42.あえて自分から[壊れた]のかもしれない-きみはどうしたい?-
全43話です
明日の第43話で完結になります。読んでくださって本当にありがとうございます!
続いて明日(8/22)に次作である「レイドライバー 6 -少女は大人に、そしてみながこちら側に-」を寄稿したいと思います
次話の前書きと後書きにリンクを貼っておきます、もし引き続き読んでくださればとても嬉しいです!
――そうか、ネイシャは[完全に壊れる]のを防ぐために、あえて自分から[壊れた]のかもしれない。
研究所にいる全員をご主人様と呼び、その命令には何一つ口答えせずに従う。例えそれが親子という関係を隠す事になっても、同年代の赤の他人と偽らなければいけないとしても。
「チャンス、というのは?」
カズが問うと、
「そう、チャンス。そう思ったのです。これは天が私たちに与えてくださった最後の慈悲ではないか、と。ここでワンワンが倒れれば間違いなく爆破処理されるはず。そうすれば三人で天に召される事が出来る。それがたとえ地獄に行く事になっても、私は三人なら何処へでも行きます」
――なるほど、それでダウンさせて、操縦に不慣れなミーシャに代わらせたのか。
ミーシャはもっぱら下半身の制御専門として訓練されている。もちろん一通りの基礎操縦は学んでいるが、それよりも四つ足の制御の専門として教育されているのだ。
そんな不慣れな彼女が全身の制御を担当すればどうなるか。
そこに介入するはずのサブプロセッサーが仮に沈黙でもしたら? おそらく増援が来なければ撃破は免れないだろう。
そういう意味では、やり方はともかくとして、やはりネイシャは歪んではいるものの、あの子たちの母親という事なのだろう。
「事情はあらかた分かったよ。ネイシャ、いやフロランス・バーナードさん。きみはどうしたい?」
あえてネイシャの本名を、結婚前の苗字で呼んだ。それは少しでも元夫である、クリスチャン・ガルシアの事を想起させないようにというカズの配慮である。
カズは確かに人間嫌いだが、こういう一面を時々見せる。それは彼が[自分の側]にいると判断した相手に、である。それだけ彼の中で対人関係の線引きは絶対なのだ。
「私の事を本名で呼んでくださるのですね、ありがとうございます。私はアイシャ、いえセシルに酷い事をしてしまった、その自覚はあります。そして貴方は研究所の所長です。どうぞ好きになさってください。どんな罰でも受けますから。もしでしたらいっそ、完全に壊してもらったほうがいいかも知れません」
そう言っているフロランスの声は穏やかである。それは、状況を知って観念しているのか、それとも自棄になっているのか。
カズが出した答えは、
「きみはこのままワンワンのサブプロセッサーを続けるんだ。それが例え精神的な苦痛になったとしても。どんな状況に置かれたって、きみ、いや貴方は彼女たちの母親だ、それこそ死ぬ時まで、いや死んでもね。貴方たちが自由を許されるその時が来るまで、貴方は彼女たちを守ってあげてくれるかい?」
カズはとて優しい口調でそう諭すように話す。途中からフロランスの事を[きみ]とは呼ばずに[貴方]と呼んでいたその心の中には、
――母親というものは、子供が独り立ちするまで傍にいてあげるものなのだろう。例えその独り立ちが永遠の旅立ちになる時でも、やはり傍にいてあげるべきだ。
そんな考えがカズの中にあったのだ。
だが、当然[廃棄処分]も考えていたであろうフロランスは、
「えっ、それはどういう事でしょう?」
あまりに自分の考えていた結論と違ったのだろう、戸惑った声で返してくる。
その戸惑いに、
「自分の正体を隠して今の関係を続ける事は、貴方にとってはとても苦痛だろう事は想像に難くない。だがあえて言おう、今の関係を続けるんだ。解放されるとき、それは二人が死亡、ないしはそれに準ずる状態になった時だ」
そこまで言って、
「彼女らに[クスリ]を使って、言う事を聞かせているのは知っていると思う。それは、どんなに長くても飛躍的な技術革新がなければ、あの娘たちの寿命は十年持つかどうかだ。彼女たちが[廃棄処分]になったその際は、貴方も一緒に葬ってあげよう。ちなみに今回はその[クスリ]で二人の記憶を消去した、だから後遺症については安心していい。今まで通りに振舞うんだ」
そう伝えたのだ。
「大尉、いえ、今だけはカズさんと呼ばせてください。カズさんの寛大な処置、本当にありがとうございます。確かに私にはうってつけの罰ですね……」
その声は泣いていた。それ以上は声にはならずにただ泣いていた。
カズはタブレットに表示されていた[拷問メニュー]をそっと閉じた。初めはとっちめてやろうと思っていたのだから。
その代わり、ある操作をした。それはフロランス、いや既にネイシャと呼ぶべきだろう、にも伝わったようで、
「ご主人様、何を?」
口調の変わったネイシャがカズに問う。
すると、
「きみの生体コンピューターには思考や通信のログが残る。そのログを、今のログをオレの権限で消しているんだよ、ネイシャ」
自分がネイシャと呼ばれた事で事態を察したのか、
「いいんですか?」
その声は恐る恐る相手に聞く、そんな声だ。
「あぁいいよ、良く分かったから。その代わりさっき言った事は決して忘れないでね。それから」
とまで続けた言葉に、
「ちょっとだけお仕置きはするから」
と付け加えてネイシャが一回だけ、
[もう、堪忍してくださいっ、ああっ]
というまで[尻を叩き続けた]のだ。
全43話です




