子供部屋
ミスは少しずつ修正します。
部屋を出ると、そこは質素な廊下だった。廊下に出るのは当たり前なのだが、部屋の中の派手な天井などから、廊下もゴテゴテに飾ってあるのかと思っていたので驚きだ。
キョロキョロと辺りを見回していると、ハークロンノが隣の部屋を指した。
「あちらが子供部屋です。一年前のお坊ちゃまは一日のほとんどをあちらで過ごしていましたから、お嬢様はなかなか来れなかったのです」
(‥‥‥つまり、自分がよく使っていた空間に妹を入れたくないからってこと? なにそれ我儘)
お兄様に少し呆れの感情を抱きながら、夕凪の兄を思い出した。
わたしの兄、颯は、優しい人だった。忙しい父の代わりによく面倒を見てくれて、穏やかな性格のため喧嘩もあまりしない。本当に面倒見のいい人だったのだ。
(颯は本当にいい兄だよ‥‥‥。あのお坊ちゃんは五歳だから、颯と比べたら駄目なんだけど‥‥‥)
わたしがお兄様の振る舞いを思い出していると、ハークロンノが子供部屋の鍵を開けて扉を開いた。
子供部屋は十畳くらいの広さで、わたしの部屋の半分ほどしかなかった。子供部屋なのだからそのくらいが妥当なのだろうか。
それから、床には触り心地の良さそうなふわふわのカーペットが敷かれていて、クッションが沢山置かれていた。なんとなく土足禁止のパソコン室に入る時の、わくわくする瞬間を思い出した。
「よいしょ‥‥‥」
ハークロンノはわたしを抱いたまま靴を脱いで中に入ると、クッションがまとまっているところにわたしを座らせた。
「どうですか? ふかふかですね〜」
復唱させるように何度も「ふかふか〜ふかふか〜」と言ってくるので、わたしも「ふかふかだね〜」と返す。
ハークロンノはわたしを歩かせる事より喋らせる事に注力したいのだろうか。
立ち上がってハークロンノのところまで歩いていくのを何回か繰り返していると、急に部屋が明るくなった。光源を辿ると、大きな窓から太陽が見えるのに気が付いた
「あら? 最近はずっと曇っていたのに、太陽が出てきましたね。このまま暖かくなったら、ピクニックができますよ」
(なんですと?)
ハークロンノがこちらを見てニコリと笑ったのを見て、ピクニックの要員にわたしも含まれている事を察した。もしかしたら、そろそろ外に出られるかもしれない。
「‥‥‥ピクニック?」
「あら、興味がありますか? 旦那様もそろそろ忙しい時期が終わりますし、まとまった時間が取れればご家族で行けますね。これほどお戻りになられないなんて、館はどれだけ忙しいのでしょう」
(館? 何かの公共機関かな)
ハークロンノがそう小さく零すと、子供部屋の扉がノックされた。
「ハークロンノ、入るぞ」
そう言いながら扉を開けたのは、背の高い成人男性だった。
薄い焦げ茶色の髪と濃い青の目をしていて、フランスの軍服のような服を着ていた。
顔に見覚えがあるので、何度か会った事があるのだろう。
「ヴェゼル様、どうかなさいましたか?」
「騎士団から連絡が来たのだが、領主の帰路で王都の‥‥‥」
「ヴェゼル様! 今はお嬢様の前ですので……」
ハークロンノが慌てた様子でヴェゼルと言う男性の話を遮る。
「だが、ネルミオーラ様にはまだ理解できないだろう。いくら幼いとはいえ、情報から隔離しすぎなのでは?」
「ですが……」
ハークロンノがチラリとわたしを見る。
子供にはあまり聞かせたくない話らしい。もちろんわたしは少しでもこの世界の情報がほしいので、ヴェゼルを追い出すような真似はしない。
床を這ってのろのろと進み、いかにもヴェゼルの存在は気にしてないように振る舞う。クッションにポテっと寝転んでハークロンノに「撫でろ」とジェスチャーで要求した。
「あ‥‥‥えっと‥‥‥」
困ったように微笑んだハークロンノを一度見てから、ヴェゼルはゆっくりと跪いてわたしと目を合わせた。
「ネルミオーラ様は特に気にしていない様子だが」
「いえ、でも‥‥‥」
(……駄目そうだな)
残念な事に、ハークロンノは私に話を聞かせる事を渋っている。そんなハークロンノを見て、ヴェゼルは仕方なさそうに目を伏せた。
「魔石で伝える。それならいいな?」
ヴェゼルがそう言った瞬間、ハークロンノの顔色がサッと悪くなった。ヴェゼルの言う「魔石」に反応しているように見える。
「わ、私は、主従契約の物しか‥‥‥」
少しずつ声が小さくなる彼女を見て、ヴェゼルは軽く息を吐いた。ため息なのか、ただ吐いただけなのか、判別が難しいラインだ。
「ネルミオーラ様を部屋にお連れしたら準備室に来い。そこで話す」
「‥‥‥かしこまりました」
私が居ない別の場所で伝える、と言われて、やっとハークロンノは頷いた。
自室に戻り私をベッドに座らせると、ハークロンノはヴェゼルと部屋を出た。出る間際にハークロンノが「よろしくお願いします」と誰かに呼び掛けていたので、廊下に別の侍女が居るのだろう。
(独り言とか言わなければ音漏れないよね)
私が一人きりで居れる時間は多くない。常にレトリヤーバかハークロンノがベッドの側に付いてるし、二人とも不在な時はお母様とその従者が私を見ている。赤子を一人にする訳にはいかないので、その対応は正解なのだが、私からすると動きにくい体制だ。今回、部屋に一人で置いていかれてよかった。
(とりあえずベッドの横にある棚から見てみよう)
いつも天蓋が開けられる窓側に小さな棚がある。ベッドに座っていても届く距離なので、まずはその中から見ようと思う。
そっと天蓋を開けて棚の引き出しに手を掛ける。なるべく音が鳴らないようにゆっくり引くと、中には大人の掌サイズの木箱があった。
(何か入ってるよね?)
