婚約破棄をほのめかされた令嬢ですが、夢を叶えたみたいですわ
「君の妹と婚約をし直そうかな。君との婚約を……破棄、して」
妹の肩を抱き、ギルバート様が言う。
私の恋は、とうとう終わったのだと知った。
*
王家にも連なる公爵家の跡継ぎ、ギルバート・ウェンズリー様。
一財産を築いた男爵家の長女にすぎない私、メアリー・ランデル。
身分違いも甚だしい私たちがどうして婚約したのか――その理由は、誰も知らない。
公爵家側から打診があって、お父様が断れなかっただけ。
まだ子供だった私は家格の釣り合いなんて知らず、純粋に喜んだ。
当時のギルバート様は天使のように美しくて、優しくて、そんな彼が大好きだったから。
でも……。
「またシラルーン語の勉強か? 異国語に通じることは未来の公爵夫人として当然のたしなみだが、シラルーンは蛮族の国だ。そんな国の言葉など勉強するなと何度も言っているだろう。どうして言うことを聞けないんだ」
「なに? シラルーンの絹織物? 交易? そんなこと、メアリーが考える必要はない。未来の公爵夫人としてして何不自由なく暮らせるんだから。君は僕の言うことだけ聞いていればいいんだよ」
「行商市なんて危険だ。だいたい、露店で売っているような粗末なものを見に行ってどうする? メアリーは未来の公爵夫人なんだから、こちらから行かず、向こうに来させるのが当然だろう。そんなこともまだ分からないのか」
「犬だって? ……だめだ、飼わない。確かにうちの敷地は君の家より何倍も広いが、犬を飼うなんて絶対に許さないよ。どうしてって、毛が付くし、それに……」
他にも、大きく口を開けて笑うな、たくさん食べるな、走るな、ギルバート様と家族以外の男性と口を利くな、緑色の服は着るな、酒の入ったチョコレートは食べるな、乗馬はするな、などとギルバート様は厳しかった。
「はぁ……本当に分かっているのか? 明日は卒業式、その後は僕たちの結婚だというのに、君はいつまでもこんな調子で。未来の公爵夫人として、自覚がなさ過ぎる。恥をかくのは僕だけじゃないんだ」
「そうですよね。わたしの方が、お義兄さまの妻にふさわしいですよねっ」
「エミリー! いたのか」
私の妹、エミリーにはとても優しいのに。
「明日が卒業式なんて信じられないわ。お義兄さまにはもっと教えてほしいことがあったのに」
「エミリー。君は優秀だ。何も心配はいらない」
どこからともなく姿を現したエミリーは、ギルバート様の腕に抱きついた。
今年学園に入学した、ふたつ歳下の妹エミリー。
私より明るくて可愛い彼女は未来の義兄だからとギルバート様を慕い、ギルバート様もそんなエミリーを可愛がってくれている。
「お義兄さま。お姉さまに公爵夫人は似合わないって、もう嫌でも分かったでしょう? わたしの方が上手くやれると思うの。ね、お願い。お姉さまとの婚約を破棄して?」
ギルバート様は静かに私を見て、「そうだな」と呟いた。
エミリーが私だけに見えるような角度で、にやりと口元を歪める。
「君の妹と婚約をし直そうかな。君との婚約を……破棄、して」
残っていた最後の糸が、ぷつりと切れた気がした。
「婚約破棄を承ります」
「なんて……、えっ?」
ギルバート様が好きだった。
でも、抑圧されることに疲れてしまった。
「今までありがとうございました。ギルバート様の幸せを祈ります」
深く頭を下げてから、返事を待たずに背を向けた。
「まっ」
「お義兄さま、いいえ、ギルバート様。わたしもお姉さまと一緒に帰るわ。このことを早くお父さまに伝えたいし、それに、お姉さまを慰めないと……ね?」
追いかけてきた妹と馬車に乗る。
慰めると言ったのに黙ったままのエミリーは、私を見て満足げに笑うばかり。
やがて家に到着すると、お父様の執務室に直行した。
エミリーと私。そしてお父様に、ただならぬ姉妹の様子を見て駆けつけたお母様。
使用人を追い出しきっちり扉を締めて、執務室が家族四人だけの空間となった瞬間、
