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タカマガハラにて

 タカマガハラの門扉を潜ると、そこには豪華絢爛なエントランスルームが広がっていた。

 見るからに高そうな壺。価値は分からないが貴族が好みそうな絵画。散りばめられた黄金の細工や彫刻など。それらが煌びやかなシャンデリアによって、華やかに照らし出されていた。


 奥には天井が高くドーム状になっている大きなホールが見え、そこに何人もの綺麗な女性が座っている。

 間違いない、娼婦たちだ。みんな揃って美しく可愛い顔立ちをしている。


 (ハナには及ばないけど、みんな綺麗だなぁ……)


 っと、危ない危ない。あまりに異質な空間だったため、一瞬圧倒されかけた。

 すぐさま俺はここに来た使命を思い出す。そして、この部屋の奥へと進んでいった。


「いらっしゃいませ。ようこそタカマガラハラへ」


 受付まで歩いていくと、ピシッとしたスーツ姿のお兄さんが、頭を下げ出迎えてくれた。


 すげぇ……これが最高級の娼館か。受付の対応がまるで貴族にするものだ。田舎者の俺からすれば、ちょっとビビっちまうレベル。

 とりあえず、俺は興奮冷めやらぬ状態で、全財産である金貨3枚をカウンターテーブルに叩きつける。

 そして開口一番、冒険者の先輩から教わったある魔法の言葉を口にした。


「すみません! これでいけるところまで、イカしてください!」

「……かしこまりました。指名などございますか?」

「フリーで! できたら、ちょっと童顔寄りの子でお願いします!」


 もはや土下座をしそうな勢いで、俺はカウンターテーブルに頭も叩きつける。

 それでも受付のお兄さんは笑顔のままだ。なんなら、この人が俺に夜の接待をしに来るんじゃないか、というレベルで満面の笑みを浮かべている。もしかして、こいつアッチ系なのか……?

 

 受付のお兄さんは、そんな失礼極まりないことを考えている俺など放って、目録みたいなのを広げだした。

 

「えー、獣人のシャロちゃんならすぐにご案内できそうですね。オプションはどうします? 今日はイベント日ですが」

「何がありますか!?」

「獣人の子で人気なのは、ベルトや猿轡ですかね」

「全然分からんけど、それでお願いいたします!」

「承知いたしました。他にも――――」


 そうやって流されるまま、あれよあれよと俺は全トッピングしていく。

 俺は最初に提示した金貨3枚しかないのだ。その料金内でいけるとこまでいけるのなら、悔いはない!

 

 今日くらい羽目を外したってバチは当たらないだろう。

 なんせ俺はクビになってしまった可哀想な男。

 ふへへ、これはシャロちゃんとやらに慰めてもらわなきゃ。えへ、えへへ。


 最後に受付の人にコースはどうするか尋ねられたので、とりあえず「12時間コースで」とかっこよく言っておいた。

 普通の人間ってどれくらい神るんだろうか。

 全然平均とか知らないけど、まぁ大丈夫だろう。俺体力には自信あるし。

 

「では地下の404号室でお待ちください」

「ありがとうございます! お世話になります!」

「……楽しんできてくださいね」


 最後までにこやか爽やかの受付の兄さんに頭をさげ、俺は若干駆け足で階段を目指した。


 階段を降りるたびに心臓が高鳴っている。

 額に脂汗が滲み、心なしか喉が渇いてきた。


 受付の兄さんに言われた地下の404号室の前に着けば、慣れない手つきで鍵を開け、そのまま中に入る。

 部屋の内装は、さっき見たエントランスルームとは違い、良い意味で普通だった。薄暗い部屋に1人用のベッドがぽつんと置かれているだけ。


「なんか思ってたのと違うけど……まぁ、こんなもんか」


 俺はベッドに腰を落ち着かせ、流れるまま体を横にする。ここまで来るのに誰とも擦れ違わなかったせいで、緊張は高まる一方だ。

 こういつ待っている時間って何をすればいいんだっけ? 確か風呂に入ればいいって聞いた気もするけど、この部屋に風呂は無いしな。

 なら音楽でも聴くか? ハナがサボテンに水やる時に聞ける鼻歌以外、俺は聴いたことないけど。


 あぁ、ダメだ。考えすぎて頭が真っ白になりそうだ。クラクラしてきた。

 熱に魘される幼子のように、俺はベッドに身を預けたままゴロゴロと体をよじらせる。


「もうちょい飲んどけば良かったな……」


 唐突にジャイアンと飲んでいた麦酒が恋しくなった。

 大人になってからというもの、お酒は俺の親友である。気を紛らわすのにあれほど絶対な効果を持つものは無い。

 

 でも、小さい頃も小さい頃で良かったなー。

 田舎町で暮らしていたから、あいつのコミュ障もそこまで酷いとは思わなかったし。毎日毎日、飽きもせず冒険と言っては、裏にあった魔境へ遊びに行ったり、腐海なんかに船を出したものだ。


 都会に来てからというもの、あいつのコミュ障隠キャは覚醒してしまった。

 

 何かを聞かれれば「あっ」。

 何か言おうとしても「あっ」。

 自己紹介の時は「あっハナです」。

 お前よくそれで生きてこれたな、と思わず言いたくなる。


「ふぅ……あいつのこと考えてたら、興奮冷めてきたわ」


 煮えたぎっていた熱情はどこへやら。気がつけば、思い出とともにどこかへ流されてしまった。


 まぁいい。クールになれ、俺。

 女の子とこんな関係になるのは初めてだが、焦ってがっつくと嫌われる。


『常に優しい紳士であれ、さすればお前は誰にも負けないモテ男になる』

 よく俺の親父が放っていた迷言の一つだ。

 残念なことに、あなたの息子は未だ彼女いたことない負け犬に育っていますけどね。


「いやいや、センチメンタルなんて俺らしくもない。ただ声が大きい人、《ビッグマウス》と恐れられる俺が、こんなんでどうする! 今日で俺も一人前の男になるんだ!」


 上体を起こし、意気揚々とそう宣言する。 

 これから始まる極楽の12時間を経て、俺は立派なスーパーモテ男へと変貌するのだ。

 

 え、その後はどうするのかって?

 お前は職無し家無し浮浪者だろうがって?

 んなの、知るか! 本当に困ったときは、田舎に帰って畑でも耕してやるさ! 今からの12時間を一生胸に抱きながら、溺死する覚悟さ!


 そう心に誓っていると、入り口の扉がコンコンとノックされた。


 とうとう来てしまったか、シャロちゃん……!

 俺の初めてを捧げる子!


「はーい、今いきまーす!」


 喜色満面の笑みを浮かべ、俺は最大級に筋肉を強張らせる。

 筋肉が嫌いな乙女はいない。これも父親が言っていた迷言の一つだ。母さんも筋肉は弱かったと、腐るほど聞かされたっけな。


 俺は興奮を抑えることができず、ぱぱっと入り口まで走ると、そのまま扉を壊す勢いで思いっきり開け放った。


 するとどうだろうか?

 そこには童顔で可愛く、小柄な体をしたケモ耳の獣人娘――――ではなく。



「おい、新しい客だ。さっさと入れ」

「ウッ」

「………………は?」



 屈強な体の男が、青あざだらけの小さな獣人の女の子の髪を掴み、佇んでいた。


 父さん、これは何と言うプレイですか……?

主人公とハナはものすごい田舎者



そういう設定です。

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