殴られるだけなら安いもん
ケツ穴に剣をぶっ刺したカネカスを放置して、俺はエントランスに降りてきた。
シャロちゃんは念のため、違う部屋でスタンバイしてもらっている。もし、荒事になってしまったら、誰かがこの館内にいる人たちを非難させないといけないし。それに、こういうのは男の子の仕事だって昔から決まっている。
断じて彼女を連れてきたら、パタスを切り捨ててしまうとかじゃない。それにラビィーさんの護衛も頼まないといけないからな。
俺が受付のところに一人で立ちパタスを待っていると、その2人組はやってきた。
…………2”人”組?
あの、なんだろう……オイラの目が悪くなければ、明らかに片方は人じゃない。
体毛が物凄いもじゃもじゃで、もみあげがえらいことになっている生物が一名いる。
どう見てもあれは猿だ……うん間違いない。360度すべてが猿だと物語っている。
猿を連れている人間がパタスで、あれはペットだろうか?
それにしては派手な装飾品を猿も身につけている。身長も2メートル近くはありそうだ。頭につけている輪っかみたいなやつは魔法アイテムかな。オシャレで付けてるって事は無いと思う……後ろに棒も持ってるし、大道芸ができる猿なのかもしれない。
なるほど。猿をペットにして連れ歩くから、猿魔王なのか。てっきり夜の方が猿みたいにお盛んなのかと思ってたわ。
そんな失礼極まりないことを考えながらも、俺は作り笑いを浮かべお辞儀する。
「いらっしゃいませ。えーと、まだタカマガハラは開店してないですが、本日は何用でしょうか?」
「ここ最近セキュリティと名乗る奴がいるだろ。そいつを出せ」
端正な顔立ちをした、いわゆるイケメンと称される顔づくりの人間━━パタスが俺にそう言ってきた。
言葉の棘ぐあいからして、やっぱ怒ってらっしゃる。俺がセキュリティってバレたら絶対に問題になるやつだ。よかった、フロントの人間を演じてて。
「あの、セキュリティさんは本日休みでして」
「匿うだけ無駄だ。部下からセキュリティが昼毎に、館を巡回していると聞き及んでいる」
「あー、いつもはそうなんですが、今日は祖母の葬式とかなんとかで」
俺がずっと言い淀むものだから、とうとうイケメン面のパタスがキレてしまった。苛立たし気にカウンターテーブルを叩くと、鷹のような眼で睨んでくる。
――あー、これはまずいな。
あんまり手荒なことには発展したくない。彼を宥めるためにも、なんとか会話を逸らす必要がある。
俺は一瞬でフロントの周りに視線を這わせ、パタスが興味を持ちそうな話題を探した。目に止まったのは、パタスが連れてきたペットの猿。なんか俺を見ていた気がするが、気のせいだろう。
今はパタスのことに集中しよう。
「あ、ああ! そんなことより、これってパタスさんのペットですよね! かわいいなー。僕、魔核の無い動物って結構好きなんですよ!
なんというお猿さんですかね。手足が長いから、タマフクロテナガザル? あ、でも顎のあたりに金玉袋みたいなの無いから違うか……あ、分かった! 全然動かないからヨンユビナマケモノだ! ほら、埃被ったみたいに灰色の体毛なんてそっくり! あれ、でもあいつらウンコする時以外は樹上で生活してるよな……」
「おい」
パタスが連れている猿を手放しで褒めていると、いきなり声がかけられた。
どこからって?
――目の前にいる猿からである。
「え?」
「俺がパタスだ、ウキ」
その瞬間、俺の表情から色が消えた。代わりに目の前でパタスとか名乗る猿が、牙をむき出しにして満面の笑みを浮かべている。
イケメン面の人間を見る。彼はゆっくりと「俺はアバストだ」と言ってきた。
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
俺は静かにそっと目を閉じる。
「バナナいります?」
「殺すぞ」
即答だった。
■
「ウキキ、俺様を知らないってことは、やっぱりオメーがセキュリティってやつか」
どうやらタカマガハラでは、パタスの正体が猿だというのは周知の事実らしかった。
まぁ、当然と言えば当然か。タカマガハラにいる男の大半はボーイ部門だし、必然的にパタスの部下ばっかりとなる。上司の正体ぐらい普通は知っているよな。
フロント部門も同様だ。パタスなんていう実質タカマガハラの権力者みたいな奴、知らないわけがない。
なら、教えてくれよ!!!
