見覚えのない星空
―――はきっと、知ろうとしないだろう
プレフィンの名を継ぐ者は一番の苦難を―――――…――………
聖蘭夕凪という名の少女は今、混乱していた。
目の前の光景がいつもの見慣れた天井ではなく、金粉を星空のように散りばめた天蓋であることに。
(………‥‥‥‥‥‥何が起こったの?)
数十秒前、わたしは学校から帰宅した。手を洗う暇も無いほど疲れていたので、家に帰ったら自室のベッドに直行したのだ。少ししたら手を洗いに脱衣所へ向うつもりだったのに、一度瞬きをした瞬間に目の前に広がる光景は高級そうな天蓋に変わった。訳が分からない。
(‥‥‥‥‥‥とりあえず、周りに人が居ないか確認しよう)
この意味不明な状況でも冷静でいられるのはわたしの美点だろう。この冷静さに助けられた事が何度あったか。
だが、パニックとは程遠い情緒の持ち主でも冷静さを失う事はある。まさに今。
(待って待って待って? 手が動かない。感覚も鈍いし、何事!?)
心の中でそう叫んだ瞬間、わたし自身の口から赤ん坊の泣き声が響いてきた。
「うわぁぁぁぁん!! あああああ!!」
(なに!? 何事!?)
泣き声を聞けば聞くほど不安な気持ちが膨らんでくる。不安になればなるほど泣き声は大きくなる。
内心のパニックも限界まで登り詰めた時、星空の天蓋がバサリと翻され、焦げ茶色の髪を高い位置でお団子にした中年女性が顔を出した。
(ヒギャァァ! どなた!?)
「◎△$×¥●&%#」
女性がこちらに向かって何か言った瞬間、頭に数々の記憶が流れ混んできた。日本語ではない、聞き覚えのない言葉を喋る人々。それでも何故か馴染みがあって、段々と言葉の意味が日本語と繋がってきた。
『明日には帰るそうです』『お二人ともお忙しいのに』『坊ちゃまは?』『おや、目を覚ましてしまったか』『きっとお美しく育ちますね』
(なに‥‥‥これ‥‥‥?)
『そろそろ交代ですね』『ほ〜ら、大丈夫ですよ〜』『乳母を呼んできました!』『きっとこの子なら‥‥‥』『嫌だ! 嫌いだ!!』『――クラオシア―‥‥‥』
「一人にして申し訳ありません、お嬢様」
凄まじい情報量を遮るように中年女性がわたしを抱き上げた。
この女性の名前は恐らくレトリヤーバ。流れ混んできた記憶の中に、こちらに向かって何度も名前を繰り返す彼女の姿があった。乳母のようだ。
記憶と重なる発音の言葉。先程理解できなかった彼女の言葉も、今なら理解できる。
『奥様を呼んできましたからね』
そう言ったのだ。
(奥様、お嬢様。さっき垣間見えた記憶の中に坊ちゃまって言ってる人が居たな。言葉も聞いたことないし、なんか異世界っぽい?)
レトリヤーバに抱き上げられて落ち着いた事に気付かず、わたしは状況を整理し始めた。
(たぶんわたし、赤子に生まれ変わってるよね。死んだ記憶が無いからただの夢かも。でも、この鮮明さと意識の感覚を考えると、ただの夢じゃないのかな。でも転生って仕事に疲れた大人がなるものじゃないの? あ~、ネットが使いたい)
わたしのような現代っ子にこの状況は耐え難い。知りたいのに知れない歯痒さを、わたしはそう長くは耐える事ができない。
(自力で探るしかないよね)
今は情報収集をしよう! と決意すると、レトリヤーバがわたしを抱いたまま天蓋の中から出て、見るからに座り心地の良さそうなソファーに腰を下ろした。
思うように動かない体を必死に捻らせて、わたしは部屋の中を見回す。
簡易的な太陽の絵が描かれている天井には贅沢に宝石が飾られたシャンデリアが吊られており、少なくとも十本はある蝋燭の中心には大きな炎があった。レトリヤーバの右側の壁には出窓があって、外の風景は自然豊かな田舎、というイメージだ。金持ちの別荘のように見える。
よいしょ、ともう一度体を捻らせて反対方向の壁を見ると、太陽の彫刻が彫られてある扉があった。
綺麗な彫刻に見惚れてつい扉を眺めていると、金のドアノブが下に傾いてゆっくり扉が開かれた。
「失礼します。奥様がお見えです」
「どうぞお入り下さい」
入室を促すレトリヤーバの声にザッと血の気が引いてきた。奥様と言う事はわたしのママだろう。この体の中身が変わっている事がバレたらどうするのだ。
(待って展開早い! ここがどこだかまだ分かってないから! てかメイドさんの声可愛いね!)
場違いな感想を抱くわたしを余所に、奥様と呼ばれる女性が部屋に足を踏み入れた。
「この子ったら、機嫌が悪いのかしら」
わたしに向かって微笑み掛けた女性を見て、わたしは思わず息を呑んだ。
(うわぁ‥‥‥すごく美人‥‥‥)
美しい笑みを見せた女性は、少しオレンジが強めの金髪をしていて、瞳は深い緑色だった。
(全然違和感が無い‥‥‥。ここまで緑の目の人に会った事無いよ‥‥‥)
違和感が無いのはこの幼体が彼女を見慣れているからなのか、それともこの人の笑みに絆されたからなのか。八割後者だろう。
「レトリヤーバ、一度下がってくれる?あの子の教師から報告を受けておいて」
「かしこまりました」
レトリヤーバがわたしを母親に渡してから退出する。なんと言うか、とても慣れた手付きだ。
「ふふ、また重くなったわね、ネルミオーラ。お母様に笑顔を見せて?」
わたしを抱いた母親がさらに甘い笑みを見せる。その笑みを見て、わたしは何故だか安心してしまった。
聖蘭 夕凪の中には母に抱かれた記憶がない。母はわたしを産んですぐに病死したからだ。3歳差の兄にも母の記憶がなく、父から聞く話だけが母親の愛情だった。それもあってなのか、わたしはずっと母親に飢えていた。
(‥‥‥お母様)
この人から直接愛情を感じ、名前を呼ばれた時、わたしの意識は完全にネルミオーラのものになった。
突然始まって勝手に落ち着きましたね。
小説は宿題でしか書いた事がない初心者ですが、私なりに想いを伝えていけたらなと思います。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
至らぬところはDMでもコメントでも、バシバシ指摘して下さい。この物語、本当に長くなる予定ですので、最後まで粘り強く見守って欲しいです。
次回は「新しい環境」
時間があれば見て下さい✨




