中ボスのアバスト
「隣に開けた空間がある。そこでやるぞ。お前たちもそのほうがやりやすいだろ?」
イケメンの面をしたアバストが、高圧的な態度で顎を逸らす。
さっきまでいた猿たちは、彼の登場に驚いたのか蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
分かっていたつもりだが、やっぱさっきの猿よりアバストのほうが実力は上か。頭脳派というだけで、戦いに不向きであることを願っていたんだけど。現実はそう甘くないらしい。
「ボス」
「わかってる。俺は口出さないよ」
シャロちゃんが俺を横目で盗み見る。
ここは任せてほしい、という合図だ。まぁ、ラビィーさんの事もあるし、俺よりはシャロちゃんの方が言いたいことも、やりたいことも多いのは間違いない。
シャロちゃんは俺の返答に満足がいったのか、アバストへと視線を戻した。
「ひとつ、聞かせて」
「なんだ」
「お嬢……ウサギ谷のツキノ、知ってる?」
シャロちゃんの目がさっきよりも鋭くなった。童顔な子の無表情+鋭い目つきは恐ろしいもんだ。
ラビィーさんを騙したであろう本人を目の前に、友達思いのシャロちゃんが心穏やかではいられるはずもない。今すぐにでも飛び掛かりたい気持ちをぐっと堪えているのだろう。
何かの手違いだったという希望的観測が、シャロちゃんの行動を阻害させている。
ラビィーさんとアバストは本当に愛し合っていた。そういう可能性が万に一つでもあるのなら、それが一番ハッピーだとシャロちゃんも分かっているから。
アバストは数秒黙った後、何かを思い出したように頷いた。
「……ああ、勿論だ。恋だなんだと鬱陶しい獣人だったな。まさかタカマガハラで私の正体に気付くとは思わなかった」
そこまで聞くと、シャロちゃんはアバストに吶喊した。
大剣を器用に操り、アバストの横っ腹へ叩きつける。彼は腰に帯剣していた片手剣を引き抜き、シャロちゃんの攻撃をガードした。
が、膂力ではシャロちゃんに勝てなかったらしい。そのまま壁を突き破り、勢いよく隣の広けた場所とやらに放り出された。
壁を突き破るほどの力で宙に放り投げられてなお、アバストは華麗に着地を果たす。身のこなしが猛者のそれだ。ジャイアンほど凄いとは思わないが、それでも冒険者ランクで換算すると、プラチナ寄りのゴールド。一連の流れを見ただけで、アイツがかなり戦いなれているのが俺でも分かった。
アバストは土煙を払うような仕草をして、眉根を下げる。
「どうして、ツキノという名前が出たのか甚だ疑問だったが……」
「うるさい」
「もしかしなくとも、貴様はアレの知り合いで、ここに来たのは仇討ちということか?」
「だまれ」
間髪入れないシャロちゃんの返答で全てを察したのだろう。アバストは一気に破顔した。
「く、くははは! 知り合いのために娼婦がここまで来た? 獣人は一人で生きていけない者が多いが、くははは! いやはや依存体質とは本当に救えない畜生だな、お前ら獣人は!」
顔を掌で覆いひとしきり笑い終わった後、アバストが呼吸を整える。
「――まぁ、そのおかげで騙すのも簡単なんだが」
「っ」
「シャロちゃん!?」
霞のように消えたアバスト。
と思えば、俺の前に立っていたシャロちゃんが、アバストを吹き飛ばして作った壁穴に吸い込まれた。
どうなっている?
魔法、なのだとは思う。それも幻惑のタイプの。
考えられる呪文は幾つか思いつくも、アバストが唱えた場面を俺は見ていない。
魔法とは従来、唱えるのが基本系だ。戦闘中に無詠唱などというのは基本あり得ない。
……いやまぁ、できる奴はいたりするのだが、非効率的だしミスが多いから主流じゃない。俺の幼馴染が枠外すぎるだけだ。うん。あれを一般人と同列に扱ってはいけない。俺はできないし。
ということは、魔法武具の効果か?
