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契約は慎重に

「っ、馬鹿よせ――――シャロちゃん!」


 刹那、気配を察知し咄嗟に見上げてみれば、そこには上階から飛び降りてくるシャロちゃんがいた。ラビィーさんの護衛を任せていたはずなのに、騒ぎを聞きつけてしまったのか。

 両手には大剣が握られており、切っ先はパタスの脳天を向いている。

 完全な意表を突いた攻撃……という訳では無い。明らかにパタスは、シャロちゃんの気配に気がついていた。証拠に奴の口角が、獰猛なまでに吊り上げられる。


「ウキキ、ちょとはマシな消耗品がいるみたいだな」

「ボスを、離せっ」

「そう粋がるなよ娼婦風情が」


 シャロちゃんの攻撃を躱すわけでも、ましてや一瞥するわけでもなく、パタスは不敵に鼻を鳴らす。

 それと同時、控えていたアバストがシャロちゃんに襲いかかった。彼も彼女の不意打ちに気がついてたということだろう。


「っ、面倒……!」


 シャロちゃんは向かってきたアバストへ視線を素早く走らせると、大剣の切っ先を変更した。

 アバストが持つ武器は見たところBランク相当の剣。シャロちゃんの持つ無名の大剣より、遥かに高レアな武器だ。風を彷彿とさせる速度で振るわれたソレは、シャロちゃんへと吸い込まれるように打ち込まれた。

 器用に大剣を操り、ガードするシャロちゃん。受け止めきれず、地面へ激しく撃ち落とされはするものの、そのしなやかな体裁きで落下ダメージを殺したらしい。童顔には似合わなぬほど怒りに濡れた瞳で睥睨すれば、アバストも宙から降りてきた。


「防がれたか」

「女を口説くのに夢中で腕が鈍ったか、アバスト」

「いえ、そのようなことは……申し訳ありません」


 アバストは軽く謝りながらも、決してシャロちゃんから目を離さない。

 対してシャロちゃんも、俺の方に意識を向けてはいるが、決して目の前のアバストから視線を外さなかった。


「ウキキ、おいクソ猫。ここは娼婦が出るような場じゃねー。さっさと消えるなら、今は見逃してやる」

「うるさい……ボス離せ」

「ほう、ペットにしては随分と聞き分けが悪いようだ」


 パタスは掴み上げていた俺の髪を離し、背にかけていた白蝋棍を握る。

 

 こいつ、女の子相手に本気でやる気かよ……。


 漏れ出る殺気から、パタスが本気なのは確かだ。奴はシャロちゃんを殺めるべく、全力で白蝋棍を振るう事だろう。そうなってしまえば、今のシャロちゃんの技量ではまず助からないのが分かる。元々、獣人として戦闘センスは中々目を見張るものがあったが、所詮それでも彼女はただの女の子で、ずぶの素人だ。特別な訓練を受けているわけでもなければ、経験値もかなり不足している。

 あの奇行が目立つコミュ障幼馴染とは違うのだ。

 パタスがどれくらい強いかは知らないが、裏社会で<猿魔王>と恐れられる男。それに見合うだけの実力はあるに違いなかった。


「おい待て、エテ公」

「なんだ」

「本題……片付けてなかっただろ。話を戻そうぜ」


 俺がのろのろと立ち上がって言えば、パタスはニヤリと獰悪に笑って見せた。


「ウキキ、そういえばそうだった。娼婦なんざに構ってる場合じゃなかったな」


 パタスは抜こうとしていた白蝋棍を離し、俺へと向き直った。

 それに応じ、アバストが素早くシャロちゃんと俺の導線を切るべく立ち位置を変える。優秀すぎんだろ、あいつ。


「さっきも言ったが、俺様の用件はオメーが商売の邪魔をしていることについてだ。過激なプレイをしているブタどもに制限を与えているせいで、客足が遠のいてやがる。さらに、過剰なチップを貰う事も禁止しているせいか、その日のノルマも達成できない兵隊が何人もいた」