「だっから言ったのよっ、お姉さまっ!」
エミリーが顔を真っ赤にして叫んだ。
「あんのモラハラクソ男結局お姉さまを捨てやがった! お姉さまと婚約破棄するって言ったわわたしは聞いたからねお姉さまも聞いたわよね!? わたしのお姉さまがアンタなんかの妻にふさわしいと思ってるのかバーーーーカ! この顔だけ男がおととい来やがれってのよっ!」
帰りの馬車の中、エミリーはずっと、大声で叫びたいのを我慢していたのよね。
馬車の外にまで声が漏れるといけないからって、必死にこらえて。
「あれもダメこれもダメ、お姉さまの魅力のみの字も分かってないやつがお姉さまを娶ろうなんて百年早いわっ! 化石のような公爵家のお坊ちゃまには分からないかもしれないけど、時代は変わってんのよこれからは誰だって何だってできる時代が来るのよ! わたしのお姉さまはあのモラ男の妻に収まる器じゃないのよ!」
エミリーは額に汗を浮かべ、肩で息をしながら、私を見てにっこりと笑った。
「婚約破棄と言われたとき、お姉さまが『承ります』って即答してくれてスカッとしたわ! とうとう婚約破棄よ! お姉さまは自由になったのよ! 今夜は宴よーっ!」
その言葉に、両親まで歓声を上げる。
「ああ、今までよく頑張ったわねメアリー。もう辛い思いをしなくて済むのね」
「でかしたメアリー! エミリーもよくやってくれたな!」
「てやんでぇっ! 妹として当然のことをしたまでよ!」
私の婚約破棄で、なぜ家族全員が大喜びかというと……話はエミリーが三歳、私が五歳の時まで遡る。
エミリーが突然、「わたちにはじぇんしぇのきおくがありゅのよ」と言い始めた。
連日の残業をレッ○ブルでキメまくり、深夜のハイテンションで会社を出たと思ったら、トラ転したのですって(何度聞いてもよく分からないので暗記した)
私とギルバート様が婚約したのはちょうどその年のこと。
ギルバート様が我が家に訪れたり、私が公爵家にお招きされる際にエミリーも一緒に連れて行ったりしたのだけれど、ギルバート様の私に対する態度を見て「もらららのにおいがちゅる」と言い始めた。
どうやら非常に危険なにおいらしい。
私にはそのにおいがどうしても分からなかったのだけれど、エミリーは鼻がいいみたいで、においがする度に教えてくれた。
私とギルバート様が貴族学校に入学した頃には、しきりに「あの男とは結婚するな!」と訴えるようになっていた。
事態が大きく変わり始めたのは、今年度になってエミリーが入学してから。
エミリーは将来の義妹として……という枠には収まらないほど、ギルバート様と親しげに振る舞うようになったのだ。
ギルバート様はエミリーをたしなめることなく、好きなようにさせていた。
そして今日、エミリーにそそのかされて、とうとう婚約破棄を口にした。
ギルバート様を試すような真似をするなんて、気が引けた。
でも、私もギルバート様との婚約に疲弊していた。
家格差から来る過度な期待。未来の公爵夫人として何もかもが制限される生活。
唯一にして最大の味方であるはずのギルバート様がそうなので、私に逃げ場はない。
公爵家に嫁ぐのだから多少のことは我慢しなさい、という方針だった両親にも、「彼との婚約を無理に続けなくていい」と心配されるくらいだった。
だから、その場で婚約破棄に頷いた。
後悔なんてしていない。もっと早くこうしていればよかったと思うくらい、気持ちがすっきりしている。
なにより、ギルバート様本人が、確かに婚約破棄と口にしたのだから。
「さて。宴の前に、メアリーの今後について確認しておこうか」
「はい」
私にとっては嬉しい婚約破棄だけれど、やはり周りからの目は厳しいものになる。
客観的に見れば男爵令嬢が公爵家の跡取りに婚約破棄されたのだから、しばらくは他の方との結婚も望めないものと思っておいた方がいい。
というのがお父様の意見。
結婚なんてしなくたっていい!
これからは女も己の力で生きて行けるようになる!
