表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/29

兎の涙は大粒なのさ

 エントランスに設けられた休憩スペースで、俺とカネカスは顔を合わせて座っていた。

 殴られたことによる疲労感から、ぐったりとソファに凭れ掛かる。体が異様に思い。ついでに心も重い。見えない将来への不安が、ずっしりと俺の双肩に乗っているような感覚だ。このまま流体であるスライムになれたら、どれだけ楽だろうか。何者にも負けない最強のスライムに。


 そんな風に現実逃避を頭に描いていると、カネカスが前髪を乱暴に上げ話しかけてくる。


「パタスさんは相当やべぇ。ふざけた身なりはしているが、この都市の裏社会で顔を利かせているだけのことはある。その強さも噂ではプラチナ冒険者並って話だ。俺冒険者詳しくねぇから、あんま分かんねぇけど」

「どうしよ、これから……」

「こっちが聞きてぇよ! 俺を巻き込みやがって、このままじゃテメェも俺も終わりだ! いつもみたいに、あの獣人でパタスさんを倒すとかしろよ!」

「勝てる未来が見えません!」

「ハイ、そうですか! ならもう金払うしかねーよな! それで全部解決だろーからな!」


 カネカスの喚き散らす声を聴きながら、俺は今になってスイちゃんの言葉を思い出した。

『さぁ? 外におるパタスをどうにかせな、あんま意味ないんとちゃう?』

 まさにその通りだと思う。今日パタスやアバストを見て俺も確信した。殴られた威力からして、どう考えてもプラチナ冒険者と同格か、それ以上の強さだろうパタス。それに付き従っていたアバストという男も、底が見えないイケメンだった。

 シャロちゃんに戦ってもらうにしたって、彼女も戦闘に関してはずぶの素人だ。獣人として身体能力は高く、また天性の才能もあるのだけど、現時点でパタスに勝てるかと言われれば「無理」と言ってしまう。


 カネカスの言う通り金貨1,500枚を払えば、全部解決なんだろうけどな。しかもパタスは、賠償金さえ払えばボーイを教育しなおすとも約束してくれたし。

 あの見るからに強そうなパタスを倒すより、よっぽど確実性があり平和的手法だと俺も思っている。

 

 思っているのだが。


「とても払える金額じゃないんだよなぁ……」

 

 金貨1500枚なんて、並みの人間でも最低5,6年くらいかけて溜める額だ。

 莫大という言葉がまさにうってつけの金額に、俺は頭を抱えるしかない。ただでさえ、ジャイアンに全財産を没収されている俺なんかが、払えるはずもないのである。

 

 さっき軽く臓器の売買も調べてみたが、あんまり高く売れないみたいだし。元白磁の巨腕という謎の担保で、金を借りてくるのも難しいだろう。


「ふひひひ。こうなったら、あれだな……」


 カネカスがおもむろにそう切り出す。

 こいつも本来パタスに払うはずだった金、すべて別用途で溶かしてると言ってたし、同じことを考えたのだろう。

 俺は背筋をただし腕を組む。


「ああ、もうやるしかないな……」

「候補地はあるか?」

「俺の出身はいわゆる田舎でな。人もほとんどいないし、遠いから追っても来ないだろう」

「はっ、悪くねぇ」


 楽し気にカネカスは指を鳴らす。

 俺は彼に対し、ゆっくりと頷いた。


「こうなったら娼婦のみんなを連れて逃げるしかないよねぇ! 夜逃げだ、夜逃げ!」

「ふひひひひ、そうだな! 支払期日までにとんずらしようぜぇ、とんずら! 田舎町で俺たちだけのハーレムを作るんだよ!」


 カネカスと肩を組んで立ち上がる。

 

 俺の田舎に全員で引っ越して、そこで新しく農家でも始めればいいのだ。タカマガハラの娼婦全員で押しかけても、問題ないくらい広大な土地はある。

 

 別にカネカスのハーレム計画には興味ないが、これもみんなの為。女の子の笑顔を守るセキュリティとして、夜逃げに失敗する訳にはいかない!


「そうと決まれば、早く準備するぞカネカス! 夜逃げって具体的に何をすればいい!? やっぱツインのベッドとか持っていったほうがいいかな!? ほら、寝るのって大事だし!」

「ふひひひ、まぁ落ち着けよビッグマウス。早漏な男ってのは女に嫌われるぜ? いや、だからって急に真顔になるなよ」


 いやぁ? いつも通りの顔ですけど。


「まあいい。この夜逃げのプロが一から十まで教えてやるから、よく聞け。

 まず俺はタカマガハラ館内にいる娼婦や弱腰のボーイに声をかける! その間にビッグマウスは別棟で引き篭った娼婦どもへ説明し、荷物をまとめてこい! 揃い次第、都市南部の広場に集合だ!」

