ヘイ、ボーイ、キルユー
俺が目覚めてから数十分後。シャロちゃんも追うように目を覚ました。
目覚めの一杯を振る舞うべく、俺は貯めてあった飲水を勝手にコップへ注ぎ、渡してやる。本当はスムージーとかミルクが良いんだけど、残念ながらシャロちゃんはあまり食に興味ない子みたいだ。この部屋に食材と呼べるものは備蓄されてなかった。
「あ、ありが……とう」
「どういたしまして」
――他人の目を見てお礼を言えるだけ、ハナよりはマシだな。
ちびちびと口をつけて飲むシャロちゃんに癒されながら、俺は床に腰を下ろす。
「さて、昨日は色々ありすぎて寝ちゃったけど、情報整理も兼ねて一度会議をしよう」
「かいぎ?」
「そう、話し合うってのは大事だから」
俺のパーティーは俺のもの。パーティメンバーのものも俺のもの。
そんな早口言葉のような格言を持つジャイアンは、話し合いの場をあまり設けようとしなかった。俺を追放する時ですら、他メンバーに相談しなかったのだから、最早そういう人種だと諦めるしかない。
今更だけど俺がいなくなって大丈夫かねぇ、特にパーティ内の連携とか。
「ひとまず役職を決めるか……シャロちゃん、俺のことは今日からボスと呼ぶように。返事はサーだ」
「エッ、エッ……? サァー……?」
んー、たどたどしいな。
この子にはまだこのノリは早かったらしい。
もう少し育ててから、色々と仕込むか。
「ん、ゴホン! とにかく、まずはセキュリティって具体的に何をやる仕事か考えてみようぜ」
俺が部屋にあてがわれていたソファに座りそう語ると、対面のベッドに腰掛けていたシャロちゃんが、おそるおそる手を上げる。
「はい、シャロちゃん」
「えっと……お客さまを、な、なぐる仕事?」
「なるほど、つまり客と俺らでそういうプレイをするということか」
「う、ん」
はは、この子はハナと違う意味でぶっ飛んでらーw
いやいや、冷静に考えなくてもそれは無いだろう。
男に殴られて喜ぶ男なんて、どんな猛者だ。しかも、二人がかりだから、間違いなく客はサンドバック状態である。俺なら思わずそいつの顔面を蹴ったあと、腹パンまでする自信がある。なんなら、息の根も止めてやる。
「まぁ、シャロちゃんの冗談は置いておいて」
「エッ」
「多分、スイちゃんさんの言い分だと、悪さをしている客を見つけて、シメればいいと思うんだ……」
スイちゃんも困っていると言っていた通り、タカマガハラで娼婦に暴行を加えるのは禁止のはずだ
軽いものならプレイの一種として容認されるのだろうが、シャロちゃんのように行きすぎた暴力は処罰の対象である。または、オプション品を使ったものに限り、問題が無いとかかな?
あの地下の部屋を見る限り、暴行沙汰というのは日常茶飯事ではない……と思いたい。
それにエントランスにいた娼婦たちも、傷という傷は見当たらなかったし、本当に一部の客が、人の目を盗んで悪さをしているはずだ。
でもまあ、そう考えていながら、一つだけ納得のいかないことがあるんだけど。
「ねぇ、シャロちゃん。シャロちゃんを連れてきた男の人は、君の傷に対して何も言わなかったの? かなりその……雑だったけど」
「あ、あの人ボーイさんは、お客からチップ、もらってるんだ……」
「うわー……闇深ぇ〜」
道理で俺に対しての接客が雑だったわけだ。
シャロちゃんを部屋に入れて、オプション品を運び込まず部屋の前に置いていかれたもん。心なしか何か物欲しそうな目をしていた気がしたんだよな。
あー、ヤダヤダ。スイちゃんよ、お客の前に雇っている連中を見直した方がええぞ、これ。
「他に暴行を加えられたりしている子っていたりした?」
「……わからない。わたしも新米、だから……でも、獣人や森人は……そういうの多いって……。下手にチクったら……オーナーに殴られるぞって……ボーイさんの人に脅されるし……横のつながり、禁止されるの」
「ウワー……ホント闇深ぇ〜」
俺は可哀想さのあまり、シャロちゃんの頭を撫でてあげる。
うんうん、君はよく頑張った。
すると、シャロちゃんは気持ちよさそうに目を細めてくれた。
「んへへ」
「ふむ……これが父性か」
おっと、いかんいかん。
もう少しで、這い上がれぬほど沼に引きずり込まれるところだった。シャロちゃんって、やっぱ俺の好みの顔してるから、油断できねーわ。
それにしても、チップをもらって客の悪さを黙認するボーイねぇ……娼婦を脅して口封じするとか、えげつないことする奴だ。
1人の男として度し難いものがある。シャロちゃんの髪を掴んで引っ張っていたときなんか、「え、こいつ頭終わってんの?」と本気で心配してしまったもんだぜ?
よかったよ。ちゃんと頭が終わっている人だったんだな。
なら、遠慮しなくてもいいんじゃね?
「よし決めた。セキュリティとして最初の仕事はこれにしよう」
俺はそう休日の早朝のような爽やかさで、にっこりと告げるのだった。
■
「ヘイ、ボーイ、キルユー」
「き、きるゆー……!」
「なんだぁ、いきなり!?」
ヒャッハー! 汚物は消毒だ!
チップもらって粋がってるクズの調教タイムだぜ!
いけ、シャロちゃん! 君の真の実力を見せてやる時だ!
獣人は強いんだぞ
ぼう、泣いちゃうぞ!
ばあば嫌い!