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第一話「無明の目覚め」

「小説家になろう」初投稿作品です!

未来電脳ディストピア、「トレースド・エンティティ/Traced Entity」の開幕です。


 気が付くとただただ真っ暗な空間にいた。まるで無明の宇宙に放り投げられてしまったような、そんな場所だ。はっきりとは覚えていないが僕は先ほどまで自室で寛いでいたはずなのに。奇妙な夢でも見ているのだろうか?

「aa. haft pripe quk」

どこからか奇妙な声がする。耳慣れない言語だ。どこか英語に近いような気もするが、明らかにそれとは異なる響き。

「あ、あーすみませんお目覚めでしたか」

という声と共に、真っ暗だった空間の中に薄く白く輝く男の姿が現れる。無機質な服装。機械的に切りそろえられた黒髪。まるで平均的な、意味を持たない顔。こう表現する他なかった。まるでAIイラストで描いたような、整っているが無個性な顔。

「はじめまして、ウラガ・トオルさん?で読み方合ってますか」

「ええ、浦賀徹うらがとおるですが…ここは、そしてあなたは…?」

「そうですよね、私の名は…うん、まあ〈エル〉と呼んでください」

うん、まあ?まるで仮の名前のようだ。

「仮名かなんかですか、それ。僕は勝手に本名を知られているのに」

「あ、そうですよねすみません。本名は…ないんですよ。あるとすればL0110です。この時代の者は戸籍謄本とかないので、あなたたちの時代で言うような〈本名〉という概念がないと言えばいいでしょうか。固体番号があるだけで、あとはその時々、その場次第で自分で好きな名前を使うんですよ。ハンドルネーム?でしたっけ。そんな感じで。僕のあなたとのハンドルネームは〈エル〉にします。固体番号そのままでは呼びづらいでしょう?」


 今の時代?あなたたちの時代?ここは未来ってことか?信じられないが、先ほどの耳慣れない言語、彼の無機質と言っていいような外見は確かにそれを裏付けていた。

「それじゃあ、ここは未来?随分と殺風景ですけど」

「ああ、勿論ここはデジタル空間です。すみません何も背景を設定してませんでしたね。どんなのがお好みですか?」

デジタル空間?背景?随分と感覚がリアルだが、言われてみれば相手の体は少し光っているし、自分の体も……あれ?体?体がない!?

「すみませんこれも未設定でした。ひとまず過去のあなたのアバターをそのまま適用しますね。背景もあなたが見慣れているだろうものに…ここが解放感あっていいですね」

気づくと一瞬のうちに自分の体ができ、僕がよく散歩する河原の、穏やかな夕暮れの情景の中にいた。どういうことだ。VR空間のようなものなのだろうか。

「ええと、あなたが、エルさんが僕をここに呼んだんですか?このデジタル空間に?」

「ええ、そうです。ふむデジタル空間ということは理解できるようですね。ですがその困惑、まだ慣れ切っていないようにも見える……フムフム」

と言うや否や彼の横に半透明のモニターが表示され、僕には読めない言語で何かが記録される。キーボードを打つでもなく目で追ったまま書かれているように見えた。この時代の人は端末を直接操作できるというのか。

「ええと、何か取り込み中のところ?すみませんがなぜ僕はここに」

「ハッ、いけないつい夢中になってました。悪い癖です。あなたをここに呼びだした、というか生み出したのはインフォーマント、情報提供者になって頂きたく、つまりインタビューに協力して欲しいのです。お気づきの通り私は未来の者でして、あなたの時代からざっと1000年後くらいですかね。歴史研究をしている者です。それで過去のあなたに話をお聞きして、今やヴァーチャル草創期と呼ばれるあなたの時代のこと、あなた自身の考えなど知りたいのです」

「なるほど…、別に構わないですがこっちも聞きたいことだらけなんですよ。過去にアクセスできるなら自分で見に行けばいいじゃないですか。今こうして僕の近所の画像データを表示できてる訳ですし、きっと過去にも行けるんでしょう?それに〈生み出した〉ってどういうことです?」

「いやいや、色々聞いてください。僕だけ聞かせてもらうんじゃ対等じゃないですからね。まず、過去に直接行くというのは、おっしゃる通り技術的にはできますが、倫理上・法律上不可能です。時間遡行禁止法というのがありましてね。あなたの時代のSFでも出てくる〈タイム・パラドックス〉ってやつですよ。もし私たちが過去に干渉してしまえば現在にも影響しかねない。そこで過去で人と接触することはおろか、過去の人間に知覚できる形でアクセスしてはいけないのです。この映像は過去に撮影されていた個人のカメラ、監視カメラ、衛星画像など旧ネット上で閲覧可能だったものがデータ・バンクに保存されていて、それを元に再構築したものです。よくできているでしょう?なのでどこでも十分にデータがある訳じゃないんですがね。この河原は地域の名所だったためかデータが豊富でした」

