意思疎通は大切だよ
主要都市に上京してきて早3年。
男、27歳。
彼はタカマガハラでボーイとして働き、日々精進してきた。
汚い貴族どもにこびへつらい。
裏社会の幹部に尻尾を振り。
おぞましい客どもには頭を下げる毎日。
けれど男は決して挫けなかった。
恥とプライドさえ捨てれば、ここでは何でも手に入ると知っていたからだ。
しかし、今日はじめて男は挫けかけている。
何故って……?
娼館の掃除をしていたら、大剣持った獣人娼婦が襲い掛かってきたからだ。
■
「なんだぁ、お前ら!? ここがどこか分かってんのか! 意味不明なぶっとい剣持ってきやがって!」
「俺の桃源郷」
「タカマ、ガハラ?」
「はぁ!?」
勢いよく唾を飛ばしながら、叫び散らかすボーイを見て、俺とシャロちゃんはきょとんとした表情を浮かべる。
現在、時刻は15時ごろ。
タカマガハラのオープン時刻まで、まだまだ余裕のある時刻。
業務開始前に、金の亡者であるボーイを教育してやろうと出向いたのだが、どうやら完全に意表をついてしまったらしい。
すごい取り乱してる。
しかし、ボーイも夜に生きる男。こういった状況下には慣れているのか、次第に状況を飲み込めるようになったらしい。荒げていた声に落ち着きを取り戻していった。
「くそ、よく見りゃそっちの獣人は娼婦じゃねーか……何の真似だ? こんなことしてタダで済むと思ってんのか、あぁん!?」
「っ」
ちょっとすごまれただけで、シャロちゃんは向けていた大剣を下ろしてしまう。
――うーん。かなり恐怖が刷り込まれてるみたいだな。
こんな幼気な少女を、と怒りをあらわにしても良いが、それではこのボーイに効果は薄いだろう。いくら怒鳴ったところで、本人が悪ぶっているのだし。下手すりゃ、逆効果にすらなる。
ひとまず、こいつに罪の意識があるかどうかは確認しておくか。
「そっちこそ、客からチップ貰って随分汚いことをしているようじゃないか」
「ああん? 誰だよ、てめぇ」
「誰って……えぇ……?」
昨日は客として会ったはずなんだけどなぁ……もしかして、俺ってハナより影薄い?
確かにアイツは知らない店に入るとき、全身フルプレートの鎧を装備するくらい、変人で目立つけどよ……。
「えーと、今日からスイちゃんさんに雇われた用心棒です……だ」
ちょっと、ナイーブになったせいで思わず敬語が出かけた。
いかんいかん。俺は腐ってもセキュリティを任されているんだ。平時でも高圧的な態度でいかなければ。嘗められてはいけない。
「あーはいはい。またあのチビオーナーが気まぐれに雇い入れた能無しね。で、なに? 俺にどうしてほしいわけ?」
「……客の悪さに加担するのはやめてくれないか。シャロちゃんみたいに、ぼこすか殴られるのは娼婦の仕事じゃないだろ」
俺がそう正論をぶち込めば、堰き止めていた笑いが決壊したように、ボーイは腹を抱えだした。
「ふ、ふひ、ふひひひっひ! なーに言いだすかと思えば、ふひひ! 金さえ渡せば、客の要望に何でも応えるのが娼婦だろ!」
「『何でも』は言い過ぎじゃないか? 彼女らは労働者で、不条理な要望から守られるべき存在でもある。お前がここで働いてるのと同じく、彼女たちだって働いているんだ。決して、隷属しているわけじゃない」
「なーにが労働者だ! 俺とその小汚い獣人が同列なわけねーだろ! そいつらは奴隷だって言ってんだよ! 体売ってる奴が、偉そうに身分と自由を選べるかっ」
ボーイはそう言って、シャロちゃんに向かって汚水の入ったバケツを蹴った。
あと数センチずれていたら、彼女の綺麗な金髪にぶちまけられていたかもしれない。
「ふむ」
と、そこで俺は考える。
この分からず屋に、どういって納得してもらうべきかを。
このクズの根幹は「体を売っている奴は奴隷。金さえ渡せばなんでもする」という行き過ぎた偏見だ。そこに社会通念はなく、また倫理性も存在していない。
