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第41話 灰と炎

 戦後処理が進む中、勝利したユグドラシル軍は明るい未来へと……進んではいなかった。捕虜の扱いや今後の対人間への対応で意見が纏まらない。


「今回の勝利でさらに流入する亜人は増加した。戦力が壊滅した王国からの奴隷解放も加速している! 一気に戦力も増大している! この気を逃すわけには行かない、一気に王国を飲み込もう!!」


 拡張を訴える派閥は今のところ最大派閥だ。机を叩きながら熱弁を振るう。


「いや、王国はすでに聖国からの支援を受けて反撃の機会を伺っている。次は二国を相手の戦いになる可能性もある。慎重になるべきだ、守戦だから今回の戦いは勝てたに過ぎない、我々に守られた敵を攻め落とすほどの戦力は持っていない!」


 次に多いのが慎重派、今手に入れた幸せを豊かにしていきたいという、心情に訴える形で伸びている。


「そもそも、大量の捕虜をどうする? むしろここで人間側に解放して停戦などの選択肢を引き出すべきでは?」


「生ぬるい! 捕虜は奴隷化し国力を高めるために使い潰してやる!

 やつらにやられていたことを返す権利が我々にはある!」


「それでは立場を変えただけで、我々が人間と同じになってしまう!!

 せっかく手に入れた誇りを自らの手で貶してどうする!」


「理想論、いや、お花畑の空想を吐くのはさぞ楽しいでしょうなぁ……

 実際の問題として我々には多くの労働力がいる、最も効率の良い労働力を利用しない手はありますまい」


 拡張派と慎重派の意見にそれぞれ理解できる点もある、リョウマは現在のユグドラシル内部での対立構造の溝の深さに心を傷めている。


「……簡単にまとまる話ではないだろう、一旦問題を整理しよう。

 今日はここまでとする。今は戦後の復興と各地の発展を引き続き支援していこう」


 リョウマは亜人達の議論に積極的に参加できずに傾聴していた。

 そして同時に自らの中で答えを出せずにいた。

 このままではいけないことは理解していたが、もともとの人間を倒し、亜人を解放するという目的、そしてその手段が武力によるものか、内政によってなすべきか、多くの亜人を従える立場となって、わからなくなってしまったのだ。


 問題を先送りにしようとしても、新たな問題が次から次へと起こる。

 捕虜たちの傷も癒え始めたある日、大きな事件が起こる。

 捕虜が蜂起し脱走を企てたのだ。

 捕虜の中に身分を偽っていた呪術師が混じっており、魔法による拘束と支配を秘密裏に解放し、一気に反乱を起こした。

 人間たちもただのバカではなかった、ローブを着せた呪術師以外に兵士の中にも呪術師を潜伏させていたのだ。


「馬鹿な! こちらは治療などできる限り人道的に扱っていたではないか!!」


「やはり人間!! 甘い顔を見せればつけあがる!!」


「被害は?」


「現在市街地にて交戦中ですが、被害は……少なくありません。その……奴らは、人質も厭わず、弱い、子どもを……」


 ベキンっ! リョウマの持つ羽根ペンがへし折れた。


「俺も出るぞ!」


 すぐに現場へと急行する。

 机やテーブルで作られた簡易的なバリケードの向こうから人間たちの声がする。


「人質の命が惜しければ我々を解放しろ!!」


「治療してやった恩を忘れたか!?」


「黙れ! 亜人ごときが人間に楯突く罪深さを悔いるが良い!!」


 そして、人質であった子どもの首を刎ねた。

 吹き出した血が地面に飛び散り、溜まった雨水に溶け込んでいく……

 この行為がどういった結末を産むのか、少し考えれば理解できそうなものだが、捕虜たちもまた正常な思考を失っていた。

 町人達の悲鳴が街に木霊する。


「……俺の……せいだな」


 ゆらりとリョウマは最前列に歩いていく。握られた拳は怒りで震えていた。

 その怒りは人間への怒りではない、自らの判断の遅さ、温さが招いた悲劇、自分への怒り、横たわる子どもの死体に、メラとヤドの姿を重ねていた。

 リョウマは怒りに心を燃やされている、一瞬、メラとヤドの心配そうな顔が浮かんだが、リョウマはそれを怒りでかき消してしまった……


「何だ貴様! 人間がなぜ亜人達の中に!? 奴隷化されたのか!?」


「……私の名前はリョウマ、亜人解放戦線ユグドラシルの長だ」


「き、貴様がリョウマか!! よーし、貴様の首でこの亜人どもを救ってやろう、今すぐ死ね!!」


「……死ぬのは貴様らだ!!」


 リョウマは精霊を支配した。

 溢れ出す怒りと魔力で、凄まじい魔法を繰り出す。

 精霊は悲鳴を上げるように苦しみ悶えたが、リョウマは辞めることはなかった。

 竜巻が人質を上空へと跳ね上げる。

 次の瞬間、人間たちのいた場所は獄炎に包みこまれる。

 一瞬だった。

 周囲の建物の一部もこそげ取った炎は、その場に消し炭しか残さなかった。

 空に舞った子どもたちはリョウマの眼の前にふわりと着地され、率いていた兵たちに保護される。

 その場にいた全員が、リョウマのすさまじい力を目の当たりにした。

 周囲の壁に敵兵の姿が焼き付けられ、人形の影が壁面に並び、異様な風景になっている。

 亜人達が使用する魔法とは世界の違うリョウマの魔法。

 そして、リョウマの赤く光る瞳、指輪から全身に伸びる脈動する魔力回路、その姿は人間からはかけ離れていた。


「……魔王……」


 誰かが呟いた小さな声が、静まり返った街に響いた。

 この日から、リョウマは影で魔王リョウマと呼ばれるようになった。

 それはいつの間にか人間側にも伝わり、ユグドラシル軍の王は魔王リョウマと呼ばれるようになる。

 リョウマはこの日から、拡張派の意見を取り入れ、人間たちに苛烈な行動を取っていくようになるのであった……


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