再び姿を現したアバストの剣からは独特の雰囲気を感じるものの、それだけでは何とも判断できなかった。
「ボス……先行って」
俺が必死でアバストの手の内を考えていると、シャロちゃんがそう言った。
思わず彼女を見てしまう。
あの種が分からない攻撃を含めれば、アバストの強さは俺の想像より上だ。今のシャロちゃんで勝てるかどうか微妙なライン。確かに才能は有るけど、圧倒的に場数が足りていないのがシャロちゃんである。
「いやでも……かなり手強いよ、そいつ」
「関係ない」
「……」
「おねがい、ボス」
シャロちゃんは俺をまっすぐ見返した。瞳からは力強さが感じ取れる。本人が問題ないというのであれば、ここは上司として信頼し彼女の勝利を願ってやりたいところだ。
しかし、相手はラビィーさんみたいな善良な女の子を騙すクズ野郎。俺が最も嫌いな人種と言っても差し支えない人物。
もしシャロちゃんが負けた場合、どんな目に合うのか想像もしたくない。そんな奴の前に、大事なシャロちゃんを置いていくには、少しばかり……いや、かなり抵抗があるわけで。
「くはは、気にかけてくれる男の言うことは素直に聞くべきだ。さっきの攻撃でわかる。貴様は戦闘経験もろくに積んでいない。ただ獣人のポテンシャルでごり押しているだけの女」
「うるさい」
「まるで駄々をこねる子供だな。親切心でアドバイスをしているんだが。私は一応認めているんだぞ。パタスさんの魔城へ攻め込む、その馬鹿さ加減は」
アバストはそう肩をすくませて、あざけわらった。
開けた場所に引きずり込まれたシャロちゃんは、立ち上がりきっとアバストを睨む。
「なんで……お嬢、騙した」
「金目当て以外にあるのか?」
「愛して、なかったの」
「無いな」
「他に、どれだけ」
「ざっと23人。大事な金鶴だから数は覚えている」
シャロちゃんと俺の顔が強張る。
アイツは全部本心から言っているのだ。ラビィーさんだけじゃない。他に騙した女の子がどれだけ傷つこうと、奴の心は一切の罅も入る余地がない。それだけ、相手の女性のことを軽視しているし、どうでもいいと思っていやがる。
女に本気で惚れさせておきながら、嘘で塗り固める。真剣に未来を考えている彼女たちを、嘲笑い食い物にする。
清々しいほどに外道だよ、おまえは……こんちくしょうめ。
「ふぅ」
「シャロちゃん?」
「ボス、やっぱり、問題ない」
怒りに我を忘れるかもと思っていたシャロちゃんは、いつもの無表情で俺へ振り返った。
カネカスや他のボーイに切りかかるときと同じような表情。だが、いささか硬さを感じずにはいられない。
それでも、シャロちゃんは。
「先行って」
俺にそう言うのだ。
心配させない為ではない。きっと彼女は彼女なりに、落とし前をアバストにつけさせたいのだろう。たった数日間とは言え、寝るときもご飯食べるときも、常に一緒にいた仲だ。ある程度のことは分かってやれる。
だから、俺はシャロちゃんを信用しよう。
「……了解した、先に行く。シャロ、君はもう俺の部下なんだ、恥じぬ戦いにしろよ」
「サー、ボス」
伝わっているか、伝わっていないか微妙だけど。いつかさっきの言葉がシャロちゃんのためになることを信じ、俺は先を急ぐことにした。
なにも問題ないだろう。だって、彼女は俺の部下なんだし。なにかあったときは、上司である俺が尻拭いをしてやればいい。
そんなことを考え、踵を返す。
足取りは妙に軽い気がした。
■
ボスを見送って、私はゴミと一緒に残った。
ゴミは私を見もせず、ボスの去っていった方向を見ている。
「貴様も損な役ではあるが、あの男のほうが何倍も気の毒に思える」
「?」
気の毒? なぜ?
私は小首を傾げる。ゴミはそんな私をみて、不敵に笑った。
「パタスさんに殺されるからだ。あのお方に勝てるやつはたった一人を除いていない」
そう自信の満ちた表情でゴミは言うが、コイツこそボスを知らない。
あの人は異常だ。
あの人は自分でも、その異常性に気が付いていないと思う。
魔女であるオーナーさんに気に入られ、
魔法禁止娼館であるタカマガハラで魔法を使うという、
その異常性に。
話の貯蓄など、ほぼない!笑笑
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