これを覆すために、俺がどう理論立てて話そうと、目の前の男には通じないのだろう。それはさっき言葉を交わして理解した。
であれば手っ取り早く、意識改革を行うには、多少の荒療治も致し方ないのかもしれない。
俺はシャロちゃんから前もって受け取っていた革袋を、おもむろに取り出した。
「わかった」
「あぁ……? なんだよ、それ」
「あんたの理論を証明するためにも……シャロちゃん、これ全部上げるからさ」
革袋に入っていたのは金貨の山。
彼女が体を痛めながら、新米でありながらも溜めたお金。
まぁ、本当は上澄みだけが金貨で底は土塊だったりするのだが、ボーイに渡さない限り分かるまい。
「あいつ殺して」
「っ……サー、ボス」
俺がボーイを指さして命令すれば、シャロちゃんの瞳に若干だが光が戻ったように見えた。
そのまま俺の方に頷いてくれる。シャロちゃんの表情からは「全てわかってる」みたいな、自信が伝わってくるようだった。
よかった。ちゃんと脅しだってこと、分かってくれたみたいだ。
「はぁ……お前ら、本当に頭おかし――っ!?」
何かを叫ぼうとしたボーイの体の真横。そこにシャロちゃんの大剣が振り下ろされた。
うぉー、なんという名演技。
かなりギリギリを攻めた剣筋だ。本気で殺そうとしているように、俺まで見えてしまう。
「ほら、俺より高い金払わないと、殺されるぞ~」
「ば、ばか野郎! こんなことして、あのチビオーナーに殺されるぞ!?」
「スイちゃんさんは話の分かる魔女だから、大丈夫だと思う」
「はぁ!?」
そんなやり取りを交わしている間も、シャロちゃんの猛攻は続く。
こけおどしには丁度いいと、大剣を選んだが、かなり効果が出ているな。一発でも貰えば致命傷だろうし、このクズもさっさと己の間違いを認めるだろう。
流石、獣人ということもあって、シャロちゃんも良い感じに追い詰めている。
「ま、まて! 俺が危険な目にあったら、マフィアの幹部が!」
とうとう、部屋の隅に追い詰められたボーイ。なにやら「マフィア」とか「幹部」とか、物騒な言葉を叫んでいるが関係ない。屈強な体が、今では小柄なシャロちゃんより小さく見えるぜ。
さて、そろそろ精神的にも追い詰めていくか。
「あー、そういう虎の威を借る狐みたいなのいいから、早く金出した方が良いぞ」
「ふざけんな! 娼婦に人殺しを命ずるとか、常識的に考えて許されねーだろ!」
「お前が金払えばなんでもするって言ったんじゃん」
「っ、あぁ……なるほど、そういうことか。んな高額な金、持ってるわけねぇだろ、ダボが」
そう言ってボーイはニヤリと笑う。
あ、やばいな。
このクズ、俺が脅しでシャロちゃんをけしかけている可能性に気付き始めたみたいだ。さっきより、表情から余裕が見てとれる。
まさかビックマウスと恐れられたこの俺が、舌戦で後れを取るとはな。
って、よく考えると、俺ほとんどの奴を論破できてねーけど。主に自分ルールを掲げる奴らにボロ負けしてるし。
じゃあ、やっぱ武力で脅すしかねぇーなー!
「だったら、そのまま血の沼に体を沈めろ! いけ、シャロちゃん!」
「サー……!」
シャロちゃんは、俺の合図に力強く頷いてくれた。
もうここからは、彼女の名演技にかけるしかない。本気で殺すつもりであのクズを殴るとか、大剣の柄で鳩尾を突くとか、なんでもいい。とりあえず、それ相応の苦痛を与えてやって、もう一度恐怖を刷り込ませてやるんだ!
そうすれば、きっとこのクズも泣きながら謝るに違いな
――ずしゃり。
「え、ずしゃり?」
「ば、脅しじゃ、ねぇーの……か、よ」
「……」
あ”~………………、教育のために人を斬るのってぇ……無罪になるんでしたっけ?
久しぶりにテンプレでも載せときやすわ
はっじめまして。はっじめまして。
本当にはっじめまして?
ここまでお読みいただき、ありがとうございまする。
少しでも「面白いなー」「続きが読みたい!」と思っていただけたら、ブックマークや評価していただけると、拙僧が馬鹿になります。