朝、目覚め
「――きて、お、おきてぇ……そろそろ起きないと、おおおくれちゃ……」
「んあ?」
揺さぶられている感覚を頼りに俺は目を覚ました。
目を擦りながら上体を起こしてみれば、そこは薄暗い空間が広がっている。
……見覚えしかない部屋だ。
ポツンとテーブルに置かれたサボテンの鉢。それ以外は無味乾燥と言っていいほど、なんら特徴を見出せない質素な内装。
これのどこが女の子の家なのか。見慣れた自分ですら時々、違和感を覚えてしまうその空間で、目の前に佇む幼馴染に視線を向けた。
いつもと同じように、彼女は他者からの視線を防ぐため伸ばした前髪の下で、斜め下45度を眺めている。
「……ハナより遅く起きるとか、すげぇダメ人間になった気分」
「え”っ」
俺の第一声に驚いた彼女は、ぴくっと体を震わせた。
うん。この反応はいつも通りだな。清々しいまでのコミュ障を発揮してくれている。
まぁ、なんでテーブルの下に移動を始めたのかは、理解に苦しむけど。
「あー、なんか頭痛ぇ……つか、なんで俺はハナの家に泊まってんの?」
「き、昨日のこと覚えてない?」
「全然。これっぽちも思い出せん……」
俺はくあっと大きく欠伸をして、ベッドから出た。
時計を見ると、午前11時を指している。かなりの時間寝ていたらしい。俺にしては珍しいな。
「……き、昨日はジャイアンさんと飲んで、そのまま私の家に上がり込んできて……ほ、ほんとに覚えてない?」
「あぁー、そういえばそうだっけ?」
言われてみれば、そんな気がしなくもなかった。
昨日、俺はジャイアンとどっちが麦酒を多く飲めるか選手権を開幕したんだっけ。そして、酔い潰れた勢いのまま、ハナの家に転がり込んでしまったと。
ジャイアンと飲んでいる最中、何やら重要な話を交わしたような気もするが……んー、なんだろうな。まぁ、忘れるってとことは大したことでも無いだろう。
「今日ってなんか依頼あったんだっけ?」
「えっと、ぎ……ギガントオークの討伐」
「まじかー、俺あのモンスター苦手なんだよな。硬いし。二日酔いでいけっかな」
俺はそう言いながら、身支度を整えるべく、ハナの家の何処かに置いたであろう武具類を探す。
しかし、不思議なことに何一つとして俺の武具が見当たらなかった。ヒュドラの籠手も、アマゾネスの帯も、ましてやハナから誕生日祝いとしてもらった剣すら、どこにも置いていない。普段からずっと身に着けているわけではないが、有事の際を考え、必ず近くに置いておくよう癖づけたはずなのにだ。
いくら酔っぱらっていたからって、あんな大事なものを飲み屋に置いてくるか?置き忘れた瞬間、ジャイアンに怒られそうなものだが。
とりあえず、俺を家に迎えてくれたハナに確認してみよう。
この家事能力0に近しい幼馴染が、気を利かせ手入れしてくれているかもしれない。
「なぁ、ハナ。俺の武具って知らない?」
「え……も、もうないよ」
「いやいや、無いってなんでだよ。昨日までちゃんと整備もしてたんだし、忘れてなきゃこの家に――」
「だって…………」
――全部、ジャイアンさんにあげたよね?
「…………なんつーリアルな夢」
本当の意味で夢から覚めた俺は、ゆっくりと体を起こす。
布団を捲れば、そこには昨日、なぜか流れるまま一緒に仕事をやらされることになったシャロちゃんが寝ていた。
1人では怖くて眠れないと、仕方なく俺と同じベッドで寝ることにしたんだっけ?
まだ半ば睡眠状態のため、あまり脳が働かない。
俺はシャロちゃんの弱々しい拘束をゆっくりと解き、ベッドから出る。
……見慣れない部屋だ。
俺が今居るのは、シャロちゃんが普段寝泊まりしているタカマガハラ専用の宿舎の一室。
ハナの家とは違い、少し暖色系でレイアウトされた部屋は、男の俺にとって些か居心地の悪さを感じてしまう。心なしかいい匂いが鼻腔をくすぐってきた。
これからはここで寝泊まりしなきゃいけない。昨日、スイちゃんが再び部屋に戻ってきて、俺たちに共同生活をするよう告げてきたのだ。理由としては、一刻も早く俺とシャロちゃんに仲良くなってもらうためだとか。
「これぞ新天地ってやつかぁ……俺、女の子といい感じになりたかっただけなんだけどなぁ」
俺の新たな職、用心棒。
これからの人生において、この岐路がどのように作用するのかは正直分からない。人間は長ければ120は生きられるのだ。これからのことを考えたって仕方がない。
ただ、田舎に帰ろうと思っていた俺は、まだもう少し都会で暮らせていける。
その事実だけが、多少なりとも胸を躍らせていた。
……あと、寝顔のシャロちゃん可愛いわ。
ということで、二日目パート開幕!
よろしくっす!