41.ネイシャ、聞こえるよね?-これはチャンスだ、と-
全43話です
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――次だな。しかし、自分が招いた事とはいえ一極集中のこの体制は……いや、その方がいいか。
カズは基本的に人間が嫌いである。
特に自分の過去を知っている人間はなおさらである。なので、日本から連れてこられた研究者たちも[なんだかんだ]言って処分してきた。今は日本人は二名だけとなっている。
カズは研究所の所長である。
それは政府中枢とも対等に渡り合えるだけの権力がある、という意味を持つ。事実、大尉という階級はあるものの、誰も上官になりえない。司令直轄、しかもやろうと思えばその司令の人事さえも握りえる、それほどまでに強力な権力なのである。
カズは自分が正常だとは思っていない。
それは、この狂った人体実験の果てに自分を守るために、自分が意識、無意識に問わず行ってきた事が証明している。
[チトセをこの手の中でオモチャにしたい]そう思った時、はっきりと自覚した。[自分は壊れている]のだと。
だが、それでも日常は回っている。
では仮定の話として誰かにこの職を譲ったら? それはそれでとても危険な事だと思う。そういう意味ではまだ自分に自信がある、という事かも知れない。人に任すより自分が負うべきだ、と。
だから一たび事が起きればこんなに忙しく走り回る羽目になるのだ。ここは周りに助手のいる研究所ではない、戦場なのだ。誰も自分の代わりが出来る訳ではない。
――さてと、問題は。
ネイシャである。今回は[クスリ]を使って事なきを得た。だが、こんな事が続くようでは困る。
カズはワンワンの機体の周りから人払いをしたあとでコックピットに入って声が漏れないようにして、手に持っていたもう一つのもの、タブレットを接続する。
そして、
「ネイシャ、聞こえるよね?」
とりあえずそう問いかける。
「はい……」
これからイロイロされると思っているのだろう、声のトーンが低い。
「自分のやった事は分かってるの?」
カズはあくまで冷静に話をする。
「ご主人様は、私のした事をどうお思いですか?」
と逆に聞いて来た。
――これは……いつもにない反応だ。何か思うとろこでもあるのかも。
そう思ったカズは、
「それはいけない事をしたと思うよ。だけど、そこに何らかの意図が感じられるのも事実だ。きみがそう言って聞き返すという事は、何か感じる事があるんだね?」
ネイシャは無言だ。
「今はオレしかいないし、会話は聞かれてはいない。思う事があるなら、試しに話してごらんよ」
本当は、意思のあるサブプロセッサーに埋め込まれている生体コンピューターには、通信や思考に関するログが残る。だからここで[いいから話してごらん]と言っても、もしそれを知っていたら話せるわけがない。
だが、
「私は、あの時感じたんです。一対三の圧倒的不利な状況、味方の援軍もない中で、いくらワンワンが次世代型とはいえ勝てるはずがない、そう考えたんです」
ネイシャはポツリポツリと話し始めた。
「それで?」
こちらはあくまで冷静に聞く。
「これはチャンスだ、と。私は……あの子たちの母親です、母が子の事を心配してはいけないなんてあまりに理不尽ではありませんか。現にミーシャ、いえクロードはともかく、アイシャは、セシルはまだ未熟です。未熟な子供を叱るのは親の務めではありませんか? 私が完全に壊れてしまったら、あの子たちは誰が面倒を見てくれるのですか?」
――あぁ、この人も[壊れて]いるんだな。
親が子を叱る、それ自体は何処にでもある事だ。親として当然の振る舞いと言っていい。だが、耐えられないほどの痛みを流し続けて、ダウンしたらまたたたき起こして痛みを与え続けるのは、果たして親の所業と言えるだろうか。
すでにそれは常軌を逸している。
しかし、ネイシャのされてきた事を考えれば、ある意味納得の行動かも知れない。来る日も来る日も激痛を味わわされ、自分はおろか子供の名前も呼ぶことすら許されない。それを口にしようとしただけで激痛が走るのだ。
更に言えば、この数か月でサブプロセッサーに対する技術も飛躍的に向上した。その一つが[アップデート]であったり、カズが行った味覚や触覚といった[ヒト]の時に味わえた感覚である。リストから選んで選択すれば、文字通り指先一つで激痛も、快楽も与える事が出来るのだ。
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