「ありがとう、恩に着る!」

「へへ……困ったときはお互い様だろ」


 俺とカネカスは固い握手を交わすと、急いで各々の行くべき場所へ走り出した。


 俺の行くべき場所は、カネカスのいった通り別棟の宿舎である。パタスとの騒動が収まると、娼婦たちは恐怖のせいか皆宿舎に帰ってしまったからな。

 まぁ、あんな凄惨なショーを見てしまったら、誰だって傷つく。

 それにパタスが押し入ってきたせいで、ここ数日間、意気消沈していた一部のボーイが再び活気づきだした。明らかに過剰な盛り上がり方だ。エントランスから横目で確認していたが、ここ最近遠のいていた変態客に連絡を取っているボーイが結構いた。

 

 一度、変態客から暴力や強引なプレイをされている娼婦は、報復を恐れ揃って出勤を拒否。今も気丈に出勤してきているのは、変な客から暴力を受けない上役の娼婦たちだけである。下級の娼婦たち、とくに獣人やエルフたちなんかは部屋に閉じこもっていると、シャロちゃんが教えてくれた。


 上役の娼婦とは、まだ俺はあんまり顔合わせしてないから、カネカスに任せて大丈夫だろう。

 

 とりあえず娼婦たちと夜逃げするためにも、声がけする人手を増やしたい。先に、宿舎で巡回しているシャロちゃんと合流するか。


「って、あれは……?」


 と、タカマガハラ館内を出て別棟の宿舎へ走っていると、蹲っているラビィーさんと立ちすくむシャロちゃんが見えた。

 タカマガハラの館の陰で覆われている場所だ。あんな陰気な場所でガールズトーク、というのはまずないだろう。

 何の話をしてるんだろう。そう気になって俺が顔を出そうとしたが、その足はすぐに止められた。


「お嬢、聞かせて」

「……」

「その痣、今朝、無かった」

「……」

「もしかして、さっきの?」

「…………」

 

 三角座りをしていたラビィーさんの伏せていた顔が上げられる。

 シャロちゃんの言う通り、彼女の頬には残酷なほど、くっきりとした青痣が浮かんでいた。遠慮なしに殴られた痕だ。パタスに殴られた俺と同じようになっている。

 今にも崩れ落ちそうなほど悲し気な表情で、ラビィーさんは言葉を紡いだ。


「全部……取られちゃったみたい」

「? それ、どういう」

 

 シャロちゃんがゆったりとした口調でそう尋ねる。ラビィーさんは何かを堪えるかのように、ぎゅっと己の腕を強く掴んだ。

 完全に出ていくタイミングを見失った俺は、建物に隠れ聞き耳を立てることにする。

 

「……さっきね、シャロちゃんがセキュリティさんを助けるために走っていたってでしょ? その時、私もエントランスに向かったの……シャロちゃんが無茶しないか見てくれって、セキュリティさんにこっそりお願いされてたから」


 ラビィーさんの言うとおり、たしかに俺はお願いしていた。彼女を守る目的もあったが、シャロちゃんの暴走を少しでも軽減できる要因になればと思ったからだ。


 だが、それと「全部取られちゃった」は、どうにも結びつかない。シャロちゃんも同じ考えだったのだろう。ラビィーさんの隣に腰掛け、彼女の次の言葉を待った。


「エントランスに着いて、私驚いちゃったの……だってね、あの人がいたんだもん。容姿は随分変わってた。服装も私が知らないものばっかり……でも、私は鼻がいいから、彼だってすぐに気づいちゃった」

「彼……?」


 そうシャロちゃんが問うと、ラビィーさんは儚げに笑う。

 

「私の婚約者。あそこではアバストって、呼ばれてた」

「――!?」


 …………。


「さっきね、どうしてあんなことしてたのか……ほ、本当に彼なのか問い詰めたら、ぜんぶ、全部暴露されちゃった……け、怪我も嘘だって、本当は、私をあい、愛していなくて……ただ利用されて、だ、だまして、た、んだっ、て」

「お嬢……」

「ごめん。ごめんね、シャロちゃん……わたし、ほんとに世間知らずだから……! あんな男、引っかかっちゃって……私のせいで……ママもパパも……わた、わたしが……!」

「……」


 そこで静寂が訪れた。ラビィーさんは大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら謝罪を吐露する。

 聞こえてくるのは静かな風の音と彼女の嗚咽のみ。ただ世界は残酷なまでに、ゆったりと時間が流れていく。

 

 俺は最後まで彼女たちに声をかけることもせず、ただ静かにその場を後にした。

久々に謝辞リマス


ここまでお読みいただき、ありがとうございまする。

ブックマークや評価していただけると、拙僧が馬鹿になります。みなさんいつもありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