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第11話 山の怪①

 翌日の午前七時、一日がゆるゆると動き出す時間に、リゼたち三人は静岡市近くの街道を歩いていた。阿含と山城はそれぞれの武器をライフルケースから取り出してむき身で肩からかけている。


 荒れたアスファルトを踏みしめながら、リゼは昨晩の阿含がよく行くという食堂でした会話を思い出す。


「で、静岡市から島田市まで歩いてだいたい六時間だから、明日の朝出発して山を三つ回って報告して帰ってくる感じ。三つって言っても罠はあんまり山奥に仕掛けないから、道路沿い歩いてポイントで山に入る」


「はい」


 山城は賭場があるとかで先に帰り、食堂には二人で行くことになった。


「必要なものは、運動靴、長ズボン、予報的にはセーフだけど、一応ガスマスク。小ぶりのリュックサック」


「はい、全部持っています。他には?」


「リゼは銃持ってる?」


「……いえ。持ってないですし、撃ったこともないです」


「あそ。じゃあ後は軽食と飲み物くらいかな。ホテルなら言えば売ってくれると思う」


「分かりました」


 客が地元の人間ばかりの食堂はほどほどに混み合っている。小規模な居酒屋も兼ねているようで、壁には酒やツマミのメニューが書かれた短冊がびっしりと貼られていた。


 食べ物の美味しそうな匂いがリゼの食欲を刺激する。


「あれあれ外人のべっぴんさんだよ~~」


 食堂の女将が話しかけてきた。手に持っているホッケの定食を年季の入った木のテーブルに置く。


 恰幅のいい女将は阿含に向かって右手の小指を立てる。


「阿含ちゃんの新しいこれかい? 茜ちゃんとは別れたの?」


「客だよ客。農協の護衛なの、俺は。だいたい茜ともとっくに──」


 女将がカウンターの向こうで鍋を振るう中年の男に声をかけた。


「あんた~、阿含ちゃん茜ちゃんととっくにだって」


「なに~!?」


 男は鍋を振る手を止めずに答える。


「それじゃあアレだ。ウチの娘を嫁にもらうといい。なあ母ちゃん」


「それよ。阿含ちゃんと娘なら、ブリと大根のような完璧なハーモニーになるわ」


「ならねえよ」


 阿含が言った。


「大体あんたらんとこの娘、まだ十歳だろ」


「大丈夫よ~。あと何年かすれば出るとこ出てぐっと女っぽくなるわ。顔だってあたしに似て美人になるし。……まあ、そこの外人さんほどではないかもしれないけど」


「ど、どうも。リゼです。イギリスから来ました」


 リゼは気後れしながら挨拶した。女将は満足そうに頷く。


「農協の戦う方の人たちってすっごくお給料いいのよ。危ない仕事だからかしらねえ。阿含ちゃんお料理上手だし、婿になったら休みの日はうちの食堂手伝ってもらうのもいいかもしれないわねえ」


 言いながら女将は他の客のところ給仕に向かった。


「阿含さんお料理出来るんですか?」


 リゼが焼き魚を食べながら言った。


「まあ、いくらかは。仕事ない日はやることないし」


「じゃあ寿司とか作れます? イギリスで食べたんですけど、お米と魚卵をロールしたものばっかりで、本場の寿司ってもっと絶対美味しいですよね」


「寿司? 寿司かあ。握れるかな。手巻き寿司なら簡単だけど。米と刺し身とかを海苔で簡単に包んだやつ」


「いいですね。ぜひ食べてみたいです」


「ご飯食べてるのに、もう次の食事の相談かい?」


 女将が戻ってきた。


「あらあ、阿含ちゃんの彼女は外人さんなのに、随分魚食べるの上手ね」


 確かに、リゼの皿の魚は、猫もまたいで通るほどきれいに食べられていた。


「阿含ちゃんはちょっと下手ね。ダメよそんなんじゃ、女の子にモテないわよ」


「なに~!?」


 厨房から店主が声を出す。


「魚ぐらいきれえに食えねえと、そこの彼女に捨てられちまうぞ。しょうがねえ、うちの娘もってけ!」


「だから彼女じゃないって」




 ふふ。リゼは微笑んだ。


 日常的に武力を持ち、その行使を当然とする人たち。母から聞かされた日本人像とはかけ離れている。ポップカルチャーと電子機器の開発が得意で、遠回しな話し方を好み自己主張が苦手。厄災が起こるまでの日本人のスタンダードはそういうものだったらしいが。ニッポンの現在を取材する以上、日本人のこういった性質の変化にも踏み込んで行く必要があるかもしれない。気を引き締めないと。自分が、日本に来た目的を果たすためにも。