わたしたちランデル姉妹がその先駆けになるのよ!
もちろんあのモラ男とわたしが結婚するわけないじゃないバカアホドジマヌケ!
というのがエミリーの意見。
まだ十八歳なのだし、結婚を諦めるのはもったいない。
でも、視野を広げてみるのはいいかもしれない。
隣国で商売をしているお母様の弟の元に、しばらく身を寄せてみては?
とまとめたのが、お母様。
お母様の弟――つまり叔父様には、すでに打診済み。
そういうことならいつでもおいで、とお返事をもらっている。
外国には私も興味があった。
未来の公爵夫人として主要な近隣諸国の言葉や文化を学ぶ中で、いつか実際に行ってみたいと思っていたの。
でもギルバート様は、公爵夫人はどこにも行かず、家で夫の帰りを待つものだ、とおっしゃるから、私はこの国から出ることなく生涯を終えるものだと諦めていた。
「後のことはなにも心配しなくていい。お父様に任せておきなさい」
「寂しくなるわね。落ち着いたら、必ず手紙を書いてね」
「お姉さま待ってて! さっさと卒業して、わたしも行くから! そしていつか姉妹でなにかブランドでも立ち上げてガッポガッポ稼ぎましょうねお姉さま〜!」
こうして私は、翌日の卒業パーティーには出ず、隣国へと向かった。
*
数日の旅を経て隣国の港町に到着する。
叔父様が経営する商会へ向かい、少々のトラブルに見舞われつつも、私はここで働き始めた。
書類の翻訳のほか、叔父様や他の方々について、得意の語学力を生かして商談の通訳を行う。
世界各国への出張にも同行した。
いろんなところに行って、いろんなものを見る中で、私は私が美しいと思うものを集め始めるようになった。
きちんとした店舗のものだって、露天のものだって関係なく。
それがたまたま人の目に留まり、適正価格と引き換えにお譲りしていたら、それがいつの間にか私の仕事になっていた。
叔父様や商会の力を借りつつ、少しずつ私の仕事も規模を大きくしていく。
たくさんの人と知り合って、世界中の美しいものをかき集め、作り出し、流通に乗せていく。
誰から抑圧されることもない、好きなことを好きなようにできる毎日は刺激的だった。
お金もたくさん稼ぐことができた。
結婚しなくても一生安泰に暮らせるくらいにはね。
でも、私には目標ができた。
広い世界をこの目で見て、私も実感した。
妹のエミリーが言うとおり、これからは誰だって何だってできる時代がやってくる。
でも実際のところ、女性はまだまだ家や夫に縛られているのが現実。
逃げたくても逃げられない女性だってたくさんいるはず。
私は運がよかっただけ。
両親がお金持ちで理解もあって、エミリーには先見の明があって、叔父様や商会の力を借りることができたから、ここまでやってこられた。
たくさん助けてもらった。
だから、今度は私が誰かの助けになりたい。
そんな場所になる学び舎を作れたらと思った。
基礎教養はもちろん、語学に会計、簡単な法律知識や、接客・交渉術など、身分や年齢に関係なく学ぶことができる場所。
誰でも、結婚以外の選択肢を掴めるような学校にしたい。
そのためにはもっともっとお金を稼がなくちゃ。
そしてもうひとつ、ささやかな夢が……
「お姉さまー!」
家を出てから二年が経った。
エミリーも貴族学校を卒業したらこちらに来て、しばらくは叔父様の元で修行させてもらうことになっている。
手紙はこまめに交わしていたけれど、実際に会うのはあの日以来。
仕事の合間をぬって港まで迎えに来たのだけれど……
「お姉さま、逃げてーっ!」
「ええ?」
二年ぶりのエミリーは、なぜか切迫した表情で叫んでいる。
理解が追いつかずぼんやり妹の姿を眺めていると、その後ろからしゅっと影が飛び出てきた。
それは勢いよく船を下り、駆け寄ってきたかと思えば、私の元に跪いた。
「メアリー! ようやく見つけた!」
私の手を取り騎士のように膝をついているのは……もしかして、ギルバート様?
