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第4話 御前崎の戦い①

「つまり、間を取ってあの海賊船及び海賊の武装一式について所有権を移譲して欲しいって落とし所になるわけだ」


 女が関心した様子で阿含を見た。


「よく分かりましたね。その通りです。今クルーが総出で漁船の牽引の準備をしています」


 操舵室はぐちゃぐちゃになったとはいえ、エンジンはまだ生きている。うまいこと買い手を見つければ、そこそこの金になるだろう。そして、死んだ男はただの出稼ぎだ。家族がいるかどうかなんて誰も知らない。その金は山城と自分の懐に入るだろう。


「海賊との接触だけでなく、船の牽引までやるってことで入港が大幅に遅れることになるわけで、船長は相当苛立っています。日本人は几帳面で謙虚だと思っていたよって私に言ってきましたし」


「はっ」


 阿含は笑った。几帳面で謙虚な日本人はみんな死んだか海外へ逃げた。列島に残った人間は無力な子供か、脛に傷を持つ連中ばかりだ。皮肉なことに日本が長年課題としていた高齢化を今この国の問題としてあげる者は一人もいない。


 今の日本にいる人間たちの関心はいかにその日を生き延びるか、金を稼ぐか、武器と食料や電力の確保……それぐらいだ。


 ボートの揺れを感じながら、阿含は空を見上げた。つまんねーな、人生。銃撃って酒飲んで寝るだけか。




 大阪の堺と比べると御前崎の港が活気に欠けるのは、単純に人が少ないからだろう。


 サビの目立つ漁船がいくつかもやいに結ばれており、モルタルの剥がれかけた建物が散在している。特段仕事熱心ではなさそうな男たちがクレーンを操作して貨物船から荷を下ろし、トラックに積んで運んでいく。


 港湾事務所を出た山城は、ホクホク顔で黒い端末に表示された金額を何度も確認した。大阪に行く仕事の金も入金されているため、二人が今回の遠征で得た金額はかなりの額となる。


「あいつらの装備一式と漁船がなかなかいい金になったな。ボーナスってやつだ」


「悪いね、無反動砲(バズーカ)海に落としちゃって」


「仕方ない仕方ない。命あっての物種って言うだろ。おい、結構な金だぜ。ウィンチェスター売ってもっと新しい銃買おうかな」


「そうした方がいいよ。残しといてもどうせ賭けで使っちまうだろ」


「へへ、まあな。金は天下の回りものって言うからな」


 山城は狙撃のエキスパートであり、交渉事が得意で、戦局を読む力もある。農協拡張職員としてトップレベルの優秀さを誇るが、残念なことにギャンブル中毒だった。


 大金を手にしては毎度毎度花札や麻雀でスッてしまい、阿含に金をせびるのだ。


「お前はどうするんだ、何か買うか?」


「まあ、AKMはぶっ壊れたけど、新しいの拾ったからなあ。あとは帰って曲がっちまった刀打ち直してもらうくらいかな」


「いい加減メインの武器は店売りのいいやつにしておけよ。信頼できない銃はいざってときにやべえぞ」


「分かってるよ」


「他にねえのか、若者らしく欲しいもんとか、やりたいこととか」


「……遠くに行きたいな」


「お、旅行か。どっか行きたい所あるのか? 海外?」


「分かんねえ、どっか遠くだよ」


「遠くっていうなら大阪行っただろ。ついさっき帰ってきたばっかだ」


「仕事じゃねえか。しかも観光も何もせずとんぼ返りだし」


「そうだな、新潟はどうだ。あそこは中国系の暫定政府が機能してて、まだ競馬場が生きてるらしいぞ。そのうち行ってみてえなあ。あとは北海道とか」


 二人は漁港の間を歩いている。町のはずれに近づくにつれ、人気はなくなり閑散としていく。


 阿含が尋ねる。


「そういえば静岡には連絡した?」


 静岡とは、二人が拠点にしている静岡市の農協のことだ。農協は基本的に県ごとに管理されており、業務完了報告は端末から行う。しかし、県をまたぐような大きな業務をこなした場合、ホームの農協に顔を出す拡張職員は多い。


