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第18話 シズオカ・シティブルース③

「お、阿含君じゃん。久しぶり」


「沖縄、見張りがそんなだらけてていいのかよ」


 静岡市警所属の林沖縄は茶色に染めた髪をかき上げた。


「だってー、誰も来ないし。勘違いしたお礼参りのアホがたまーに来るけど、大体大声でなんか叫ぶからすぐに気づくし」


「そんな奴来るんか」


「まあね。そしたらすぐに中に入ってみんなで迎え撃つよ。あたし一人じゃ危ないし」


「結局頭数揃えてホームでガン待ちが一番強いか。足立さんいる? うちの新人引き取りに来たんだけど」


「んー、二階の取調室にいる。それよりさー、またご飯食べに行こうよ」


「今度な」


 沖縄に手を上げて阿含は警察署に入っていった。


 階段で二階に上がると、古びた薄暗い廊下の中、一部屋だけドアに取り付けられた小さな窓から明かりが漏れていた。


『第一取調室』と扉の上に書かれている。中から、扉越しに聞いてもなおうるさいだみ声が響く。


「寝ぼけたこと言ってんじゃねえ。てめえみたいなクズ、今回が初犯なわけないだろ。清水区と駿河区で起こった強盗ルビ・タタキのうち何件がお前の犯行だ。全部吐け」


「ちょっと足立さん」


 若い男の声がする。


「いくら被疑者だからってそんな風に怒鳴りつけるのは人権憲章に違反しています」


「うるせえ、犯罪者に人権なんかあるか。こいつら全員銃殺されちまえばいいんだ」


「いい加減にして下さい。これ以上この人を侮辱するなら署長に命じて退出させますよ」


「ちっ」


 机を蹴飛ばしたのであろう。ガンという音が鳴った。続いて扉が開き、くたびれた制服を着たくわえタバコの男が出てきた。頭は半分以上白髪になっている。阿含を見ると軽く頷いた。扉がしまったが、足立は取調室の前から動こうとしない。


 中では若い男が話している。


「僕にはあなたがそんなに悪い人には見えないんです。強盗も止むに止まれぬ事情があったんでしょう。まずは清水区の他の強盗事件について知っていることを教えて下さい。あとあなたの嫌疑を晴らすために、駿河区で強盗を犯している者について心当たりがあれば──」


 足立が身振りで阿含に歩き出すように伝える。二人は並んで階段を降りる。阿含が言った。


「今どきあんな分かりやすい良い警官悪い警官に引っかかる奴いんのかよ」


 足立がタバコを咥えて火を付ける。


「強盗するやつなんて馬鹿ばかりだからな。馬鹿には馬鹿向けの取り調べがある。お上品に証拠を順番に並べてもあいつらピンと来ねえのよ」


「静岡の警察が全員制服着てるのも馬鹿向けのアピール?」


「ひと目で分かるだろ。俺たちゃ警察だ、逆らうなってな。俺に言わせりゃどうして農協の職員が揃いのユニフォーム着ないのかが分からんね。バカどもに向けて分かりやすい強さを示してやるチャンスだ」


「勘弁してくれよ。静岡の強面連中に農協は一番嫌われてる。揃いの格好で市の外に出りゃあっという間に蜂の巣だぜ」


 二人は階段を二フロア分おりて地下についた。業務用の机が壁ぞいに積み上げられている。


「さてと、書類を持ってくるからちょっと待っててくれ。飲みたけりゃコーヒーもある」


 阿含はフチの欠けた陶器のカップにコーヒーメーカーで二人分のコーヒーを入れた。かろうじてまともそうな机にカップを置いて、近くから椅子を二つ持ってきて座った。


「あったあった、これだ。ここに名前と所属と、あとなにか必要そうな項目を埋めておいてくれ」


 足立が用紙とペンを持って戻ってきた。


「へーへ」


 阿含が書類に目を通していく。未だに日本は書類社会だ。不備を見落としてサインをすれば、どんな不利益を被ったとしても文句は言えない。


「よっこいしょ。お、コーヒーすまんな」


 足立はどかりと椅子に座った。


「お前のところの田村な、今回の件で随分と落ち込んでいるみたいでな。まあ仕方ないっちゃ仕方ないが。粋がって相手ぶちのめしたはいいものの、自分の知らないところで色々動いて、組織に大迷惑かけちまったわけだしな。おい、阿含。お前、今日保釈終わったらちょっと田村のこと励ましてやれよ」


「は? 俺が? 柄じゃねえよ。励ますってもやり方が分かんねえし」


 足立はカップを口につけたが、猫舌のようで、眉をひそめてすぐに離した。


「ばっかお前、年は若いけどアイツの先輩だろ。先輩っていうのは後輩の面倒を見るもんだ。まあ飯でもおごって話を聞いてやればいいさ」


「そんなもんかね」


「そういう先輩の背中を見て、後輩が育ち、組織ってのは回っていくんだ。どこもそうだろ。そういやおめえ、うちの若えのに粉掛けてるらしいじゃねえか」


「沖縄のこと? 粉って、たまに飲み行ってるだけだぜ」


「駄目だ駄目だ、若すぎる。そういうのはもっと大人になってからにしろ」


「飲みに行くくらい誰でもするって。ってか農協の女孕ませて結婚した挙げ句捨てられた人に言われたくねえわ」


「おめえ、それは……駄目だろ。言ってはいけないことだろ。こ、心の古傷から血が出るだろ」


 足立が胸を抑えてそう言った。


「ごめん、言い過ぎた。はい、書き終わったよ」


「おう。ちょっと待ってろ」


 足立は書類を受け取ると、タバコを手近な灰皿で押し消し廊下の奥へと消えていった。阿含がコーヒーを飲んでいると、腰紐を付けられた田村宮崎が出てきた。


「ほれ、これでよし、と」


 足立が腰紐をはずす。


「そっちの箱に荷物があるから、中身見て問題なかったらサインしておいてくれ。それじゃ明日朝十時に開廷だから。裁判所遅れんなよ。おたくの部長によろしくな」


 足立は二人に片手を上げて挨拶すると、階段を登っていった。


 田村は視線を合わせないまま手を握ったり開いたりしている。


「阿含、その……たまきさんは」


「たまきなら明日の仕事の準備してる。身代金支払いと人質受け取りの護衛だろ」


「俺、明日行くことになってて。たまきさんは一人で行った?」


「大丈夫、山城のおっさんが、明日一日空いてるからって行ってくれることになったから」


「そう、か……」


 田村はまた下を向いたまま黙ってしまった。


「ほら、宮崎。早く荷物まとめろよ」


 阿含の投げかけに田村が少し顔を上げる。


「飲みに行こうぜ」

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