「どっか行きなさいよモラ男! この変態ストーカーめ! わたしのお姉さまから離れろ! 触るな汚らわしい!」
「ああメアリー、会いたかった……ずっと会いたかった……!」
「人の話を聞けーっ!」
やっぱりギルバート様なのね。
王子様然とした美しさは消えてやつれているけれど、宝石をはめ込んだような目は変わらない。
それに、エミリーの発言からしてもギルバート様で間違いないわ。
「ええと……とりあえず、移動しましょうか」
「はい、お姉さま。アンタはここで解散よ変態ギルバート。しっしっ」
「僕はもうメアリーから離れない」
「なんてふてぇ野郎なの!?」
船から下りる人、迎えに来た人、船員、みんなこちらを見ているわ……。
何とか商会に移動し、空き会議室を借りる。
そこでエミリーは涙ながらに語った。
「お姉さまが発ったあと、お父さまが公爵家に婚約破棄の話を進めに行ったんだけど、肝心の変態ギルバートが婚約破棄に頷かなかったの。自分で婚約破棄と言ったくせに!」
それは、お父様からも手紙で報告を受けていた。
あれから二年経った今も、私はギルバート様の婚約者のまま。
どうしようかしら、と困っていたのだけれど……。
「この男、何度もお姉さまの行き先を聞き出そうとしてきて。家族もうちの使用人も絶対に口を割らなかったんだけど、わたしがいつかお姉さまの元に行くと踏んで、ずっとわたしをつけ回していたみたいで、とうとう船で顔を合わせちゃったのよ。海の上だからお姉さまに知らせは出せないし、お姉さまは港まで迎えに来てくれているし……」
エミリーは心底疲れ切った様子だった。
ギルバート様はというと、頑なに私の隣から動かず、しょんぼりと肩を落としている。
「本当にすまなかった、メアリー」
「まぁ、謝られることなんて。私は早く婚約を破棄していただければ、それで」
「そ、それは……だめだ……」
「だめって、どうしてですか?」
元より釣り合いの取れない婚約の方に無理があったのだから、破棄なんて簡単なはず。
うちの実家はお金持ちだけれど、ギルバート様のご実家はその何倍も資産をお持ちだから、この縁組みに政略的な意味もないのだし。
「……僕は、君と婚約破棄なんてしたくない」
「ギルバート様が婚約破棄とおっしゃったのではないですか」
この婚約を誰より反対していたエミリーに誘導されたのは確かかもしれない。
でも、少しでもその可能性を考えていたから、口にしたのよね?
「違うんだ! あれはそういう意味じゃなくて」
「では、何ですの?」
「あれは……嘘で……」
「嘘?」
なぜそんな嘘を?
「……君に、婚約破棄は嫌だと言ってほしくて……」
「……?」
思わず首を傾げてしまった。
「なぜ、私に婚約破棄が嫌だと言わせたかったのです?」
「だ、から、それは……もうずっと、僕ばかりが君を好きみたいだったから……君の気持ちを確かめたくて……」
ギルバート様はエミリーにそそのかされたことを逆手にとって、私に婚約破棄をチラつかせた。
婚約破棄を拒むことが、私がギルバート様を愛しているという証拠になるから。
ということらしい。
「もう長いこと、メアリーは僕に愛想笑いしかしてくれなかったから、もう僕のことが好きではなくなったのかと思って……」
「ええ、好きではなくなりましたのよ」
「…………!」
ギルバート様は目尻を濡らしながら、「な、なぜ……?」と掠れる声で言った。
「確かに、子供の頃はギルバート様が好きでした。でも大人になるにつれて、ギルバート様との婚約は辛いだけのものになりました」
「……つらい……」
「あれをしろ、これをするな、ばかりですもの。公爵夫人として必要なことだとは分かっていましたけれど、夫となるギルバート様を筆頭にそれでは、私は息もできません」
「あっ、あれは! 男爵令嬢であるメアリーが公爵夫人になれば、周りの目は厳しいものになる! 何をしても揚げ足を取られるだろうから、そうならないようにと、あえて厳しく……確実に君と僕が結婚するためには必要なことだと思って……」
エミリーがものすごい形相でギルバート様を睨み付けているわ。
「メアリーも僕との結婚を望んでくれているんだと思っていた。だから公爵家から男爵家に婚約を打診して、受け入れてもらった時はすごく嬉しくて……誰にも文句を言わせないために厳しくしていたんだ。君に辛い思いばかりをさせていたなんて……ごめん」
「ごめんで済んだら警察はいらないのよ、このすっとこどっこい! 冷たくされたら急に好きになっちゃった、ってタイプの方がよっぽどマシに思えるわ」
怒ったエミリーに、ギルバート様はとうとう返す言葉もなくしたようだ。
それにしても、驚いた。
私たちの婚約はギルバート様が望んだことだったの?