「こっち着いてすぐに。大阪の仕事はでかかったし、トアちゃん迎えによこすって。一本道だかんなあ、俺らが歩いてりゃどっかでぶつかるだろ」


「げ、トアが来んのか」


「あの子の運転荒いからなあ。阿含毎回吐くよな」


「ガソリン代がもったいないって追い返してくれよ」


 ときおり訪れるタンカーがガソリンを静岡にも卸している。量が限られる上にほとんどが県軍に持っていかれてしまうため、ガソリン価格は高騰していた。


 二人はひとしきり農協受付嬢のトアの運転について話しながら歩いていった。


 町のはずれ、今はもう使われていないバス停に数人の男たちがたむろしている。タバコをくわえたリーダーとおぼしき男が下品な冗談を言い、他の者が笑っているようだ。


 嫌な空気を、阿含は感じた。


 無用なトラブルに巻き込まれるかもしれない。そんな予感だった。


 道を変えるよう山城に言うか。いや、トアとすれ違うかもしれない。港まで戻るのも手だが、ただのチンピラであれば、自分と山城の二人が遅れを取るはずはない。


 男たちはすれ違おうとする二人に気づくと、品定めするようにジロジロ見てきた。リーダーの男は背は低いが、潰れた鼻と太い首から喧嘩なれしてそうな感じがした。


「相手にすんなよ阿含」


 山城が言う。阿含は不機嫌に頷いた。


「釣れないこと言うじゃねえか。お前らだろ海賊船売っぱらった農協拡張職員ってのは」


 男たちのリーダーが言った。阿含が動くよりも早く、リーダーがリボルバーを阿含に突きつける。S&WのM29、マグナム弾に対応したバカバカしいサイズの銃だ。他の男達も阿含たちに銃を突きつけた。リーダーを入れて目の前に五人。道路の反対側に二人の男がアサルトライフルを構えている。五人から離れているのは同士討ちを避けるためだろう。


「動くんじゃねえぞ。俺は早撃ちの小川ってな。ここらじゃ顔なわけよ」


 動くなと言われるのは今日二度目だな。阿含は思った。いかにもチンピラな挨拶だったが、実際に阿含たちは動きが取れずにいる。先手を取られてしまったのも大きいが、少し離れて銃を構える二人がいるせいで選択肢が極端に制限されている。


「農協の連中は攻めるのは得意でも攻められるのは苦手らしいな。いいか、てめえらが銃を構えるよりも早く俺のマグナムは二人ともぶっ殺せる。つまんねえこと考えねえほうがいいぞ」


「何か、誤解があるようだが」


 山城が両手を上げながら言った。手下が山城からライフルを、阿含からはMP5と刀を取り上げた。小川は火のついたタバコを地面に投げ捨てた。


「誤解なんてねえよ。てめえら黒川を殺して漁船売っぱらったろ。黒川は俺から漁船借りてたんだよ。てめえらは俺の船を勝手に売ったわけだ」


 想像し得る限り一番まずい状況だった。目の前の男たちはどうやら海賊の元締めに近い者たちで、それをある程度公言している。つまり、ここ御前崎市は山賊・海賊は裁判抜きで死刑という静岡県の方針はあまり機能していない。警察も当てにならなそうだ。


 一か八か暴れるか? 阿含は目で山城に合図を送ろうとした。


「ああ、なるほど。どうやら誤解ではないらしい」


 山城は言いながら自身の左手首を右手で掴んだ。農協のハンドサインだ。意味は、“待て”。


「だがそこに交渉の余地がある。そうじゃないかな。例えば」


 どうやら時間を稼ごうとしているようだ。しかし──


「交渉の余地はねえ。テメらを殺す。端末から金を奪う。それで終いだ。ケツメド野郎ども」


 小川は手下たちの前でタフガイっぷりをみせようと、必要以上に悪役を演じている。トークで間をつなごうとか文明人らしい方法は通じなさそうだ。阿含は山城とは違うアプローチを試すことにした。


「なーるほど、さすが早撃ちの小川さん。とんだ早漏野郎ってわけだ」


「ああ?」


「そうでしょ、銃を撃つしか能がない皮カムリのチンカス野郎が。そういやでかい銃を見せびらかしたがる男は反比例してあっちは小さいらしいけど、あんたは──」


 ゴッ


 リーダーは銃握(グリップ)で阿含の顔を殴りつけた。衝撃の大きさにたたらを踏んだところにリーダーの膝蹴りが腹を打つ。

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