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第36話 怪人③

 阿含が言った。


「……そのイケメンを隠すために、他人の顔を剥いで回ってるのか」


「素の顔は結構気に入ってるんだ。あまり人には見せないけどね」


 そう言うと四号は戸に向かって大声を出した。


「栄子、お茶のおかわりをくれないか。それと、よそ行きのマスクを」


 返事はない。


「やれやれ仕方ないな。すまないが少し待っていてくれ」


 四号はそういうと立ち上がり、背中を猫背に丸めながら部屋の外へ出ていった。


「恐ろしい相手ですね。大塩、いえ四号……さんは」


「どうする? 今のうちに逃げるか? 皮膚の硬質化に異常な筋力、おまけに自由に姿かたちを変えられる。村にいる農協メンバー全員でかかっても正攻法じゃきついかもしれん」


「……阿含さん、私、今まで言えなかったことがあって。本当は依頼の際に言うべき、だったんですが」


 リゼはしどろもどろに言った。その表情も精彩を欠き、目線はあちこちをさまよっている。


「うん? 大丈夫だ。ちゃんと聞くから話してみな」


 リゼが何を言うつもりなのかは分からないが、すぐにこの場を逃げ出す雰囲気ではなかった。


 その時、陶器が割れる音がした。和室の外からだ。続いて金属製の何かが落ちる音。


 そしておそらく食器棚だろう、木製の大きな物が倒れる音がした。


「何が、起きているのでしょうか」


「分からないけど、いいことが起きてる感じはしないね」


 阿含は両手で銃を構える。


 しばしの沈黙の後、戸が引かれて男が入ってきた。これと言った特徴のない顔で、アロハの上に女物の着物を肩に羽織っている。その手には三人分の湯呑と急須が乗せられたお盆を持っていた。男が言った。


「大きな音を出してすまないねえ。短時間に連続して変身することができないのをすっかり忘れていたよ」


「四号さん、ですよね」


「ああ。これが僕の本来の顔……と言うわけではないのだけれど、まあ普段の顔だよ。ハンサムではないが、そう悪い顔でもないだろう」


「その着物は、私達をここまで案内した」


「栄子のものだね」


「殺したのか」


 阿含が口を挟む。


「あんたの、女中だろ」


 こいつは真性の異常者だ。だとしたらこれ以上の会話は無意味。どうやってここから脱出するかを──


「おっとそれは誤解だよ」


 四号が言った。


「さっき僕がこの体に戻った時のリアクションが随分良かったからね。今度は栄子のふりをして給仕をして、また目の前で変身をしてやろうと思ったのさ」


 僕が変身できることを知っている人間は少ないからね。と四号は付け加えた。


 阿含とリゼが黙っていると、四号はニタリと笑う。


「おや、まだ気づかないかな」


 リゼがそれに答える。


「いいえ、おそらくですが分かりました。……そもそも栄子さんという方は、存在しない。この屋敷には、はじめから四号さんしかいなかった、ということですね」


「そのとおり」


 四号は羽織った着物を脱いだ。


「ずっと同じ人間に成りすますのは肩がこるからね。それに、老人とは言え女に成りすましていれば、相手の違う面も見えてくる。僕はねえ、人を観察するのが好きなんだ。喜び、怒り、安堵、絶望。そういった強い感情を観察するのは楽しい。結局の所、厄災もそういった人間の感情みたいなのが積み重なってできたんじゃないかと、そう思うんだ」


 この屋敷に来て初めて、四号のむき出しの表情を見た気がする。阿含は思った。これがこいつの動機なんだろう。


 四号は湯呑に急須からお茶を入れると、二人の前に置いた。


「体質、みたいなもんだよ。体のサイズをある程度自由に変えられる。顔も変えられたら良かったんだけどね。そうもいかないから、わざわざなりすましたい顔を用意しないといけない」


 自分のお茶を入れてにうまそうにそれを飲む。


「君たちは飲まないのかい?毒なんて入ってやしないが」


 リゼが左腕の白いHBを触った。


「そうですね、阿含さん。いただきましょう」


 自分と阿含の湯呑を取る。


 阿含は何も言わず湯呑を受け取ると、少し躊躇したがお茶を飲み干した。


「……高い茶だ」


「それがHBかい」


 四号が言った。


「毒の有無もチェックできちゃうのか。いいよね、それ。僕も欲しかったんだ。ちょっといじれば皮膚の色とかも変えられるんだろ」


「錠剤と併用ですけどね。そういう機能もあると聞いています」


 私は試したことありませんが、とリゼは言った。


 阿含が口を開いた。


「人体実験を重ねても、出来ないこともあるんだな」


「おや、僕のことを知っているのかな」


「……前に大阪で噂を聞いた。厄災後の混乱期に九州で大規模な人体実験が行われていた、と。そこでは、来るべき世界大戦を視野にいれた人間兵器をコンセプトに、超能力やら死ににくい兵士の研究やらしていたらしい。そのなかに確か、顔や身体を自在に変えて敵地に潜入できるやつもいた」


「さすがだ。農協の人脈も案外広い」


 四号はあっさりと認めた。


「そのとおり。街を一つまるまる使った贅沢な実験場だったよ。僕はその、四番目の成功例さ。顔の変更は“自由に”とは行かなかったけどね」


「人体実験、ですか」


 リゼに阿含が答える。


「そう珍しい話でもないだろ。今の日本なら。九州の南の方だ。実験場は火山の噴火で潰れた、とも聞いたが」


「運営側も被験者も随分死んだけど、幸いにも僕らは死ににくい身体だったからね。生き延びた連中は全国に散ったよ。一部は東京で派手にやってるみたいだけどね。さて、それじゃ僕から質問だ、リゼ・ジャウハリーくん。僕は大塩の情報には随分気を使っていたつもりだ。彼は自身が癌であることをひた隠しにしていた。政治的な弱みを見せたくなかったんだろう。実際僕も本人に会うまでは知らなかったしね。でも君は知っていた。どうしてかな」

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