第12話 呪術
「おめでとうアーシュ君、貴方は下級冒険者に昇級よ!」
「ありがたい」
「うちのギルドでは最速最年少よ! もっと喜びなさい!」
「いや、十分喜んでいるよ」
「ほんと、冒険者って夢があるわよね……私が中位市民になるためにどれほど苦労したことか、いや、でもゴブリンとゴブリンリーダーの単独殲滅に巣の排除、とんでもない功績だもん当然よね」
「もうあの匂いはごめんこうむりたいが、ゴブリンを放置するは愚策だ。
ギルドとして報酬を上乗せしてでも早い対処をお願いしたい」
「あの詳細な報告書のお陰で上も動き始めたわ、魔物に人が汚されている事実が逆鱗に触れたみたい」
「いい方向に進んでくれるといいんだが」
アーシュの報告書の出来が非常に良かったために今後の参考にするために他のギルドへも配布され、その結果としてゴブリンの非道な悪行がより正確に広まった。結果としてギルドの上を動かした。地味で誰にも知られることはないかもしれないが、大切な一歩だった。
「ちょうど下級になったしアーシュ君大規模討伐に参加しない?」
「大規模討伐?」
「東の穀倉地帯でホーンラビットが大量発生しているの、どうやら特異個体が生まれて群れをなしているみたいでその討伐隊が編成されるの、ちょうど明後日出発。
下級にならないと参加できないんだけど、参加だけで銀貨3枚、さらには討伐一体事に鉄貨50枚。数千匹いるから結構稼げるわよ」
「確かに……わかりました。参加します」
「よし! 報告書ゲット!!」
「それが目的ですか……」
「うそうそ、頑張ってねぇ~!」
「明後日の朝集合ですか?」
「ギルド前に集合、移動用の馬車は用意するわ」
「わかりました、それでは明後日、明日は準備にあてます」
「わかったわ、本当に頑張ってね」
ギルドを後にしてホーンラビット討伐用の準備をする。もう一度本を確かめてホーンラビットの生態を学んでおく。
ホーンラビットは巨大なうさぎ、だが動物の野ウサギとは随分と異なり、そもそも雑食性で名前の由来にもなっている立派な角で獲物を突き刺して捕る、凶暴な魔物だ。特に強靭な後ろ足を利用した水平ジャンプによる突き刺しを受ければ軽装の鎧、薄い鉄板の鎧程度は簡単に貫通する。
「群れを率いるってことはランディラビットかな」
発情した兎なんて呼ばれる特殊個体。兎は年中繁殖が可能なんだが、非常に旺盛な精力で大量の兎を孕ませて数を増やす特殊個体。フェロモンで大量のラビットたちを操る魔物だ。その個体に操られた群れはその雑食性の生態のせいで農作物、畜産に甚大な被害を与える。そして豊富な食料を得ればまた大繁殖を行う。人間にとってはまさに害獣だ。
「数千匹、ってそもそも大丈夫なのか? いくら冒険者を揃えたからって……」
一抹の不安はあったが、とにかく討伐の準備を整えるために市場や店を巡り必要な物を取り揃える。街を拠点にして顔が売れてきているので、収納内の物でやり取りをしていると、もしかしたら疑問を抱かれるかもしれない、消耗品を買っているということは印象付けておく。
翌日討伐の集合場所へ行くと、多くの冒険者でごった返していた。
大規模討伐は安定して収入を得られると人気が高い、そして、今回の討伐、一抹の不安を払拭する発表がされる。
「今回の討伐には領主様より呪術師が同行する、冒険者たちには素早い討伐をお願いしたい」
貴族付きの呪術師が同行する。
それだけで討伐の成功は約束されたようなものだ。
皆緩みきった表情で馬車へと乗って現場へと移動する。馬車の中の会話もすでにどれだけ稼げるか、そして夜にどの店に行くかと完全に油断しており、アーシュは少し不思議に感じていた。
理由は戦場ですぐに理解できた。
アーシュの眼の前でホーンラビットがうずくまり苦しそうにもがいている。アーシュの仕事はそのラビットの首を落とし、証拠である角を回収することだった。
草原中に無数のホーンラビットがうずくまっていて、異常な光景だ、自分たちで食い尽くしたせいでラビット達も姿も丸見えになっている。
「楽勝だぜー! これで夜の酒も肴も確保だぜぇ!」
皆息巻いてラビットを取り合っている。
「……こんなもの、討伐じゃないな、ただの漁だ」
放っておけば人間の食い扶持を奪われるので、駆除しなければいけないが、呪術によって動きを封じられた魔物を殺して回る仕事、アーシュはしばらくすると適当に時間を潰していた。うんざりしてしまったのだ。理解が出来ないわけではないが、少し参加したことを後悔していた。しかし、貴重な体験になったことは確かだった。
人間以外の存在に呪術がどれほど恐ろしい存在か……
なんの兆候も感じられず、到着したらすでに呪術が発動していた。術者も見当たらないし、結局最後まで呪術が解けることもなく、これは強すぎる力だとはっきりと理解できた。
しばらくするとランディラビットも討ち取ったと歓声が上がった。
ホーンラビット達の死体は回収され市場に肉と皮が提供され人間に利用される。
しばらく安い飯屋の肉はうさぎになる。
結局アーシュは5体の角を持ち帰るのに留まるのだった。
「あれ? ずいぶん少ないわね」
「ちょっと、人が多く立ち回りに悩みました」
「そうよね、しっかりしてるから忘れちゃってたけどアーシュ君まだルーキーもルーキーだもんね」
「そういえば呪術師の方が同行されてた聞きましたが、姿が見えなかったような」
「それはそうよ、呪術師に万が一があったら冒険者の首じゃすまないから、精鋭に守られてどこかの馬車の中から出ることはないわ」
「それであんな強力な術を……」
「今回みたいな対象がはっきりしてると本当に凄いわよね、ただ術中は他の対象に術をかけられなくて冒険者とかにはなれないのよね……」
「らしいですね。でも、凄かったです初めてみたので」
「本当にそうよね、呪術の素質がアレばもう人生完全な勝ち組よ!」
そして、人間の存在が、人間以外の被差別存在にとって圧倒的な存在であることにアーシュは複雑な想いを抱くのであった……




