第10話 惨状
あまりにも酷い光景にその場で胃から上がってきたものを吐き出した。
しかし、慎重に内部を伺って部屋に入る。一層酷い香りでまた吐瀉した。
逃げられないように足の腱を切られ、死なない程度のゴミのような食事に泥水、そして人間の尊厳を奪うような行為をさせられその子を産まされる。ゴブリンの繁殖力は異常なほど強く、他種族でも関係なく孕ませるし、そして子はゴブリンしか産まれない。妊娠期間は2週間3ヶ月ほどで成人化する。この生態のお陰であっという間に増えていく、不運にもさらわれた女性は半年もしないで死んでしまう。衛生面や精神面、いろいろな理由はあるが、どれほど辛いだろうか……
牢の中で倒れていた人間も、すでに事切れていた。
「もしかしたら、村を襲った理由はそこかもな……」
生態を学んだ時点でゴブリンに嫌悪しかなかったが、実際に現実と目の当たりにして、生きていてはいけない生物だと怒りが抑えられなかった……
こうしてゴブリンの巣を全て調べ終えた、後はきちんと始末をしなければいけない、この場が残ればまたゴブリンはいつの間にか増えていく……
最も効果的で、最も簡単な方法で終わらせる。
可燃性の液体を洞窟の奥から巻いていく、その途中で鳴子が鳴った。
アーシュは急いで入口へと戻る。
ちょうど不思議そうに鳴子をいじっているゴブリンたちを見つける。
「うおおおおおおああああ!!!」
ゴブリンの姿を見て、怒りが爆発した。
アーシュはその怒りを抑えずに、ゴブリン達に叩きつけた……
「はぁはぁはぁ……おえっ……」
怒りに任せて暴力を振るった自分自身にも腹がたったし、こいつらが生命を凌辱した事実で気持ちが抑えられなくなってもう一度胃液を吐いた。
それから再び作業に戻る。遺体も損壊が激しいので火葬にする……
入口の近くには爆発性の火薬を設置する。
そして、遺体に手を合わせて火を放った。
炎に包まれる遺体を見つめ、そして外へと歩き出した。
外に出るとすっかり暗くなっていた。
最後の仕事の準備のために森へと進むアーシュの背後で凄まじい爆発音がした。これでゴブリンの巣は壊滅した。あとは外に出ているゴブリンを倒せば良いのだけど、これが難しい。
だが、放置しておけばまた増えるのがゴブリンだ。
アーシュは休める場所を探し、疲れ果てた身体を休ませた……
「……朝か……」
森は彼を癒やしてくれる。僅かな睡眠ではあったが、森の木々の香り、土の香りに包まれ、心は幾分か軽くなったのをはっきりと感じる。
火を起こし、軽い食事を取り、アーシュは行動に移る。
巣穴近くに潜んで周囲を観察した。程なくしてゴブリンの小集団が戻って来る。少し進めば崩落している巣穴に入るのを見届け、背後から奇襲、殲滅。
大規模な村を襲った部隊、内部に残った部隊、そして2部隊ほど小集団を壊滅させると、巣穴周囲にゴブリンの気配が完全に無くなった。
そして、アーシュは村へと戻った。5日も戻ってこなかったアーシュを見て村の復興作業を行っていた村人たちは大層驚いた。そして、アーシュからの報告に心の底から喜びを表すのであった。
「……はぁ、仕組みがおかしいだけで、別に全ての人間が悪いわけじゃない……」
村人からの歓待を受け、街へと戻る過程で京一と同じ悩みにアーシュもぶつかっていた。京一は世界を恨んでいたが、いい人間にも多く出会っていた。むしろ、酷い人間が一部いて、ほとんどの人間は良いやつだった。そこにも悩んでいた。そして、良いやつはたいてい支配されている側の人間。人間は自分より下の人間には残酷になれる。しかし、仲間には優しさを示すことが出来る。
世界の壊し方……京一の書にもいくつかの方法は記されていたが、本当に行う場合どうすればいいのか結論は出ていなかった。
アーシュ自身は京一のいくつかの方法を読んで、自分なりに方法は考えてみた。しかし、それを実行する事がいくつかの大きなハードルを超えなければいけないことも理解していた。
「とにかく、力がいる。人の縁、金、武力、知識……」
自分にはまだまだ足りない現実、一方で今回のように益の少ないことをしてしまう……
「困っているものに手を差し伸べる力があるなら、助ける。でなければ俺はあちら側の人間と同じになってしまう」
自らの行動が偽善であることは自分が一番解っている。それでも、見て見ぬふりはしない、救えるものは全部救っていく。それが今、準備の帰還のアーシュの行動理念になっていた。
情けは人の為ならず
京一の書に記されていた、アーシュの好きな言葉だ。
それから今度はゆっくりとフォルカナの街へと戻った。往復の日数、それにゴブリン退治、辻褄の合う日数をかけてフォルカナへと戻る。ちょうどいいからアーシュはゴブリンの匂いがこびりついた装備の洗浄も丁寧に行った。
森で倒した泥猪豚の膀胱に悪臭を放つ衣類を放り込み、粉状の石鹸に乾燥させた香草を入れる、そして少量の水を入れて袋の入口を縛る。
その袋を転がすか激しく振るうとどんな悪臭も汚れもたいてい落ちる。
川があれば紐で浮かせておけば自動的に回ってくれる。後は棒にでも衣服を引っ掛けて太陽の元を歩いておけばすっかりと綺麗になる。
悪臭を放つ武具なんて戦闘で邪魔にしかならないので手入れは非常に重要だ。
もちろん、金属や刃物のケアも丁寧に行う。道具は命。
「おお、アーシュ!! 戻ったのか!」
「ゴブリンだろ? お前もよくやるな?」
街の衛兵は笑顔でアーシュを迎えてくれた。
「次は、少し考える、割に合わない……」
アーシュはゴブリンの耳の入った袋を衛生に見せる。その大きさからも大変な戦いであったことは伺えるし、そして、その悪臭で衛兵は顔をしかめた。
「た、大変だったな……ぎ、ギルドへ急いだほうが良いぞ」
「そうだな、またな」
「ああ、またな!」
少し速歩きでギルドへ向かう、できる限り気をつけたが、回りの人々は皆鼻をつまんで距離をとっていた。




