています。穢れ我が内に、マナは精霊たちとともに異次元に……この世界から、魔法も呪術も根源から消し去ります」
「あの森に戻るんだな」
「はい、京一が長く暮らし、そして耐えた土地、あの地より異次元へと繋げます」
「リョウマ、もう何も言うまい……せめてお主の魂が穢れに負け、虚数の世界へと堕ちないことを祈っている」
「ありがとうございます。たとえ魂が穢れ、堕ちたとしても全ての穢れは必ず世界から取り除かなければいけません……」
「お主がやる必要が、いや、これ以上は無粋というものだな」
「皆様、お元気で」
「……お主の大願が成就することを祈っておる」
うっすらと目を開ける。
皆から贈り物か、連戦続きで灰色になっていた意識、泥濘のような身体の重さが無くなっていた。
「最後の仕上げだ。すまないが皆を集めてくれ」
リョウマは最後の号令をかけるために、亜人達を集めるのであった。




