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第19話 シズオカ・シティブルース④

 コスプレ婦警風の沖縄に笑顔で見送られた二人は、静岡市警の建物から少し離れたおでん屋の屋台に腰掛けた。静岡のおでんは一品ごとに串にさされ、黒い出汁で煮込まれているのが特徴だ。


「牛すじとソーセージ、あとタコ。げ、牛すじめっちゃ高いな。まあいいや」


 阿含はワンカップの酒をあおり、おでんを口に放り込んだ。


「あちち。ん、豚でもヤギでもないな。親父、このソーセージ何の肉だ?」


「いやあ、お客さん達若いのに羽振りがいいねえ。マフィアの人?」


「農協だよ。銃撃つ方の。それでソーセージなんだけど」


「何とまあ、危ない仕事だ。だけど、お客さんたちみたいな人がいるおかげで、静岡の平和は守られてるわけだ。そら、大根の切れっ端をあげよう」


 親父が阿含のお椀に大根をよそった。


「そっちのお兄さんにも」


 親父が田村のお椀にも大根を入れた。


 田村は箸を持ったまま動かないでいる。お椀が目の前からなくなり、また戻ってきても固まったままだった。


 しばしの沈黙の後、田村が話しだした。


「たまきさんや、お前……あんたはすごいよ。何でも分かってて、決めるところでバッチリ決められて。部長もみんなもあんたたちには一目置いてる。俺も、そういう風にできると思ってたんだ」


 ようやく田村は大根を口に運んだ。目の前のお椀にはこんにゃくとさつま揚げ、ちくわぶが入っている。


「でも、そうじゃなかった。俺は、どこまで行っても格好つかないままで。昨日暴れたときも、俺はやれるんだって思ってたけど、また失敗だった。俺は……農協の主役には、なれないんだ」


 二人はしばし黙っておでんを食べた。夜の町にはチラホラと飲み屋の明かりが見える。


 屋台の木のテーブルは年季の入ったもので、あちこちに小さいキズが付いていた。いろいろな具が混じったおでんの汁のいいにおいを嗅ぎながら、阿含はどうすれば良いか考えていた。


 まいったなあ、正直こういう空気は苦手だ。なんか言ったほうがいいのかな。お前のいないところではみんなお前を褒めてるよとか言ってみるか? さすがに嘘っぽすぎるか……


 たまきはミリオタだからこいつもそうかも知れないな。武器の話題にするか? 確かMG4軽機関銃だったな。でけえ銃だ。お前の銃の装填タイミングなんだけど、もっと工夫の余地があるよな、とか。いや、飲み屋でいきなり説教始まっちまう。俺だったらキレるな。


 駄目だわ、何言っても地雷踏みそうだ。


「おでん屋でこんにゃくって中々渋いな」


 悩みに悩んだ末、とりあえず問題なさそうな切り口で話しかけることにした。


「ああ……昔家でおふくろがたまにおでん作ってくれたんだ。その時はあまりこんにゃくや練り物は好きじゃなかったけど、迷惑ばかりかけちまったおふくろが死んで、今更旨さが分かった気がする」


「……」


 振っちゃいけない話題だったかあ。阿含は頭を抱えそうになった。


「こんにゃくや練り物は、若い人たちに人気が薄いのは確かです」


 おでん屋の親父が語りだした。


「派手さがないですし、皆さんやはり、お肉のほうが好きですからね。ですが、私はこんにゃくが好きですよ。作るのにすごく手間がかかるのに栄養が全然ないところも含めてね。この食感がないおでんはどこか寂しいですから。おでんに主役なんていません。いろいろな具がいて、それで成り立つものです」


 おでん屋の親父が阿含を見た。決め台詞を言うんだ、そんなアイコンタクトな気がした。


「そ、そうだ。今の時点では確かに俺やたまきや山城のおっさんの方が上かもしれないけど、これから先、まだまだ巻き返すチャンスはあるさ。何せ日本じゃ、次の機会なんていくらでもあるんだから」


 おでん屋はにっこり笑って二人のお椀を順番に取った。


「こちら、サービスの卵です」


 田村はワンカップの瓶を口に運び、ごくりと飲んだ。


 阿含が田村を見て、立ち上る湯気越しにニヤリと笑った。


「銃もナイフもなしで三人ボコしたんだって。やるじゃん」


「でもあんたには負けた」


「不意打ちだったからさ。銃を持ってるって優越感に付け込んだ。今度格技場で一緒に練習しようぜ」


「そうだな……その時は、負けないよ」


「ところで、この牛すじ、牛じゃねえな。親父!」


 充分食べた二人は屋台を離れた。サービスの大根と卵の分も含めて料金はきっちり精算されたが、阿含が二人分気前よく払った。田村を警察署から出したと中森に連絡した所、「農協内の円滑なコミュニケーションのため」という名目で阿含の端末にお金を入れてくれたのだ。


 体がポカポカしてほろ酔い気分だったが、二人とも目の端では周囲を警戒している。比較的治安の良い地域とはいえ、深夜に無警戒で歩いて良いわけではない。


「阿含……。今日は、ありがとう」


 田村が頭を下げた。


「それに、迷惑かけてすまない」


 阿含が笑った。


「なーに、大したことじゃないさ。ところで、一つ聞きたいんだけど」


「何だ?」


「宮崎はなぜこの仕事を?」


 田村はおでん屋の横に立つ廃ビルの割れた看板を眺め、考えているようだったが、やがて阿含の顔を見て言った。


「農協に入った理由はいろいろだけど、今続ける理由は、あんたを超えたいからだよ」


 でたらめにツタが絡まり、枯れ木が斜めにより掛かるビルの前で、二人は手を上げて別れた。

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