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獣人を治してみた

「あー…………」

「ウッ………グッ」

「大丈夫?」

「ウゥッ」

「…………」

「ウッ…、ウゥ……」


 おいおい。俺にどうしろと言うんだ。


 この子を連れてきた男は、見たこともない道具を数点置いた後、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 現在、404号室にいるのは俺と、ベッドで寝かしている気絶した<シャロちゃん>と思わしき女の子。猫のような耳が頭から生やし、緩やかなウェーブの掛かった金髪が特徴的なケモっ子だ。


 けど、違うんだよなぁ。

  

 娼館って確かあれだよね。男と女が出して出されてする、アレな場所のはずだよね? 

 なんでこの子はこんなに痛めつけられてんの?

 ハナにボコられたときのオークみたいになってんだけど。


 細く白い腕には、青痣がびっしりとついている。顔も酷い有様だ。あちこちが腫れてるせいで、折角のカワイイ顔が台無しになっている。


 正直に言おう。

 見てるだけでこっちも痛いです。


「…………ハナを呼んで治してもらうか?」

「ウッ……」

「はぁ、でもこんな子を一人置いて出て行くのもな、それはそれで」

「ウッ…ぁ、あっ……」

「あれ、意識戻った?」

 

 うめき声しか出せていなかった女の子が、ずるずると体を持ち上げ始めた。

 虚ろな瞳で俺を一瞥し、そして次に部屋を見渡す。


 使い方が分からないので隅に置いていた道具たちを見れば、獣人少女はガチガチと歯を鳴らし始めた。


「あ、ぁ、あっ……!」

「あれはトラウマの品々だったか……今隠すからちょっと待ってね!」

「ご、ごめん、なさい! ごめん、なぐら……!」


 俺がせっせと道具たちをベッドの下で隠し始めると、少女は殻に籠もるかの如く、身を丸くし腕で頭を庇い始めた。


 こりゃ駄目っぽいですね。

 まるでハナにボコられたときのゴブリンみたいになってる。どう見ても俺にびびってますやん。

 

「はぁ、俺ってそんなに駄目な男なのかな」

「ヒッ」

「ごめんごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ」


 俺は手をひらひらと上げて、自身に害がないことを示す。

 彼女も殴られる心配はないと思えたのか、ゆっくりとだが防御態勢を解き始めた。


 うーん、もう少しだな。


「ねぇ、名前聞いてもいいかな。多分間違ってはないと思うけど、確認したいんだ」

「し、しゃ、ろ……」

「うん。やっぱりシャロちゃんだよね」


 がしがしと頭を搔いて俺はため息をつく。


 最大にして最高級の娼館じゃなかったのか、ここタカマガハラは……。まじやめてくれよ。こういう悪趣味なのは胸糞悪いぜ、全く。

 

「傷痛むよね?」

「う、ん……」

「そっか、頑張ったね」

「う……ん…………」

「もう大丈夫だよ」

「え…………」


 俺はシャロちゃんを落ち着かせるために、優しくゆっくり話し続ける。

 警戒されて逃げられたりすると面倒だし、治すのに手間がかかる。

 手っ取り早く警戒心を取り除くには、相手の心につけいるのが一番早い。


 こういう介護みたいなのは慣れっこなのだ。

 なんでって? あのコミュ障陰キャ幼馴染の面倒をみてたからだよ!

 

「とりあえず回復魔法掛けるね、<癒えよ(ヒールオーラ)>」

「え、え?」

「うし。これで粗方の傷は治ったかな」

「うそ……なん、で?」


 俺はぼそりと魔法名を呟いて、シャロちゃんの外傷を癒してあげる。

 

 一応、あのハナに魔法を教えていたのはこの俺だし。

 これくらいの傷なら一節詠唱だけで治癒可能である。


 まぁ、いつの間にかハナは信仰魔法と合わせて、規格外の治癒をするようになったんだけど。

 それは置いておくとして。


「じゃあ」

「ㇶ……なぐらっ」

「俺帰るわ」

「……ぇ?」


 なんでそんなキョトンとするんだよ。

 治したし、今から殴るねって言い出すサイコパス野郎に見えましたか?

 俺はそこまで歪んだ愛情表現をしません!


 安心安全な紳士ですから。


「ま、まっ……」


 部屋をあとにしようとすると、シャロちゃんが俺の服を掴んできた。

 

 思わず踵を返していた俺は、彼女ごと引っ張ってしまう。

 異様に体が軽かったせいもあるだろう。シャロちゃんは「きゃっ」と声を上げて、服を掴んだままベッドから転げ落ちた。


「うぉぉ、ごめん! 大丈夫!?」

「ウッ…うぅ」

「あー、泣かないで? ごめんな、痛かったよな」


 客から殴られている彼女に触れていいものか、頭を悩ませながら俺は四苦八苦する。

 どうしろというのだ、本当に。

 誰かこの状況に正解をくれるなら、俺はそいつの靴だって舐めていいと思えるよ。


「か、かえられる、と、ワタシ……ぉ、オーナー、さんになぐ、殴られ……!」

「あー、そうだったのか……そうとも知らずにごめんな。帰らない、帰らないから落ち着いて。ほら深呼吸。ひ、ひ、ふー。ひ、ひ、ふー」

「ひ……ひ……ふー…………ひ、ひ……ふー」


 シャロちゃんは言われた通りに復唱してくれる。

 だけど、あれ? これ深呼吸だっけ?

 まぁいいや。落ち着きを取り戻してくれてるし。


 だけど、どうしたもんかね。

 萎えたのは事実だし、こんな憔悴しきってる子に初めてを捧げたいとは思わない。


 シャロちゃんはたしかに美人な子だ。どちらかといえば、カワイイ子といったほうがいいかもしれない。ハナとは別ベクトルで女の子としてかなり上位に食い込む魅力だろう。

 

 ほどよく肉の付いた扇情的な太ももに、胸だって平均サイズで悪くない。小柄な体格は、それだけで男の庇護欲を掻き立てることだろう。

 獣人特有のケモミミも金髪とは違い黒い体毛だから、ポイント高めだ。


 でもなー。


「君のその娼館に尽くそうって思いは立派だとは思うよ。でもさ、あまりに酷に見える。そのオーナーさん? とやらにきちんと抗議してみても良いんじゃないかな?」

「だ、だめ……そんなこと、したら……ちょうばつぼう」

「うーん、でも根を詰め過ぎるのもなぁ。なら、客である俺が直談判してみようか?」

「え……?」

「働いてるシャロちゃんからは言いにくいだろうけど、外部の、しかもお客さんである俺の意見は聞いてくれるかもだし、ガツン!と言ってあげるよ」

「へぇ、どうガツンと言ってくれるん?」

「そらもう、大人として立派に肉体言語で――――っえ?」


 いつの間にか、シャロちゃん以外の声が割り込んでいることに気がついた。

 眼の前で座り込んでいるシャロちゃんと言えば、屈んでいる俺の頭頂部より少し上。その背後に視線をやって呆然としている。


 俺は後ろに誰かいることに気が付き、おそるおそる振り返った。


「初めまして、旦那はん。ここタカマガハラは魔法禁止娼館なんやけど……もしかしてやられはった?」


 うわお。

 振り返るとそこには、魔族と思わしき女の子がおりましたさかい。

魔法禁止娼館とは、


そのまんまの意味である。

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