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第14話 遺言

「なぜお前か……それは、こいつにあまりに惨い扱いをしてほしくねぇからだ。

 アーシュ、お前、獣人を差別してないだろ」


「どういうことですか?」


「現場でのお前の働きを見ていればわかる。お前は獣人も人間もあまり差がなく対応する、珍しいやつだ」


「……バリスさんにとってメラは大事な存在ってことですか?」


「まぁ、世話になったからな、たぶん、他の奴らと少しだけ違う感じで感謝している。普通のやつに渡すと、たぶん、使い潰してまぁ、死んじまうだろうからな」


「まぁ、そうかも知れないですね」


「だから、お前に預けたい。奴隷だから仕方ないとは思うが、恩返しじゃねぇが、あまりに惨い目にあわないようにしてやりてぇんだよ」


「あえて聞きますが、メラ自身はどう思っているんですか?」


「メラ、答えてやれ」


「はい。私は奴隷です。主人の命令に従うだけ、だと思っていますが、バリス様には大変良くしていただきました。バリス様が勧める主人であれば私の忠誠は変わらず新たな主人にも尽くします」


 そう答えるメラの声は他の獣人から感じるような自信のない怯えた弱々しいものではなく、はっきりと自らの意思で話している声。

 メラは猫人の女性獣人。猫人らしい少しきつい印象を受けるが美しい瞳、スラリと美しい曲線の身体のライン、しなやかな四肢、そして尾を持つ。キジトラ柄の体毛も手入れがきちんと入れられており、バリスがまともな扱いをしていることが一目でわかる。本人は連れてる獣人があまりにもぼろぼろじゃみっともねぇじゃねぇかと言っていた。


 アーシュはこれも天命なのかもしれないと考えていた。最初の関係は主人と奴隷だとしても獣人と深く話せる機会を持てることは今後の活動においても重要。

 しかも、メラは戦いも行ける種族、冒険者として人手が増えることは幅が広がる。

 正直現状でアーシュに釣り合う冒険者やパーティは存在しないのでこの話は、よく考えれば非常に魅力的だと思ってきていた。


「メラは冒険者として生きることになる。戦いの方は?」


「問題ねぇ、元々荒事にも対応できる奴隷を望んだからな、お前さんには劣るだろうが、やるぜ?」


「獣人が本気を出したら俺なんて相手にならないんじゃないか?」


「ははっ、やっぱり俺の目に狂いはねぇ、獣人を下に見てたらそんな意見は出てこねぇ。よかったなメラ、良い主人になるぜこいつは」


 メラもアーシュの発言に目を見開いて驚いていた。


「わかりました。ただ、今のバリスさんにはメラが必要でしょうから、その時まではバリスさんのそばにいて欲しい」


「ああ、そうしてくれるとありがてぇ、ありがとよアーシュ、それじゃあ早速手続きするか」


 それから別室に控えていた呪術師に奴隷契約の再契約が施された。

 俺の左手の甲に紋様が刻まれ、こうして俺はメラの主人となった。


「メラ、主人として命じる。バリスさんの世話を最後まで全うしろ」


「御主人様のご命令通りに」


 それから一月ほど、メラはバリスの世話を献身的に努め、その役目を全うしたのだった……


「ありがとうございましたアーシュ様、無事にバリス様を安寧の世界に送ることが出来ました。これからはアーシュ様のために粉骨砕身尽くしてまいります」


「ご苦労さま、メラは冒険者登録してあるんだっけ?」


「はい、奴隷ですので無級以下の扱いではありますが」


「これからは俺とパーティを組んで冒険者生活をしてもらう。俺としては君の実力をきちんと知っておきたい」


「アーシュ様、その、私は奴隷ですのでそんなに丁寧な話し方をする必要はありません。ただ命じてくださいませばいいのです。命だって全てアーシュ様の物でございます」


「……そうだな、これから一緒に過ごすことになるだろうからはじめに話しておく。

 奴隷契約で秘密を漏らすこともないだろうし……俺は。

 亜人や獣人を下に見て差別するこの世界が大嫌いでぶっ壊したいとさえ思っている。同様に動物だって大切に思っているし、そして俺は動物を治療する技術を持っている。同じ主義思考を持った人から様々な知識や道具を受け継いでいる。俺が冒険者をしているのはこの世界に復習するためだ。人間至上主義、階級絶対主義、それをぶち壊す。それが俺が生きる意味だ」


 アーシュの発する言葉がまるで理解が出来ず、メラは動揺を隠すことが出来なかった……


「御冗談では、無いのですね……」


 メラの瞳をまっすぐと見つめて語るアーシュの瞳、言葉には一切の嘘の気配が存在しない。信じられないことに眼の前の人間はこの世界の当たり前の、疑うこともなかった絶対的ルールを本当に変えようとしているのだという事実が、メラの心を激しく揺さぶるのだった。


「ある程度の力と身分を手に入れたら俺は世界を旅するつもりだ。この世界の太古の昔、人間と獣人や亜人が同等の関係で、動物にも愛情を持って触れ合っていた世界に存在していた、人間の呪術のために封印された魔法という力を蘇らせる。それが俺の第一の目標だ。メラ、俺に着いてくるか? 今なら解放してやってもいいぞ?」


「……改めてこのメラ、この心と身体の全てを、たとえ呪術の縛りなど無くともアーシュ様に捧げる覚悟が出来ました……末永くこの力をお使いくださいませ」


「そうか、ありがとうメラ。だから話し方も俺は他の人間と大きく変えない。

 ありがたいことに俺は口下手で通っているからな、そういうことも下手で通用するだろ?」


 おどけたアーシュの姿に思わずメラも笑顔になる。主人を笑うなんて恐れ多いとすぐに表情を整えたが。


「いいね、メラ。笑顔のほうが似合ってるよ。俺の前では我慢しなくていいから」


「!!」


 アーシュからすればなんでもない一言だったが、メラにとっては今までの人生で一度たりとも受けたことが無い、本当に温かい言葉、それはメラの心の全く動いたこともない場所に突き刺さるのであった。




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