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第30話 覚醒

 部屋の中に鳴き声のような音が響き渡る。

 呪紋が壁や床、天井から呪具に向かってじゅるじゅると吸い込まれていく。

 精霊王の呪縛に呪紋が濃厚にびっしりと集まっていく。全ての呪紋が飲み込まれた瞬間、鳴き声がピタリと止まり、呪縛している物体がどろりと溶け出していく、そしてリョウマは理解した。その呪縛しているものの正体に、それは、亜人たちの肉体であり魂。


人間クズめ」


 100人の亜人が鎖となって精霊王を縛り付け、呪力を産み出す機械へと変えていた……

 その事実にリョウマは反吐が出る思いだった。

 永劫の時を超えた楔は、その役目を追えたことで輪廻の輪へと戻っていく。

 リョウマは、自らの収納からメラとヤドを呼び出して、静かに横たわらせる。

 彼女たちに髪を一部切り、大切に袋に収める。


「これで、これからもずっと一緒だ。

 でも、君たちは、多くの仲間とまた生れ変って、幸せになってくれ。

 この道は、俺一人で行くよ。

 全てを成し遂げたら、また一緒に出会おう……大好きだったよ……」


 リョウマは、最後に優しく口付けをして、人として、最後の一雫を流す。

 二人の遺体を荼毘に付した。


【ォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!】


 呪具が完全に停止すると、眠りについていた精霊王が、激しい怒気を含む声、波動を放出する。もしリョウマが全身を武具で備えていなければ命に届きうる、そんな強力な怒りの波動が解き放たれた。


 しかし、その雄叫びを最後に、精霊王の人型はボロボロと崩れてしまった。


「こ、これは……」


【汝は人の子、なぜこの様な事をした。いや、言葉で言わずともわかる。

 ……お主は人なれど人ならざるものなのだな】


「世界を変えたい。貴方の力が必要です」


【口惜しい……我が手でそれを成し遂げたいが、今の我では無理だ。

 汝、人を辞める覚悟はあるか?】


「ある。人であることは捨てた」


 リョウマは決意の目で崩れよく王を見た。


【汝を思う強き魂、その方らの想いを借りるぞ。

 先程の奴隷たちの髪を】


 懐にしまったメラとヤドの髪を王へと捧げる。


【一度眠りにつく、他の封印にて同じように苦しめられている同胞を、起こしてくれ】


 光の粒子へと変わった精霊王はメラとヤドの髪、それに二人の魂の残渣を利用し、小さな繭へと姿を変えた。


【仕舞っておけ、時が来れば、目覚める。それと……かの者らが、ありがとうございました。お気をつけて、と】


 その言葉を最後に、繭は自ら収納に入り返事はない。

 本来命あるものは入れない収納の内部だが、繭は生と死の間、収めることが出来る。そして、収納の指輪は肉体にへばりつき、まるでリョウマの身体の一部のように変化をした。このときリョウマ自身は気がついていないが、彼の両の瞳は淡く光るようになる。彼は、人間では無いものに変わりつつあった。


「お気をつけて……か、ああ、ありがとう。ふたりとも」


 リョウマは外に出る。

 まだ、戦いは始まったばかりだ。

 階段を登り、遺跡の奥の部屋、そこに出た瞬間、呪力の茨がリョウマの身体を縛り上げた。


「捉えたぞ下郎。よくも子爵の兵をその手にかけたな」


「しかし、これで終わりだ。呪術の縛りに捕らわれたら最後、決して逃げられん。

 これから、死のほうが遥かに楽な仕打ちが待っている。楽しみにしておけ……」


「……見える」


「あん?」


「そうか、本当の世界は、こんなに美しいのか、そして、どれほど人間はこの世界を汚してきたのか……」


 リョウマの瞳は魔力を捉えていた。そして、呪力も、世界に輝く淡く美しい光と、禍々しく蠢く黒煙、それが魔力と呪力。まだごくわずかの魔力、世界は汚らわしい呪力で満たされている。

 自らの身体を縛る茨も、おぞましく蠢く呪力によって出来ている。

 

「ああ、汚らしい……」


 リョウマは茨に手をかけ掴む。


「無駄だ無駄だ!! 呪術に逆らう術などないわ!!」


 僅かな大気の魔力を集め小さな小さな炎を作る。その魔力で作られた炎は何人にも犯すことが出来ないと言われている呪術で作られた茨に火を点ける。

 燃え上がる呪術。


「へぇ、呪術も滅びる時は美しいんだね」


 燃え上がる光は青く美しい、そして、呪術に汚された魔力が空へと舞い上がり、その光景はとても綺麗だとリョウマに感じさせた。


「ば、ば、馬鹿な!?」


 呪術師は眼の前でおきた光景が理解できなかった。

 突然呪術で作った鎖が散るように消えていった……

 子爵付きの呪術師の呪術は相当な行為な呪術師でなければ抵抗は難しい。

 しかし、眼の前の呪力のかけらも感じないような冒険者が、今、自分の呪術を完全に破壊したことが、常識から信じることが出来なかった。


「き、貴様!! 何をした!! こやつは危険だ! 殺せ殺せぇ!!」


 待ち構えていた騎士たちは一斉にボウガンをリョウマに放つ、その時リョウマは不思議な感覚に包まれていた。


 魔力を感じ、メラやヤドの魂を間近に感じていた。

 魔力を取り込み、身体を巡らせる。

 メラのような素早さと靭やかさを、ヤドのような力強さと強固さを……

 身体が変化していくことを感じる。同時に二人の受けた最後の激しい記憶も身体に流れ込み、激しい痛みをリョウマの魂に刻まれていく。


「痛かったね、苦しかったね……大丈夫、ああ、これからは片時も離れること無く、ずっと一緒にいる」


 眼の前に迫る矢が、まるでスローモーションのように簡単に避けられる、弾ける、踊るように隙間を抜けることだって出来る。


「ば、化け物が……」


「……貴様らが、メラやヤドに行ったことのほうが、よほど化け物だろうが!!」


 騎士に向かって飛び、そして剣を払った。さほど力を入れた気もしなかったが、5体ほどの騎士の上半身が壁に吹き飛ばされ、無様に潰れた。





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