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第40話 彼女は日本に来て、出会った③

 二人は四号から距離を取るように部屋の壁沿いを歩き、和室を出た。


 来たときと同じ、薄暗い廊下を歩く。


 ここに案内されたときとは違い、圧迫感を感じない。リゼは思った。今思えば、あれは老婆に扮した四号の視線だったのだろうか。それとも緊張を感じてさせていたのは阿含や新しい日本の友人たちを裏切っていたという罪悪感の現れで、今はそれが薄くなったから気が楽になっているのだろうか。


 阿含とリゼはともに屋敷の外に出た。山間から夕方の富士山が顔を覗かせる。


「あー、戦うよりも疲れたかもしれねえな」


 阿含が大きく息を吐いた。


 古いけれどもしっかりした造りの日本家屋。ひょっとしたらここも大塩首相の持ち家だったのだろうか。確かめるすべはなく、またその必要も見当たらず二人は山城たちに合流するため、天ヶ峰村の南側に向けて歩く。


 元々盗賊が住み着き手入れのされていない村で、木造の家は朽ちて崩れそうなものが目立っていた。さらに迫撃砲と戦車を伴う戦闘が行われたことにより、今や天ヶ峰村は廃墟と化していた。


「恐ろしい相手でしたね、四号さんは。人というか、非常に知性の高い獣のような。終始こちらを値踏みしているような視線を感じました」


「変身、怪力、皮膚の硬質化。相手の記憶や思考を徹底して吐き出させる手口といい、怪人名乗るだけはあったな」


 瓦礫が多く散らかっていたため、阿含はリゼに手を差し出した。


「阿含さん」


 リゼがその手を取りながら言う。


「後でまた、皆さんには改めてお礼を言うつもりですが、阿含さんには、特にお世話になりました。知っている日本人が母しかいなかったこともあって、私にとって日本は陰鬱でふさぎ込んだイメージがあり、軍事と暴力の支配する遠い場所でした。ですが、実際に日本に来て、阿含さんや農協の皆さんと知り合って考えが変わりました」


 リゼが隣の阿含を見る。


「今は、毎日が楽しいです」


 秋の日差しがウェーブの掛かった髪と褐色の肌に当たり、少し目を細めて微笑む彼女は、驚くほど美しく見えた。


「俺も、楽しいよ」


 阿含が目を合わさず答える。


「向こうに帰ってもさ、またいつでも戻ってこいよ、日本に。みんな待ってる」


「阿含さんも、ですか?」


「……ああ、俺もだ」


 廃墟と化した村のはずれで、二人は素早くキスをした。


 手を離し少し歩くと、村の入り口に軽トラが止まっており、農協の四人はすでに集合していた。


 ムーが阿含とリゼを見つけて手を振る。


 阿含は軽く手を上げてそれに応えた。


 


 “押収”した大量の武器・弾薬と端末、茶葉と怪我をした阿含を乗せると軽トラがいっぱいになったため、運転手の宮崎以外の面々はまた二日をかけて静岡市に帰った。


 翌日に任務お疲れ様&リゼお別れ会のため静岡農協恒例手巻き寿司パーティーが催され、阿含やトアが捌いた魚が振る舞われた。宮崎は料理ができないため、大量の酢飯をひたすらうちわで扇ぎ続けるという過酷な仕事を担わされた。


 その次の日の早朝にリゼは静岡を離れた。来たときと同じように、山城・阿含とともに装甲バスに乗って。


 彼女の告発によって世界は変わるかもしれない。あるいは何十年も前に崩壊して、忘れられた国のニュースなど誰も気にしないかもしれない。


 それでも人々は今日も生きている。


 国が崩壊しても、今もなお災害と犯罪が猛威をふるっていても、彼らは生きることをやめたりしない。


 阿含はライフルカバーに入れられた銃を担ぎ、背嚢を背負って静岡市の中心部を歩いていた。ふと、リゼの泊まっていたホテルを見上げる。


 数歩先ではよれた黄緑のジャケットを着た山城が阿含と同じように銃をカバーにしまい歩いている。気負わない風でいて、その目線はさり気なく周囲を警戒している。


 今日も業務だ。明日も、明後日も。


 刺激的だが同じことの繰り返しの日々。


 だけど世界のどこか遠くで、一人のジャーナリストがこの国を気にかけている。 


 それだけで、見慣れた景色が少し鮮やかになったように阿含には感じられた。

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