「で、それを俺にどうしろってんですか。悪いけど、タカマガハラのセキュリティとして禁止行為は見逃せない」

「ウキキ、まだ目が死んでみたいだな。オメーみたいな気骨のある奴は嫌いじゃねぇ。そうだなぁ……オメーの根性に俺様も応えてやりたくなった。オメーのせいで出した損失を肩代わりしてくれるってんなら、俺様も考えてやる。おい、アバスト」

「はっ」


 パタスがそう呼べば、アバストは剣を収めて一枚の羊皮紙を取り出した。

 渡される羊皮紙。その表面には、いくつもの厳かな文字列が丹精に敷き詰められており、下部分には刻印が記されている。誰がどう見ても、一目でなにかの契約書だと分かる代物だ。パタスはそれを俺に渡してきた。


「その羊皮紙には俺様とスイレンが結んだ契約内容と、それを踏まえてオメーが犯した業務妨害の数々。さらに、ここ数日で損失した額――1,500枚金貨を賠償金として払う旨を書いてやった」

「え?」

「ウキキ、それが支払えたら俺様も部下の教育とやらをしてやってもいい。まぁ、払えたらだがな」


 羊皮紙に目を通すと、スイちゃんとパタスが結んだであろう契約内容が書かれていた。

 簡単に要約するとこうだ。

 ――私たちはボーイのすることへ一切関与しません。好きにやってください。

 

 適当すぎんだろ、スイちゃんんんんんん!!


「これ偽造じゃ……」

「きちんとスイレンの署名があんだろ。魔族は契約を大事にするからな」

「1500枚金貨は流石にぼったくりな気が――」

「ウキキ。帳簿もあるぜ」

「……これ支払えなかった場合、どうなります?」

「その時は変態どもが観覧するなか、金が稼げるまで魔獣たちと裸踊り。オメーの庇ってる娼婦共は、再び変態共の玩具ってわけだ」

「…………」

「きっちり支払期日は守れよ」


 パタスはそれだけを言って、タカマガハラを後にしようとする。

 もし払えなかったら、今日のような憂さ晴らしでは済まされない。確実にご臨終コースだ。俺と魔獣でパーリナィが開催される。しかも、娼婦たちの労働環境も改善されないという事案セットで。

 

 だが逆に支払えさえすれば、パタスは娼婦たちのためにボーイを制御してくれるということで……。


「ふ、テメーひとりの犠牲で助かるなら、安いもんじゃねーか。よかったな」

「カネカス……」


 いつの間にか横にいたカネカスが、俺の肩をポンとたたく。

 応援してくれている……というには、こいつはあまりに邪悪な笑みを浮かべていた。

 どうやら己に飛び火してこないと確信しての勝利の笑みだろう。コイツはずっと、パタスからの粛清を恐れていたからな。


 ……よし。


「すんません、パタスさん、アバストさん! ここにアンタを勝手に裏切って、ずっとサボってる部下がいます!」

「あぁぁぁ、てめービッグマウスっ!」

「あ”あん?」


 ぐるっと振り向くパタスとアバスト。鬼の形相を浮かべている。いや、アバストは静かな笑みを浮かべているけど。

 アバストがカネカスをつま先から頭のてっぺんまで見て、静かに剣の柄へ手を運んだ。


「…………ノルマはどうした、カネカスくん」


 アバストが尋ねる。


「え、いや、その、なんといいますか……今は部屋に置いてる、的な?」

「ウキキ、そうかそうか。なら随分金の羽振りがよくなったみてえだな。その革服は?」

「いや、これは、あれです。あれですよ、ほら……わかるっしょ?」

「わかった。だったら、オメーもそこのセキュリティと一緒に耳揃えて支払え。さもなくば魔獣の前で裸踊りだ」


 パタスはそれだけを告げて、アバストと次こそ本当に去っていった。

 残されたのは膝から崩れ落ちているカネカスと、一緒に踊ってくれるダンサーが見つかり、安堵の笑みを浮かべる俺。あとは、けなげにタオルで血を拭きとってくれるシャロちゃんだけである。


「ボス、大丈夫?」


 うん、だめかもしんない! 都会って臓器どれくらいで売れるんだろうね!


 俺がそんな風に考えていると、見覚えのある子ウサギが人垣を割って外に出るのが見えた。

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