第19話 新しい朝
メラは薄明かりの中で目を覚ました。
目の目には静かに寝息を立てる主人の顔がある。
昨夜の記憶が蘇り顔が熱くなる。同時に、眼の前のたくましい身体が、そして主人のことが愛おしくて仕方がなくなり自らの身体を擦り寄せていく。
「ん……? メラ、おはよう」
「おはようございます、アーシュ様」
メラは抑えきれず主人の唇を奪った。そのまま彼の身体に奉仕をしていく。
「ちょ、ちょっとメラ、昨日あんなに……」
「申し訳ございませんアーシュ様……メラは、メラは抑えられません」
再び甘美な時間が流れるのであった。
「申し訳ありませんでしたアーシュ様」
「いやいや、謝らなくていいよ。ちょっと驚いたけど……」
「私自身も大変驚いております……」
「まぁ、これからもが、頑張ろう? なのか?」
「が、頑張らさせていただきます!」
「ぼ、冒険とかの話だからね!?」
「はっ!? そ、そちら《《も》》頑張ります!」
「でも、今くらい砕けてるほうが良いね。メラは真面目だから」
「アーシュ様、そのような優しい言葉を頂くと……」
メラの瞳が潤んで溶け出す。
「ま、待った! い、今はここまで! やらなければいけないことがいっぱいあるから!」
「はっ!? も、申し訳ございません……」
ドタバタしながら水浴びを終えて二人は朝食を取って出立の準備を終え街へと帰った。
それからはしばらく冒険者としての日々が続いていく、中級冒険者としてしばらく動かなかった依頼を片付けて、その間にも夜の活動と街を出る準備を進めていった。
季節がいくつか巡り、ついに旅立ちの時が訪れた。
「アーシュ君、頑張ってね」
「ミキナさんにも世話になった。再び相まみえることを楽しみにしておく」
「あーあ、アーシュ君が堅物じゃなければ現地妻でも良かったのになぁ」
「じょ、女性がその様な事を口にするもんじゃない、それにミキナさんは中位市民ですからきちんとした相手を作ってください」
「はぁー……私が5年若ければ着いていったのに……アーシュくんの言う通りね。
本当に頑張って、応援してる」
「ありがとう、では、また」
ギルドを後にするアーシュに、先輩たちからも声がかかる。
「お前のお陰で少しはまともに見られるようになった、その、なんだ感謝してる」
恥ずかしそうにぼりぼりと頭をかきながら照れ隠しをする中年は、可愛くはない。
「お前ならきっと大成功する、頑張れよ!」
「俺達も街の仕事ちゃんとやっていく、安心して行って来い!」
冒険者たちの意識もアーシュの献身的な働きで変化していた。町の人々と冒険者の関係も改善していた。
そして、獣人奴隷に対する不条理な扱いも微妙に変化を見せていた。
獣人たち自身がぼろぼろな格好や悪臭などを放たなくなったり少し、変化が起きていた。
小さな変化だが、それは大きな変化の第一歩とも言えた。その背後にはリョウマの活動が存在していた。
「メラ、彼らはうまくやれるかな?」
「問題ありません。きちんと仕込みました」
アーシュはさらに奴隷を二人増やした。犬人の夫婦だ。
メラの存在のお陰でアーシュの異常性は比較的早く理解された。
メラと違い京一の情報までは触れていないが、獣人が嫌いではない変人、程度の理解を得ることには成功している。そして、心の底からの尊敬は得られていた。
きちんとした給金をもらえて独立した生活を許される奴隷なんて謳い文句は詐欺以外のなんでもない、アーシュの募集を見てメラは大きなため息を付いて常識的な奴隷募集をお願いして見つかった。そして実際の待遇を知ってはじめは命乞いをしたが、それが事実だとわかると泣いて喜んだ。もうすぐ生まれる子どもと合わせても貧しい人間の生活よりもまともな生活が可能な内容だったからだ。
ギルドのある街には情報収集役として奴隷を置いておくというメラの案だ。
彼ら獣人はこの街で過ごしながら情報収集をしてアーシュ達にその情報を届ける。距離的な問題は、通信魔道具で解決する。すでに他人の奴隷に何かをした場合結構重い罪になる。それを利用した、仲間作りを始めた。
リョウマが率いる世界のルール、階級や奴隷を解放する組織、解怨隊の始動であった。表向きの屋号はサカモトとした。
街での活動資金は京一の知識を元にした便利な日常品や調味料を商品とした日用品店、店舗も借りている。
表向きはアーシュ・サカキが副業で行っている奴隷を店員とした商売になっている。
獣人奴隷が働く店だが、アーシュの名は街でひろまっているので成り立つ。
情けは人の為ならず、善行の積み上げによって可能になった方法だった。
「よし、次は西の大山脈へ向かう」
「大洞穴、フーランジュですか」
「そう、京一が広大すぎて調べきれなかった地下都市遺跡に挑む」
「わかりました」
メラは馬車を走り出させる。
馬二頭引きの立派な荷馬車、アーシュの稼ぎの2ヶ月分。カモフラージュとしての荷物がぎっしりと詰まっている。商材も積まれており、冒険者として成功したアーシュが商売もしていくということの裏付けにもなっている。各地を移動して生きる冒険者は案外商売に通じる人間も少なくなかった。
「メラのおかげで色々と助かった。俺はもっと現実の社会を知らないとな」
「私はバリス様についていたおかげでいろいろな方にお会いすることも話を聞くこともできましたので」
「それが今俺の助けになってくれている。バリス氏には感謝しないとな」
アーシュは日々悩んでいた。世界のルールをひっくり返すことによって人間が不幸になることは正しいことなのだろうか? 確かにアーシュを突き落としたあの男には腹が立つが、それは個人の問題で人間全体の素質の問題ではない。多くの人と触れ合うことで人のいい面も多く見てきた。そして、フォルカナの町の人々の意識は少しではあるけど変えられた。全てをひっくり返すような乱暴な方法を取らなくてもいいのではないか? そんな悩みが尽きることがなかった。
しかし、彼は知る。
この世界にはびこる、悪しき面を……




