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第5話 御前崎の戦い②

「おら、てめえ、ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞコラ、てめえはただじゃ殺さねえ。ボコった後に指を全部撃ち抜いて、泣いてるところケツにマグナム撃ち込んでやる」


「ひっひっひ」


 阿含は体をくの字に曲げて頭と腹を守りながら、リーダーを見上げて中指を突き立てる。


「マグナムってのはもちろん銃の話だよな。あんたのお粗末な水鉄砲じゃなくてさ」


「てめえ、フッザケンじゃねえぞチンカス」


 阿含が突き立てた中指を腕ごと蹴り飛ばし、リーダーは阿含の肩と言わず脇腹と言わず踏みつけた。後はもうグダグダだ。五人の男たちが阿含と山城を殴り、蹴る。さすがだったのは道路をまたいで立つ二人の男は銃こそ降ろしたものの、暴行には加わらなかった点だ。小川の配下がしっかりと統率されていることがうかがえる。 


 ドゴッ


 手下の男の蹴りが山城の腹に深く刺さる。山城は大げさに何度もむせながら嘔吐し、ちらりと相棒の姿を確認した。阿含は体を丸めたままぐったりと動かない。


 リーダーの小川は殴り疲れたのか、肩で息をしながらリボルバーを確認している。まずい。山城は思った。そろそろ来るはずなんだ。頼む。


 最初にその車に気づいたのは、阿含の頭を殴ろうと振りかぶった手下の一人だった。


「おい、あれ」


 彼が指を差した方を男たちが見る。それは、重酸性雨や植物の根でボロボロになったアスファルトの上を、常軌を逸したスピードで飛ばす黒いジムニーだった。フロントには、カンガルーバーが取り付けられている。


 ジムニーは減速しないまま路肩に突っ込み、銃を構えようとしていた二人の男を跳ね飛ばした。


「な…に…」


 あまりのことに阿含と山城を殴っていた男たちが固まる。


「阿含、今だ!」


 山城がジャケットから小口径のオートマチックピストル、グロック17を抜き出しながら叫んだ。


「ちっ」


 阿含は爆発的に素早い動作でブーツのかかとから仕込みダガーを抜き出すと、目の前の男の股ぐらを切り裂いた。さらに、体を反転させてリーダーの右手首に切りつける。悲鳴と血しぶきに構わず地面に落ちた大型のリボルバーを蹴飛ばした。


 山城は手近の男に向けて拳銃を乱射している。突然のことに慌てた男たちは固まっている。


 ジムニーは方向転換すると、立ち上がった阿含のすぐ後ろに止まった。


 山城も立ち上がると、わめきながら片手を抑える小川の首に手を回し、こめかみに銃を突きつけた。男の右手からは血がとめどなく吹き出している。新鮮な血の臭いが周囲に漂う。


「よーし形勢逆転だ。お前ら動くなよ。今の俺はヘトヘトだ。うっかり引き金を引いちまうかもしれん。ほれ、あんたも何か言ってやってくれ」


 リーダーは出血する手首を押さえて上ずった声を出すばかりだ。傷はかなり深い。


 阿含もダガーを構えた。どう動くか。忍者刀とMP5は道路の向こうにある。まずは右前の男の首を切り、その向こうの俺につばを吐きかけたやつの心臓にぶちこむ。いや、銃を拾って撃ったほうが早いかな。頭がズキズキ痛むし足がふらつく。もしもあいつが動いてきたら──


 ジムニーの助手席のドアが開いた。


 運転席からベトナムの民族衣装、アオザイを着た若い女が身を乗り出して大声を出す。


「阿含さん、山城さん、早く乗ってください!」


 山城も阿含に声をかける。


「阿含、無理だ。とっととずらかろう」


 阿含は恨みがましげに山城を睨んだが結局二人の背嚢を拾うと、踵を返してジムニーの助手席に乗った。


 リーダーの男が何事かを喚いたが、山城が頭に押し付けたグロックをグリグリと動かすと黙った。


「まーだだ。おたくほどじゃないけど俺も引き金を引くのは早いほうだ。相手がチンピラの場合は特にね」


 ジムニーの中から阿含が後部座席のドアを開けた。山城は後ろ向きに歩くと、リーダーの首を絞めたまま自分だけジムニーに乗った。


「トアちゃん、出してくれ」


「はーい」


 車が動き出すと同時に、山城はリーダーの背中を蹴り飛ばした。リーダーがアスファルトの上を転がるのを尻目に、乱暴にドアを閉める。


 動けるようになった手下の何人かが拳銃を撃ってくるため、阿含と山城は身をすくめた。


 ジムニーは猛烈なスピードで走り出し、バックミラー越しの人影はすぐに見えなくなった。


「飛ばしてきたけどスレっスレでしたねえ」


 運転手のトアが言う。彼女の端末には山城からの緊急信号がまだ点滅している。


「トアもいてこっちは三人だった。後少しであいつら全員殺せたのに」


 阿含の恨み節を聞きながら山城は自分のあごをさすった。もう少しすると殴られた部分がアザになって腫れ上がるだろう。


「かもな。でも真正面からじゃ分が悪いだろ。それにトアちゃんは戦闘要員じゃない。無駄に怪我を負う必要もないさ」


「あたしはドライバーであって銃の方はからっきしっすからねえ」


 静岡農協の受付嬢、ベトナム人のトアがそばかすの散った顔を前に向けながら言った。ピアスだらけの耳を隠すように伸びた黒髪が肩にかかっている。


 龍の刺繍入りのアオザイを着てヒールを履いているにも関わらず、トアは流れるようにアクセルとブレーキを踏み分け、ギアを変えていく。実に堂に入った運転だ。


 そんなトアに目もくれず、阿含が不機嫌そうに言った。


「せめてあのリーダー面したクソは撃ち殺したほうが良かったんじゃねえか」


「弾切れだよ。ほら、そう暗い顔すんなって。お互い生きてるんだ、幸運を喜ぼうぜ。まあ、銃と刀置いてきちまったのは惜しいけどさ」


 阿含がズボンの後ろポケットから二つの端末を取り出して山城に渡した。


「お、どうしたんだそれ」


 山城が驚きの声を上げる。端末は一つは賊のリーダーのもの、もう一つは阿含が切りつけた男のものだ。


「ボコられてるときにスッてやった。でもロックかかってるな」


「静岡着いたら茜に見てもらいましょうか」


 トアが言う。茜とは静岡市内のジャンクショップ『レイジードッグ』の技術屋だ。農協御用達のハッカーでもある。難解なプログラムを魔法のように解きほぐす、ちょっと目付きの悪い二十歳。彼女のことは……


「それじゃあ、そろそろ本気出して行きますよ」


 トアがレイバンのサングラスをかけた。全く似合っていない。


「待てトア、まっ―─」


 阿含の懇願ににっこりと笑うと、彼女はアクセルを限界まで踏み込んだ。

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