第4話 森から外へ
魔獣との遭遇からは順調に森を進んでいく、人の手の入らない森は鬱蒼とした草木が行く手を塞ぐ場所もあるが、魔獣や魔物、動物たち、生命が行き来をしていれば自然と道が出来ていく。アーシュはその道を上手く利用していく、木々が密に生えすぎている場所は太陽も十分に差し込まず低層の草木も育たずシダ類など日光が無くとも育つタイプの植生になる。コケやシダが茂っている方が足元が滑りやすく注意が必要になったりする。
「いてっ! ヒルか……」
魔物以外にも森には厄介な存在はいる、虫やヒルなどの生物も対策をきちんとしなければ病気になったりする可能性もある。昆虫の中に寄生する虫が身体の中に入って育ち内蔵を壊す、目に見えないがそういう存在が多数あることをアーシュは知っている。火をつけた枝で昼の背を焼いて噛みついていたヒルを払う。傷口には薬草を当てて包帯を巻いておく、念の為にそういった目に見えない虫を下すクスリも飲んでおく。蚊や昆虫の吸血時にそういった虫が侵入することもあるために森を歩くときはしっかりとした虫対策、虫除けを準備することが大事だ。
日が暮れてくれば早い段階で夜の準備を開始していく、夜行性の動物や魔物もいるが、しかし、強大な生物ほど昼に狩りをすることが多く、どちらかといえば昼の競争に負けた生物が夜行性へとその生活様式を変えた場合が多い。つまり、あまり力が強かったりしない、しかし、中型から小型で数が多い場合があるので危険な存在であることは変わりない。
理想的には外敵の侵入方向を絞ることが出来て、その侵入経路を察知できる作り、つまりは洞窟のような形状の場所で休むことが望ましい。
もし自然にそういった形状になった場所が見つからなければ周囲の木々を使って作り出していく。大木の根本などはそういった形状の場所を見つけやすいし、作りやすいので目星をつけたらどんどん準備を進めていく。
弱い生物は火を嫌うので、進入路の前に火を扱う場所にすればそれだけで襲われるリスクを減らせる。せっかく暗闇の中で敵を倒すことに変化しているのに、明るい場所にいる獲物を狙うメリットは相手には少ない。
虫除けや周囲に鳴子をつけた罠を広げておけばより安心して休むことが出来る。
それらの準備をしっかりと行い、できる限りきちんと休むことがこの森では非常に重要だ。
「森を出るまで、まだ、長いからな」
4年の間貯蓄した燻製干し肉や魚、ドライフルーツに野菜類は魔法の収納で大量にある、しばらく飢えることはない、食材の保存方法も京一の知識を利用しているために数ヶ月単位で保つはずだ。慣れた手つきで小麦類の粉と水を混ぜて練り火に当てていく、付け合せは慣れ親しんだ干し肉と野菜のスープ、岩塩を削って味付けをしていく。京一は食に対するこだわりも非常に強いらしく、香草や魚の骨などを利用した味の追求に対する情熱が本から伝わってきた。森の中で米を作れなかったことを悔やんでいた。
こうしてアーシュの森での一日は終わる。
広大な森をこうしてアーシュは踏破していく、魔獣との遭遇というアクシデントもあったが、その後は順調に進んでいく。
そしてとうとう森の出口が見えてきた。
「さて、あとは夜になったら……」
森の外との境には深い堀と木製の柵が張られている。森からの魔物や魔獣が外の世界へと飛び出さないように人間の作った壁だ。
常備人がいて見張っているわけではないので、夜間であれば難なく超えることが可能だ。アーシュは壁のそばで周囲が暗くなるまで休憩し、日が沈むと同時に暗闇に紛れて壁を超えた。
「……」
無言で空に浮かぶ月と星を見上げる。
アーシュ、森に落とされてから4年ぶりに外へと戻ってきたのであった。
森の中用の外套から一般的な外套へと着替え、街道に向けて歩き出す。
森を含めた周囲の地図も京一が残してくれている。
森から最も近い冒険者ギルドを有する街フォルカナに向けてアーシュは歩き始めた。夜間ではあるが森と違い月明かり星明かりで周囲の状態を把握できる。街道に出れば道の途中に休める場所もある。そこまではこのまま歩いていく。
腰を超える草をかき分けながら優しい夜風を受けながら静かな夜を歩くアーシュの静寂を悲鳴が邪魔をした。
「どこだ……?」
アーシュは身を伏せて周囲を探ってみる。進行方向から女性の悲鳴が聞こえてくる。慎重に速度をあげて草に身を潜めながら進んでいく。
「どうかおやめください!」
「良いではないか、下民が俺に逆らうのか?」
「お許しください、私には将来を約束した者が」
「減るものでもないだろう? いい加減にしろ、手討ちにしてもよいのだぞ!?」
「どうか、どうかお許しを……うう……」
男が女性を組み敷いている、会話から女性が下民、男はそれよりは上の階級の人間なんだろう……アーシュはその様子を見て怒りを覚えた、そして、少し離れた馬車のそばでその光景を見ぬふりをしている数名の集団を見て、さらに怒りが増した。
「……やはり、腐っている」
真っ黒な外套に身を包み、服を脱がされ、涙を流して耐えている女性と、ズボンを下ろそうとしている男の背後に一気に近づいていき……
「醜い」
男の股間を背後から思いっきり蹴り上げた。
「ぐぎゃ!」
汚い声をあげて、男はふっとばされ、泡を吹いて気絶した。嫌な感覚がアーシュの足に伝わったが、一応潰さない程度には手加減はしたつもりだった。
「きゃあっ!」
月明かりのもととはいえ、真っ黒な外套に身を包んだアーシュの姿ははっきりとは視認できない。
「愚物め」
そのまま様子を伺って遠目に見ている者たちの前をわざと姿をさらして走り去った。こうして第三者が行ったことだと皆が認識出来るようにして、女性の命を守るのだ。見殺しにしていた人間たちも、これで一応の役には立つ。
いろいろと言ってやりたいこともあったが、アーシュはそのまま全速力で街道を走り抜けていくのであった。
心に怒りの炎を燃やして……