少し緊張しながら手に取って開けてみる。
スリーブ式の箱で開けるのが少し大変だったが、特に突っ掛かる事もなくスムーズに中が見えた。
木箱には小さく畳まれた布と私の手に乗る大きさの石が入っていた。
まずは石を手に取る。
(石‥‥‥というか、なんか宝石みたい?暗くて色が分かりにくいな)
よくわからなかったので石は箱に戻して布を開いて見てみる。
折られて見えなかった面には花の刺繍がしてあった。なんという花かは分からないが、おそらく百合に似た植物だと思う。
(う〜ん、これだけかぁ。何で石と布が入ってるのか分からないし、引き出しの中は収穫無しだな)
布を畳み直して箱に入れ、引き出しの中に戻した。
本当はもっと調べたいがベッドから届く範囲はこの棚しかないし、ベッドから降りる訳にはいかないので今日はここまでだろう。大した収穫は無かったが、ずっと引き出しの中身が気になっていたので確認できて良かった。
それから暫くハークロンノを待っていると、廊下から話し声が聞こえてきた。ハークロンノとヴェゼルの声だ。
「___かしこまりました」
「ああ、頼んだ。‥‥‥それからハークロンノ」
「はい」
「ネルミオーラ様に伝える情報は全て制限すれば良いのではない。奥様もレトリヤーバ様も必ずネルミオーラ様の近くに居る訳では無いぞ」
「申し訳ありません。気を付けます」
どうやら先程の言動についてハークロンノはお咎めを食らっているらしい。ヴェゼルは他人にちゃんと注意できる人のようだ。
「平民とはいえ、責任を負わせられる時はあるからな」
「はい」
(平民‥‥‥?階級があるの?)
てっきりわたしはこの家がお金持ちなだけで、あからさまな身分差は無いと思っていた。ヴェゼルの言い方からハークロンノは平民で、わたしやレトリヤーバ、ヴェゼルは貴族のような立ち位置なのだろう。
詳しいところが知りたいが、これは成長と共に知る事かもしれないので焦らずに待とうと思う。
(ハークロンノ、まだヴェゼルと話してるのかな?)
様子が気になって思わず天蓋を開ける。
ジャッと想像より大きな音を立てて開いた天蓋の外に居たのは、見たことのない侍女だった。
「へっ」
「ネルミオーラ様! こちら側を開けてはなりません!」
目が合うと同時に怒られてしまった。
天蓋を窓側ではなく廊下側から開けてしまったので、それについて怒られているのだろう。
そのまま抱き上げられ、ソファに移動する。
「天蓋を開ける時は、必ず右側‥‥‥棚がある方から開けるのですよ」
どう返事をすればいいのか分からなくて、とりあえずコクリと頷く。
(‥‥‥でも、天蓋を開けてもいいんだ)
行動範囲が少し広まった事に満足して、その日はおとなしく過ごした。
2話の私 「何ヶ月も放置しない!!!」
3話の私 「????????」
小説って難しいですね。まあ誰も読んでないでしょうし無問題! (光栄なことに何人かに読んで頂けているみたいです。ありがうございます)
ここ数ヶ月は本業が忙しくて毎週1行ずつくらいしか執筆できませんでした。少しずつでも小説書くの楽しい……。
ハークロンノの外見
髪 薄い茶色
瞳 赤茶色
ヴェゼルの外見
髪 薄い焦げ茶色
眼 濃い青色
ネルミオーラだと長いので、私はルラと呼んでいます。
主人公の外見はまだ分かりません。
〈ネルミオーラが見つけた石(宝石)〉
緑のローズクォーツをイメージしています。私がイメージしている形はカボションカットというらしいです。縦長の球体って感じです。作者本人ですらよく分かっていないので調べてみて下さい。