大妖精と大魔王、出世争いで切磋琢磨
「ひがあああしいいい、だいまあおううう。にいいいしいいい、
だいようせぇ~」
西暦20XX年、大相撲春場所、七戦全勝同士の幕下優勝決定戦。
呼出から独特の節回しで四股名を呼び上げられると、東幕下十四枚目大魔王と、西幕下十四枚目の大妖精は二字口から堂々と土俵に上がった。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!
「大妖精! 頑張れ」「大魔王!」
どちらの力士も同じくらい観客から拍手喝采。
両者向かい合って一礼し、仕切りを繰り返す。
大魔王に大妖精。共になんともユニークでファンタスティックな四股名のこの力士、同期で大魔王は身長なんと205cm、加えて小さい子どもが泣き出しそうなくらい強面だからという理由で、所属部屋の親方はこの四股名を付けたそうだ。
対照的に大妖精は、身長162cm、体重60キロ台と角界で一番小さく、
可愛らしい顔つき、さらには本名が正代洋成な
ことから所属部屋の親方はこの四股名を付けたそうだ。
小さいとはいえ、これまでの成績が示す通り相撲はめっちゃんこ強い。
体が小さいハンディをものともせず、幼少期からたゆまぬ稽古で培った高度な
技術でカバーして来たわけである。
そんなこともあって、大妖精は入門当初から老若男女問わず角界で一二を
争うほどの大人気なのだ。
同じようなペースで出世して来た大魔王の方も同じくらい。
制限時間いっぱい。
「待ったなし、手を下ろして」
行司からこう告げられると両者、ゆっくりと腰を下ろし蹲踞姿勢を取
った後、仕切り線に両拳を付ける。
「はっけよぉい、のこった!」
軍配が返され、いよいよ立合い。
その約五秒後、
「あらぁ~、負けちゃった」
「あ~あ」
観客達からため息が漏れるも、拍手喝采。
大妖精は自分より四〇センチ以上も背の高い大魔王にあっさり捕まえられ、あっけなく土俵を割ってしまった。
十両昇進出世争いは、大魔王に軍配が上がったわけだ。
しかしながら、変化や猫だましなどの奇襲は使わず、真っ向から堂々と
挑んだことに多くの観客の心を鷲掴みにしたのであった。
翌場所。
新十両で迎えた大魔王、快進撃が続くかと思われたが、
十両の壁は厚く、千秋楽で負け越してしまい七勝八敗。
対する大妖精、東幕下二枚目で初日から二連敗。してしまったものの、
次の取組からは五連勝し、大魔王に一場所遅れて新十両。
そんなわけで、次の名古屋場所で番付が逆転した。
名古屋場所 大魔王 東十両十二枚目、9勝6敗。
大妖精 西十両十一枚目、8勝7敗。
大魔王が番付上位に。直接対決では大魔王の勝利。
秋場所 大魔王 西十両八枚目、8勝7敗。
大妖精 東十両九枚目、10勝5敗。
大妖精が番付上位に。しかしながら直接対決では大魔王の勝利。
そして九州場所。大魔王 東十両六枚目、8勝7敗。
大妖精 東十両四枚目、10勝5敗。
幕内昇進争いでは、大妖精が先を行くことが出来たわけである。
しかしながらまたしても直接対決では大魔王の勝利となった。
「大魔王に一度も勝てたことがないので、なんとか勝てるように
したいです!」
次の初場所前インタビューで、大妖精はきらりとした目つきで語る。
その場所では直接対決は組まれなかったが、
大魔王 西十両四枚目、10勝5敗。
大妖精 東前頭十四枚目、8勝7敗。
という結果になり、春場所で大魔王が新入幕を決め東前頭十四枚目、
大妖精が西前頭十二枚目となり、二場所振りに直接対決が組まれることに。
「待ったなし、手を下ろして。はっけよぉい、のこった!」
その約十秒後、
「うおおおおおおおおおおおっ!」「よくやった!」
「大妖精、おめでとう!」
観客から大きな拍手喝采。
大妖精、大魔王の得意の突っ張りを受けるも、足腰をさらに鍛えたのか
これまでのように突き飛ばされず踏みとどまり、大魔王の足に内掛けをし、
さらに反対側の足を手で掬い、頭を大魔王の胸に付けて押し、仰向けに倒した。
決まり手は、三所攻め。
1991年九州場所十一日目、実身長百七十センチにも満たない舞の海が
身長二メートルを超す曙に対して繰り出しような形となり、ついに大魔王に
初勝利を収めたのだ。
二人ともその後も番付でどちらが上位か度々入れ替わりながら出世争いで
切磋琢磨し、最高位は大妖精が大関。大魔王は関脇止まりと大妖精が勝利し二人は
同じ場所で現役生活を終えた。大妖精はあの一番で自信をつけたのか、幕内での
大魔王との対戦成績は十七勝十五敗で勝ち越したのであった。
大魔王が大関になれなかった原因は、大妖精は顔に似合わず負けん気の強い性格、
大魔王は顔に似合わず弱気で心優しい性格だったことだとファンの間で囁かれている。
大妖精と大魔王は引退後、共著で妖精と魔王が自然豊かな王国で仲良く暮らす
『強気な大妖精と泣き虫大魔王』というタイトルの絵本を出版し、
大ヒットしたそうだ。