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第22話 リゼの事情③

 中森が煙を吐きながらトアを見た。農協の受付として、説明をしてあげなさい、というアイコンタクトだ。トアが立ち上がって話を継いだ。


「そうですね。今回の依頼は天ヶ峰村への護衛ということでしたが、その元首相とかいう人に会うには、三本腕グループと敵対し、無力化する必要があるっす。つまり、依頼は族の殲滅になるっす。護衛と殲滅では拡張職員の従事人数や報酬テーブルが異なるんです。直接戦闘が前提になる殲滅のほうが、当然報酬は高くつくっす」


 トアは左耳に大量に付けられているピアスを触った。


「ええっと、殲滅の場合、最低でも相手の規模の三分の一程度の職員を雇う必要があるので、今回の場合だとベテラン十人の雇用が必要になるっす。静岡市から天ヶ峰村まではバスと徒歩でほぼ丸一日。そうすると拘束時間は短くて二泊三日……、経費も合わせると最低で三


十万ドルは固いっす」


 リゼは褐色の顔を曇らせた。美人はどんな顔をしても美人だ、トアは思った。


「そんな大金は、払えないです。積立ての国債を売っても、七万ドルが精一杯です」


 中森が口を開く。


「まあ、そうだろうね。それに三本腕のとこはウチの者にとっても、同行するお嬢ちゃんにとってもリスクが大きい。余計な怪我を負わず、コツコツやってくのが長生きの秘訣さ……何、農協の取材の方は今まで通り格安で受けてあげるよ。あんたの配信を楽しみにしているやつも多い」


「私の配信を喜んでもらってとても嬉しいですし、中森さん始め農協の皆さんが色々と親切にしてくれていることも分かります」


 リゼは顔を上げた。切れ長の目にダークブロンドの髪がはらりとかかる。


「ですが、このチャンスを逃すわけには行かないんです。私は一人でも行きます。一人の方が、盗賊も警戒せず、交渉できるかもしれません」


「まず無理だな」


 山城が言った。


「相手は盗賊でこっちは外国人の女だ。カモがネギ背負ってくるどころじゃない。よくて拉致されて国に身代金請求。次に良くてレイプ。一番多いのが遊び半分に嬲られて人買いに売られるか、バラされてブラックマーケット行きだ。盗賊だぞ。十分な武力と向こうのメリットがたっぷりあって、ようやく交渉のテーブルの端っこが見えるような連中だ。リゼちゃんのガツガツしたところは好ましいが、勇気と無謀は違うよ」


 ありきたりだけどね、と付け足した。中森も頷く。


「記者をやるっていうなら、最低限自分の身の安全の確保ができないと駄目ってのは、厄災の前も後も、日本でも外国でも同じじゃないかね」


 リゼは湯呑を置いた。


「もちろんジャーナリストとしての評価が欲しいのが大きいです。お金も欲しい。でも、それだけじゃない。日本を襲った厄災は未だ謎が多く残る一方で、当時を知る人はどんどん亡くなっています。今回を逃せば、大塩首相の話を聞くことはかなわないでしょう。そうなれば厄災についての検証はまた一歩遠ざかります。大国の陰謀や、地震そのものが嘘だったなんてトンデモ論が未だに囁かれています。インタビューを通して、大きな発見があれば、それは世界そのものに衝撃を与えることができるかもしれません。その当事者に、私はなりたいのです」


 パチパチパチパチ。山城が拍手をする。


「個人の欲望を全体の目的とすり替える。いいね、政治家の資質があるよ」


 リゼがきっと睨んだ。


「私は、そんなつもりではありません」


「おおっと、怒らない。咎めちゃいない。むしろ褒めてる。中々モチベーションが上がったよ。俺も、阿含もね」


 リゼは阿含の方を見た。いつの間にか阿含は身を乗り出してリゼの方を見ていた。歯をむき出しにして笑っている。


 中森は男二人を見て呆れ顔でため息を付き、灰皿にタバコを捨てた。


「やる気に成るのは結構だがね、問題はやっぱり金だよ。うちはツケ払いはやってないんだ」


「つまりさ、必要経費を落として七万ドル以下にすればいいんだろ」


 阿含が言った。


「直接戦闘要員に俺とおっさん、支援にあと二人って形にすれば良いんじゃねえ。支援ならそこまで金もかからないでしょ」


 中森が首を横に振る。


「火力が足りなすぎる。三本腕は名の知れた悪党だ。少数精鋭を気取ってるかも知れないけど、のこのこ顔出しゃ蜂の巣にされて終わりだよ」


「嫌だな俺だって勝算がある。現場が静岡北西ってことは、道中浜松を経由するだろ。浜松の旧農協支部には四軍が運び込んだ武器が埃かぶって置いてあるって以前に言ってたじゃんか」


 四軍とは、厄災後日本中がずたずたになった際に自衛隊の生き残りが再編成した武装自治集団を指す。『日本は自分たちの手で守ろう』を合言葉に、陸海空に続く四つ目の組織として立ち上がり、米中露の軍隊と時には敵対、時には協調して日本の再興を図った。その後弱体化と分裂を繰り返し、四軍は厄災後の歴史の波間に消えていった。


「ああ、ああ、あったねえ。そんなのも。浜松か。なるほど、支援の二人にはそれを使わせる気かい。ただ、そうするとトラックかせめて軽トラでの輸送になるね。天ヶ峰村までのガソリン代は決して安くないよ」


「三本腕は賞金首だろ、そいつを当てればいい。それに軽トラで行けば、殲滅した後に連中が蓄えてる武器や弾薬、食料なんかも持って帰れるだろ。ひょっとしたら金になる宝石とかもあるかもしれない」


「随分無茶苦茶だが……熱意があることは分かった。ただし殲滅は二人じゃなく三人だ。人選はあんたに任せるよ。その代わり、阿含。一番危ないのは村の中に突っ込むあんただ。充分以上に注意して、もしもヤバくなったら何もかも捨てて投降しな。捕虜になれれば、ひょっとして身代金で助けられるかも知れん」


 阿含が何か言おうとして口を開いたが、中森が言葉をかぶせた。


「そんなダサい真似できるかよって? 馬鹿言っちゃいけない。あんたはまだ若い。危険に飛び込むのも良い、気に入った女のために体を張るのもいい、でもね、これだけは覚えておきな。生きてるってのが一番大事なんだよ。そこのところ理解していないようなら、この依頼、受注は許さないからね」


「………分かった」


 阿含が言った。


「分かったよ。ばあちゃん。俺もプロだ。作戦をしっかり練って、一方的にボコって、余裕綽々で帰ってくるよ」


 中森の言葉に心動かされたためか、若者らしく面倒なのでそう答えたのか、経験を積んだ彼女にも判断がつかなかった。だが、中森は阿含を信じてリゼの依頼を受けることにした。


 十五分ほどかけてトアが作成した契約書に目を通しながらリゼが言った。


「出発が三日後、現地入りが四日後、ですか」


 中森がニヤリと笑った。


「明日にでも行きたいって顔だね」


「い、いえ。戦闘となればその、準備があるでしょうから」


「もちろんそれもあるがね。明後日の夕方頃に磁気嵐の予報が出ているんでね。その間は全員屋内にいないとまずいのさ。お嬢ちゃんものこのこ出歩くんじゃないよ」

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