 市街地を離れると、あたりは何年も人が足を踏み入れていないであろうボロボロの大型店舗や大規模火災の跡、台風か何かで天井が飛ばされて変わりに太い松が生えてしまっている民家など荒んだ場所が目立つようになってきた。阿含が抜け目のない視線を送る。


「ああいうところによく薬中がたむろしてるんだよな」


「阿含、そろそろナビ見てくれ」


「りょーかい」


 山城に言われ、阿含が端末を取り出す。


 珍しそうに手元を覗き込むリゼに阿含が説明する。


「ああ、今見てるのは検問情報」


「検問ですか?」


「静岡県軍の給料は安いからな、暇な軍人が小遣い稼ぎに検問作って通る車や旅行者から金せしめてんの」


「え、そんなこと許されてるんですか?」


「まあ、県軍つったらこの辺りじゃ最強なわけで、そこに楯突くやつはいないから。軍の上の方も下っ端のガス抜きに検問設置は黙認してるし。で、このナビはうちの凄腕ドライバーと技術屋の茜が共同開発したアプリで、地図に検問の情報とか賊の目撃情報とかが載ってんの」


「県軍は、静岡の人を助けないのですか」


「助けるときもあるけど、なんて言ったらいいかな……おっさん」


「やれやれ」


 山城が言った。


「勉強が足りんな。まあ外国人のリゼちゃんにもわかりやすく言うと、県軍は県知事の私兵だ。基本的には県境上の警備をして、神奈川軍とか旧山梨軍残党とかに睨みを効かせている。あとは県内で山賊とかが大きくなりすぎると、その討伐なんかもね。彼らにとって大事なのは静岡県というシステムの維持で、そこに住んでいる人間の幸せとかはそんなに重要じゃない」


「どこの県も皆そうなんでしょうか」


「あんまり他の県行かないからなあ。少なくとも愛知と大阪は同じような感じだけど」


「それじゃあ、この国の人達は軍隊に抑圧されているのですか」


 阿含と山城は顔を見合わせた。


「いや、別に」


 阿含が答えた。


「普段そんな意識しないかな。検問に引っかかって金取られるのはムカつくけど、それ以外であーせいこーせい言われることとかあんまりないし」


「そう、ですか」


「おっさん、五百メートル先で検問。山道入ろう」


「あいよ」


 三つの山に仕掛けられた罠を全て巡回してから島田村の依頼主である農家の元へ行き、一泊して翌日帰宅する手はずとなる。


 最初の山に仕掛けられた罠はいずれも空振りだった。三人は端末で写真を撮って依頼主に送ると、山を降りて次の山に向かった。よく晴れた秋の空のもと、紅葉の始まる前の木々が深い緑に映え、リゼはため息を漏らした。


「美しいですね。ずっと都市部で生活していたので、こんな自然に囲まれた生活に憧れがありました」


 阿含がリゼを見る。


「俺らの仕事は、大体が街の外だからいつもこういう景色だよ。それと、周り注意して」


「イノシシ、ですね」


「他に野犬とか猿。県北部とかと違ってこっち側は、ヤバイ動物とかはそんなにいないけど」


「はい」


「あとこの辺の山は全然整備されてないから、落石にも。足元にも注意して。捨てられた廃材踏み抜いて破傷風になったやついるから」


「はい、はい」


「それと俺ら以外の人間にも気をつけて」


「はい……人間?」


「この辺りで何年かおきに農協の新人職員が行方不明になってる。もっとも、バックレたり事故で見つからないだけってこともあるから心配しすぎることもないけど」

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