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第8話 静岡農協③

 田村が震えた声を出す。


「待て、待ってくれ。撃つつもりはなかったんだ。ただビビらせてやろうとして」


「農協の拡張職員が銃を構えるのは、相手を撃つときだけだ。何も考えず銃を抜くバカが多いからな、必ず教わるはずだ」


「たす、助けて」


 田村が命乞いをしようとするが、胸を強く圧迫されて言葉がうまく出てこない。


「大丈夫だ。命までは取らない。大事な農協の戦力だからな。ただ……」


 阿含が切っ先を田村の左耳に移す。


「忠告を聞けない耳は、記念に一つここにおいておきな」


「阿含……あんたわざと隙を作ったね」


 長尾が言った。阿含が振り返らず答える。


「さっきも言ったろ、新人教育だよ。現場で揉められたら死人が出るからな」


 長尾は中森や山城をちらりと見たが、ふたりとも止めるつもりはなさそうだった。長尾は短くため息を吐いた。


「分かったわ、阿含。宮崎の教育が行き届いていないのは、パートナーである私の指導が至らなかったから。ごめんなさい。銃を抜くタイミングについては責任を持ってしっかり教える。だから怪我させないであげて」


 阿含はマチェットを構えたまま田村の目を見る。恐怖と羞恥で涙が滲んでいる。


 阿含はにやりと笑い、マチェットを鞘に戻すと田村の胸から足をおろした。


「分かればいいのさ。今度ほがらかでおごれよ。何なら宮崎も一緒にさ」


 ほがらかとは静岡農協拡張職員御用達の飲み屋である。かつてはハンバーグ系チェーン店として数十店舗出店していたが、肉の供給が不安定なことに伴い、業種を居酒屋に変更して一件だけが営業している。


「宮崎は当分一緒に飲む気分にならないとは思うけど、それも分かった」


 長尾は中森がカウンターに置いたお盆のお茶を二杯立て続けに飲むと、羊羹を二切れ口に放り込んだ。


「熱くねえのか」


 阿含が言った。


「別に。中森さん、今日はこれで失礼しますね」


「ああ、次の業務が入ったら端末で知らせるよ」


「ぜひお願いします。ほら宮崎、行くよ」


 田村はよろよろと立ち上がった。


「たまきさん、その……」


「大丈夫、阿含のバカはあんたと一緒でちょっと血の気が多いだけだから」


「はい」


 長尾は来たときと同じように颯爽と、田村は肩を落としトボトボと階段を降りていった。


「あちち」


 阿含が湯呑を取った。


「でもやっぱ旨いわ」


「日が昇る直前に摘んだ茶葉って触れ込みはマジかもしれないな」


 お茶のにおいをかぎながら山城が言った。


「まあ、俺のお茶だけどな」


 中森がカウンターの引き出しからクリアファイルを取り出した。


「さてと、たまきちゃんたち帰ったし本題に入ろうかね。明後日から入る次の仕事があるけど、どうだい」


「明後日?」


「明日は武器をしっかり揃えておきな。特に阿含、たまきちゃんの教えの通り、武器の乱れは心の乱れだよ。ちゃんとしたいい銃買っておくんだよ」


「分かったよ。それで、内容は? 盗賊相手とかなら二人だと厳しいぞ」


「次の依頼はずばり、人物警護だね。守るのが苦手って言われてむっと来たあんたにはぴったりだろ。こっちの相場を知らないのか、かなり報酬もいいよ」


「相場を知らないってことは外国人?」


「イギリスから来るらしい。ただ日本語は結構堪能だとフォーラムには書いてあったね」


 農協への依頼はオンライン上のフォーラムを通して行うこともできる。静岡市近隣の住民の場合は静岡農協の受付に直接来るが、他県や他国からの依頼はフォーラムを使うことがほとんどだ。


 阿含は山城を見た。断る理由はない、と山城は頷く。ボコられて武器を失った不始末は、結局の所仕事で取り返すしかないのだ。阿含が言った。


「OK。その依頼請け負うよ。詳細は端末に送ってくれ。明日じっくり確認する」


「良い返事だ。若者は仕事に打ち込んだり女の尻追っかけたりするのが一番さね。突っかかってくる新人をしめるよりも、楽しいことがいっぱいあるんだから」


 チクリと言われたが、阿含は特に反論はしなかった。


「そうかもね。それじゃあな、ばあさん。茶菓子ごっそさん」


 そう言うと背嚢を持って歩き出した。


 山城が中森に片手を上げた。


「すまんね、中森さん。どうも俺からは言いづらくてね。まあ、若いもんに説教垂れるのが年寄りの楽しみだってことでね」


「やれやれ、まだまだあたしも若いっての。怪我だけはしないようにね。あんたらみたいなんでも静岡農協のエースなんだから」


 少し笑って山城も階段へ向かった。こちらを振り向いて待つ阿含に冗談を言いながら。




 日本という国は何十年も前に滅びた。間接的には東京湾を震源とする首都直下型地震と、その前後に来た超弩級の台風による水害が起こったこと、関東での地震に呼応するように日本全国でマグニチュード七を超える地震が連鎖したことが原因と言われている。


 また、大地震と連動したのか富士山が噴火し、山梨県南西部と東京都多摩地区、及び神奈川県の一部に融雪型火山泥流(山を覆う雪や氷が融かされて泥水となり、火山噴出部と混ざり合って数十キロに渡り広がる)や火山灰が降り注いだことが日本人の魂を砕いたとも言われている。ただ、現在の定説では日本崩壊の直接の原因となったのは、次の三点だ。


 まず、震災と水害の混乱が主要都市の機能を完全に停止させた後、中国とロシアが自国民の救助を名目として軍隊を派遣。アメリカがそれに対抗して連絡のつかない在日米軍に代わり韓国とハワイの米軍を派遣。三大国が日本の領土を侵略し、九州と北海道では実際に戦火を交えたことが一つ。


 次に、原因不明の磁気嵐が吹き荒れ、日本国内にて通信設備の使用が困難に陥り、恐慌状態に陥った国民が各地で大規模な暴動を起こし、略奪と放火が横行したことが一つ。


 最後に、地震による被害の一端か、あるいは暴徒やテロリストが手を下したのか、磁気嵐により孤立したどこかの軍隊が錯綜する情報の中やむを得ず行ったのか。確認されているだけで最低でも三つの原発がメルトダウンを起こし、日本全土が虫食いに放射能汚染されたことが一つ。


 各国の本土侵略より半年から数年後に、三大国はそれぞれの理由から部隊の駐屯を諦め、軍を引き上げた。現在に至るまで国内勢力、国外勢力を問わず日本列島全土を支配下とする統一政府が起きることはない。新興勢力が次々と隆盛し、つぶしあい、滅んでいった。


 混乱の中多くの国民が命を落とした。力やコネクション、運があったものは国外に逃れ、そうでない者たちは自衛のため、あるいは他者から奪うために銃をとった。大国の軍隊が駐留したことで武器輸入のパイプが構成されており、銃だけは東西から大量に入ってきた。日本人たちが今まで馴染みのなかった銃を手に取ったことで暴動は内戦となり、国連を始めとする諸外国の援助はその出足を鈍らせた。


 現在、国家としての機能を失い、自動車や電子部品など主要産業が壊滅した日本と貿易をする価値は、ほとんどの国が見いだせていない。国家間の緊張の高まりと世界的な不況により、各国からのODAはあまり活発とは言えず、アメリカと中国、そして日本の崩壊と前後して力をつけてきた東南アジアの国々から細々と援助物資が届くのみとなっている。

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