あの厳しさも、一応は私を想ってのことだったのね。
「ひとまずお話は分かりました。でも、私はギルバート様と結婚できません」
「……それは、僕のことが嫌いだから……?」
「私、事業を始めたんです。この事業を畳む気もありません。だから、公爵夫人の勤めは果たせませんわ」
ギルバート様がパッと顔を上げた。
「それは僕のことが嫌いなわけではない、ということ?」
「もう好きではありませんのよ」
「ぐっ……嫌いじゃないならそれでいい。公爵夫人にもならなくていい。また好きになってもらえるよう努力する」
「でも、ギルバート様は将来お父様の跡を継いで公爵になられるのでしょう?」
「爵位なら弟が継げばいい。君がいないなら爵位なんてあっても意味はない」
「そんなこと、ご自身だけでは決められないでしょう?」
「そんなこと言わないで。君と別れたくないんだ。許してくれ。何でもするから、どうか僕にチャンスを」
これ以降、話が堂々巡りになって収拾がつかなくなってしまった。
困っていると、ずっと立ち会ってこの会話を聞いていた叔父様がぽんと手を打った。
「公子殿にしろ弟君にしろ、今すぐ爵位を継ぐわけでもないのだろう。それならばどうだろう、しばらくメアリーの護衛をしていただけないか」
「叔父様。ギルバート様に私の護衛なんて……」
「する! というかメアリー、護衛が必要なほど危険な環境なのか、ここは?」
「違います」
事業が大きくなって、扱うお金も大きくなってきたから、念のため腕に覚えのある者を側に置いておいたほうがいい、と叔父様に言われていた。
叔父様が人選を進めてくれているところだったのだけれど、まさかそれがギルバート様だなんて。
確かに、私に求める水準が高いだけあって、ご自身も文武両道な方ではあったけれど。
「メアリーには夢があるんだろう? 番犬だって犬だ」
「お、叔父様!」
なんてことを言うのかしら……!
でもギルバート様は気にした様子もなく、私の護衛について叔父様と打ち合わせを始めてしまったのだった。
*
その後、ギルバート様は本当に私の護衛になった。
公爵様にもきちんと許可をもらったようで、母国に帰ることなく、各国を飛び回る私にどこまでもついて来くる。
蛮族の国と嫌っていたシラルーンも、行ったら気に入ったみたい。
エミリーを筆頭に、両親も、そして私も、ギルバート様のことを受け入れたわけではない。
でも、今も婚約は破棄されることなく続いている。
「自由を謳歌するメアリーは綺麗だな。元から綺麗だったけど」
「ギルバート様ったら」
そう言うギルバート様は、やつれた状態で再会して以来、元のキラキラした王子様のように戻ることはなかった。
もう好きじゃなくなったけれど、あの綺麗なお顔だけは好きだったのに。
今は酸いも甘いも知ったような精悍な風貌になってきている。
これはこれで、綺麗だと思うわ。
私、綺麗なものが大好きなのよね。
「でもやっぱり、犬だけは嫌だ。絶対に飼わないでくれ」
私の意見を尊重してくれるようになったギルバート様だけれど、犬を飼うことだけは依然として大反対している。
大きな庭付きの家を買って犬と一緒に暮らすことは、学校を作ることとはまた別の、私のささやかな夢だというのに。
「犬なんて飼ったらメアリーはその犬ばかり可愛がって、今度こそ僕を見てくれなくなるんだろう?」
大きな身体で甘えてくるギルバート様の頭をよしよし撫でると、見えない尻尾がぶんぶん揺れている気がした。
困ったわ。
犬って、大きければ大きいほど可愛いのよね。
分岐
①許してあげる
②一生犬