第32話 蜂起
「も、ぶへっ、もう、や、やべ、止めて、くだ……さ……」
「……貴族だろうが、何の意味もない、この世界はくだらない」
リョウマは馬車を降りる。
もう、子爵だったものは、四肢もなく、無理やり縛り上げ出血を止めたが、あとは死ぬまで苦しみ続けるだけだろう。
「……あんなやつのために、今までどれほどの命が失われてきた……くだらない、本当にくだらない……」
外に出ると広場にはリョウマを捕らえるための衛兵も集まっていたが、その惨状に耐えきれず吐瀉するもの、腰を抜かすものなど、さらなる混沌を引き起こしていた。
「あ、アーシュ……殿、なぜ、このようなことを……」
「あ、あんなに街のために尽くしてくれていたじゃないか……」
顔見知りが変貌してしまったアーシュに戸惑いながらも声をかけてくる。
「街に尽くした、ああそうさ、俺は街のために小さな依頼も一生懸命こなした。それに、メラやヤドも皆のために一生懸命働いてくれていたよな?
だがどうだ、二人が、あの貴族に、一方的な暴力を振るわれ、惨たらしく死ぬまで、一人でも助けようとした人はいるか?
いないよなぁ!?
どうしてお前たちは当たり前のように貴族に従う?
奴隷に非道を行える?
なぜだ!?
見ろ、貴族なんてなんの力もない、俺に細切れにされて今、この中で蠢いているただの人間に過ぎない。
奴隷だって生きている。
何をしても言い訳がない。
なぜだ、なぜお前らは当たり前の顔をして、他者の命を凌辱できる!!
こんなにも気色の悪い、胸糞の悪い、反吐が出そうな行為を、当たり前のように行える!? 見過ごせる!?
気持ち悪い……お前ら、全て、気持ち悪いよ……」
リョウマは血まみれの両手で顔を覆った。
吐きそうだった、その両手にこびりついた血の匂い、自らが行った行為、メラやヤドの事を思い出すと、今にも頭が狂いそうになる。
「……呪術だよな、貴族に逆らえば呪術で奴隷に落とされる。奴隷になってしまえば人権なんて失う。そして、獣人、亜人は生まれながらにして人権なんてものはないってのが当たり前、常識なんだもんなぁ!!」
回りの人間は皆それに異を唱えない。無言の肯定だ。
リョウマの奥歯がギリギリと音を立てて軋む……
「ああ、京一の言うとおりだ。
何も変わらない、結局、俺やメラやヤドが何をしようが、世界は何も変わらない……」
沸々とリョウマの中に怒りが沸いていく、魔力と混ざりあい、グツグツと煮えたぎっていく。
「呪術、人間の優位性を奪って、それで奴隷がお前らの言う通りに動いてくれればいいなぁ!! 虐げられた者たちの、溜め込んだ、抑え込んだ、耐え抜いてきた苦難を、味わうが良い!!!」
魔力の爆発。魔力の波動が街中を突き抜けていく。
この最古の街中に存在する全ての呪術が、魔力によってかき消されていく。
全ての奴隷の軛は解かれ、彼らを縛るものは無くなる。
「聞けぇ!!
アーシュ・サカキは今死んだ!!
俺は、リョウマ!!
人にして人を辞めた者の名だ!!
虐げられた亜人を解放する!!
貴族の、人間による勝手な階級制度をぶち壊す!!
全ての人間を敵に回しても、俺は、この世界に叛逆する!!
亜人たちよ、俺と共に歩めば呪術の恐怖から守ると約束する!!
俺は亜人と共に歩む未来を掴む!
新しい世界を知りたくば、俺と来い!!
我が名はリョウマ!!
この世界をぶち壊す者だ!!」
魔力によってこの地にいる全ての生命にリョウマの声が届けられた。
そして、同時に消える呪術の縛り、奴隷、特に酷い扱いを受けていた亜人はその声に震え、そして歓喜した。
「俺は、リョウマと共に歩む!!」
「リョウマ様!!」
「人間どもめ……とうとうこの日が来た!」
「だ、だが、ほ、本当に大丈夫なのか? 逆らえばもっとひどい目に……」
「彼は力を見せた! 見ろ、俺達を縛り付け、苦しめていたあの首輪も消えた!」
「いつまでこの生活を続けるんだ!! 考えても見ろ、俺達は生きているのか!?
生かされているだけだろ!!」
「そ、そうだ! 俺達だって生きているんだ!!」
ドワーフたちの中には非道な行為を受けずに、過酷な労働ではあるものの、ドワーフの本質である鍛冶に生きていた者もいた。
「ヤドを見ただろ! アーシュ殿、いや、リョウマ様の元で、人の道具ではなく、ドワーフとして生きるぞ俺は!」
それでも、自由とは程遠い生き方を強いられている。
そして、メラやヤドの存在が彼らの背中を押した。
奴隷でありながらも、彼女たちは輝いてい、自分の生きたいように生きていた。
奴隷にとっての希望の星となった。
フーランジュにおける奴隷の一斉開放、それに伴う大混乱、特に奴隷に対して苛烈な行為を行っていたものはその報いを受けることになった。
数万の街の人間の暮らし、その過酷な労働を担っていた奴隷の一斉消失は街に大きな混乱をもたらすだけではなく、街を維持するためにすりつぶしていた労働力の消滅によって都市機能が維持できなくなるのに長い時間はかからなかった。技術を持つものを呪術という首縄をかけて働かせていたつけは自分たちの首吊の縄となって返ってくるのだった。
リョウマ一団はこうしてフーランジュの街を後に何処かへ消えていくのであった……