断片的な画像からこんなにもリアルに…確かに言われてみれば橋の下とか、あまり人が撮らなさそうな部分程映像がぼやけてはいるが、ぱっと見には本物かと見間違うくらいの精度だ。

「それで二つ目の質問につながります。そんな訳で私たちは断片的にしか過去にしかアクセスできません。しかし〈過去の人間に知覚できる形〉というのがポイントでして、逆に言えば〈過去の人間〉にさえ知覚できなければ良いわけです。例えばある人は過去のデジタル・カメラを直接ハッキングして映像データをコピーしてみたり、これは少しグレーゾーンですが人の近くを遮断する装置を起動して過去に行くものもいます。なので、あなたの時代で心霊現象と言われているものや、機械の誤動作などは僕たちの時代の歴史学者の失敗から生まれているケースが大半ですよ」

なるほど、あれは未来からのアクセスだったのか。それにしてももうちょっとうまくやればいいのに…、それに勝手にハッキング、データのコピーって…過去の人間なら何をしてもいいと思っているのかこいつらは…。どうやら倫理観も相当現代とは違うみたいだ。

「なるほど、でもそれなら僕とこうやって直接話しちゃまずいのでは?」

「ええ、過去の人間と〈直接〉接触したらグレーどころかブラックですよもう。だから〈間接〉なのですよ」

…?間接?どういうことだ?

「浦賀徹さん、あなたは、浦賀徹さんであって浦賀徹さんではないのです」


 禅問答か何かだろうか。しかし、僕が最初から抱えていた違和感…設定しなければ実体のないこの存在、まさか…。

「つまり、あなたは浦賀徹さんの記憶・思考パターンから複製、トレースされたトレースド・エンティティなのです」

「そんな……ことができてしまうって」

「あなたの時代ではもうとっくにスマートフォン、スマートウォッチ、SNS…既にデジタル技術に溢れていますよね。私、専門は歴史学ですが電子工学、脳神経科学の博士号も持っていましてね。それらの媒体を経由して過去の人間の認知・思考パターンを計測し、再現するプログラムを開発したのですよ。これで過去の人間そのものではなく、その複製にインタビューすることが可能になった。自分で言うのもなんですが、画期的な方法論です」

「すごい技術だけど…、そんな、そんなこと許されていいのか!勝手に人のデータを傍受して、人のコピーを生成するなんて…!」

「善、とは言えないことは分かっています…むしろ限りなく悪に近いということも。もちろん同時代の人間にそれをやったらアウトですよ。ただ、1000年も昔となると許容され、歴史学のためという大義がなければ許されぬことには違いありません。あなたの生まれる少し前の時代でも勝手に人の墓を掘り返すような人たちが歴史学で成果を上げているでしょう?」

「確かに……でも、赤信号皆で渡れば怖くないってか!?他がやってたら自分も許されると思うなよ!」

「…すみません。こんな状況で不謹慎とは思いますがその発言興味深い……。いやすみません。しかしどうか落ち着いてください。そのお詫びと言ってはなんですが、その代わりにあなたは素晴らしい権利を得たのですから!」

「素晴らしい権利…?」

利益を与えれば済むと思っている点にいささか腹が立つが、今はそれよりも気になってしまった。「素晴らしい権利」とやらが。

「ええ、このインタビューを終えた後、あなたはこの未来の現実世界で生きるも良し、はたまた〈エデン〉で冒険を楽しむもよし。もちろん調査謝礼も提供しますので、それで当座の生活もどうにかなるかと…。どうです?悪い話ではないでしょう?」

要は、異世界転生ならぬ未来転生ということか?生活費も援助?いやいやそれよりも「エデン」ってなんだ?

「まあ一度にこう言われても納得・理解はできませんよね。良いでしょう。インタビューより先にまずあなたのインタビュー後のこと、この時代のことについて説明しましょうか」

彼はそう言って言葉を続ける。


 まあいい、どうせトレースでできたデジタルな存在。さっきの話を聞くに、腹を立てて調査協力を拒否したところで元の時代に帰れる訳でもなさそうだ。とりあえず話を聞くだけ聞いてやろうじゃないか。


〈次回に続く〉


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