40.これは……ダメだな-カズが耳元で何かを囁く-
全43話です
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――さてと、次だな。
カズは自分の機体に寄って何かをその手に持ち、ワンワンが収容されているデッキへと向かう。
そこには、ぐったりうなだれているアイシャと、それを心配そうに支えているミーシャがいた。
「大丈夫か、アイシャ」
カズはそう声をかける。
すると、
「ゴ、ゴメンナサイ。モウ、シマセンカラ、ユルシテ、クダサイ」
先ほどのままである。
――これは……ダメだな。
そう思いながら、カズは手に持っていたものの中から注射器のセットを取り出す。
「それ、は?」
心配そうにミーシャが聞いてくる。彼女にとってアイシャとは、姉妹であり恋人の関係なのだ。
「大丈夫」
とだけカズは言うと、注射器をセットして震えるアイシャの腕に刺す。
注入が終わってしばらくしてからカズが耳元で何かを囁く。
すると、
「はっ、オレはいったいどうしちゃったんだ?」
いつものアイシャの声だ。
「きみはよくやってくれたよ。今言った通り、今回の事は全部忘れるんだ、いいね」
務めて優しく語り掛ける。
「はい、マスター」
ひざを折ってひざまずくアイシャの声は穏やかだ。
カズは今度はミーシャに注射を打つ。そして同じように何かを囁く。
するとやはり、
「私は一体何をしていたのでしょうか?」
これは一体。
カズが行った注射。それは彼女たちに投与されていた[クスリ]である。特定の人をマスターと呼び、その命令に忠実にさせる事も、都合の悪い記憶を消し去ることも出来る。しかも、この[クスリ]は脳内に貯留する為、効果が長く効く。もちろん薬である以上いずれ代謝されていくので注射は定期的に行っている。
だが今回、アイシャは精神に深刻なダメージを与えられた。それに伴ってミーシャも動揺が隠せないでいる。それは[パートナー]が壊れてしまうかも、という恐怖から来るものだ。アイシャとミーシャはそれ程に相思相愛するように、二人で一人でいるように[調律]されているのだ。
そんな二人を立ち直らせる簡単な方法。それは簡単ではあるものの、ある意味で危険を伴う方法。
このタイミングでの[クスリ]の投与である。
投与して[自分たちは何もしていない。戦闘は行ったが無事に帰投した]という暗示をかけたのだ。イレギュラーな接種になるが、そんな事はいっていられない。幸いにもすでに[クスリ]が定常状態にある彼女たちは、こんな野外で行う注射とマスターの言葉だけで容易にコントロール出来るのである。
――本当はやりたくなかったんだよなぁ。
カズがそう思う理由。
それはこの[クスリ]の副作用である。これはその便利な代償として脳自体の萎縮を招くのだ。その為、被験者の寿命は投与されてから十年前後だろう、と言われている。まだアイシャたちにはその症状は見られていないのだが、カズが以前に実験で過量投与を続けた被検体は、徐々に人格崩壊を起こしていき、痴ほうに似た症状を経て最終的には死亡してしまったのだ。死因は脳委縮による脳死、である。
――だけど、これをやっておかないと。
カズは天秤にかけたのだ。このまま深刻なダメージが残った状態で待機状態になった際、万一にも敵が襲ってきたら、アイシャは復活できるのか。そんな不確実な可能性に賭けるよりは余程[クスリ]を使ったほうがましだ、そう判断したのだ。
「アイシャ、ミーシャ」
カズは二人に語り掛ける。
「何でしょう、マスター」
声がそろう。
――バッチリだな。
「二人は私服に着替えたあと、自室でちょっと愛し合っていなさい」
言葉の内容とは裏腹にとても穏やかに語り掛ける。
「分かりました、マスター」
そう言いながら二人とも恥じらいながら手をつないで去っていく。
全43話です