こいつが猿だって!!!
「俺様が何用で来たか分かるか?」
「いや、ちょっと存じ上げま――――っうぉ」
そう申し訳なさそうに笑って答えると、パタスはいきなり俺の髪を掴み、そのまま頭部をカウンターテーブルにぶつけた。
え、いきなり何!?
なんで俺暴力振られてんの!?
なにか地雷でも踏んだ!? 確かにペット呼ばわりしたけど!
「覚えがないだと? ウキキ、ふざけてんのか」
「ほ、ほうひぃわれまひへも、うゎはひは……」
「あ”ぁ? 何言ってるか分かんねーよ」
パタスはこめかみに青筋を立てると、無理やり俺の顔を上げさせる。
泣けば許してくれる……という雰囲気では無さそうだな。このまま気が済むまでやらせておけば、タカマガハラへの被害は最小で済むかもしれない。ここはなされるがまま、こいつのやつ当たりに付き合うのが得策だろう。
よかった、シャロちゃんたちを別部屋に置いてきて。俺がボコられる光景なんて、彼女たちにとって目の毒だ。
「俺様の商売を邪魔しておいて、『覚えがありません』で許されるわけねーよなぁ」
「ぐっ」
鳩尾に膝蹴りをくらってしまう。
マジで重てぇ……少しは手加減してくれよ、体格差がありすぎるんだからさ。今のはジャイアンに殴られたときより痛かった。
そう思っているのもつかの間。次は無言で顔面を殴られる。
あ、口の中切れたかも。
「聞いてんのか?」
「はい聞いてます」
「ウキキ、根性だけはあるみたいだな。そういうのは嫌いじゃねーぞ」
と、褒められたところでまた殴られる。
おいおい、どうしろって言うんだよ! 何しても殴られる未来しか見えないんだけど、褒められた気が一切しないんですけど!?
断言する。こいつジャイアンやスイちゃんよりも、俺ルールが強い奴だわ。
「なぁ、オメーのせいで俺様は困ってんだ。売上は先週の半分。消息をたった兵隊も一人いる」
「え、あー……」
絶対カネカスのことだろ。
もしかして、俺あいつのことのせいでも殴られてんのかな。
「聞けばオメー、娼婦が客にボコられたりするのを守ってるらしいな。おかげで一部の上客は金を落とさなくなり、俺様の部下は今までもらっていたチップの量も激減した」
「そうですか。こっちは貴方が部下の教育をしないので、禁止行為のオンパレードで困ってますよ」
「ウキキ、禁止行為だ? 娼婦への暴行が? 聞いたか、アバスト! こいつ本当に頭がおかしいぞ!」
「そのようですね。部下から聞いてましたが、確かにこのセキュリティは頭がおかしいようです」
パタスとその部下のアバストは、声を大にして笑った。
エントランスに響き渡る嘲笑。まるで路地裏に転がるネズミでも見るような侮蔑の眼差し。
流石ボーイ部門のトップということだけはある。娼婦への偏見は、カネカスたちなんかとは比にならないほどのようだ。
「ウキキ、無意味なことをしてやがる。あれらはただの消耗品だぞ。駄目になりゃ、捨てて新しいのに変えればいい。替えの利く品々に、一々目にかけてやる価値もねぇ。セキュリティだか、セールスレディだか知らねーが、ヒーロー気取りの蛮勇はやめとけ。これ以上の痛い目を見るぞ」
ただの消耗品……価値もない、ね。
俺はパタスの言葉をゆっくり咀嚼し、ふっと鼻で笑う。
「知らないね。俺は好きな女に、笑顔でいてほしいだけだ」
「パタス様」
俺の挑発もどきに反応したのはアバストの方だった。いち早く、腰に差していた剣を抜いている。鷹のような鋭い目つきからは、俺を断頭せんとする覚悟が見て取れた。
「待て、アバスト」
だが、それをパタスが止める。
「…………オメー、正気か?」
「……」
「チっ」
パタスの何に気が障ったのか。舌打ちをしたコイツは俺の顔面へ拳を撃ち抜く。何度も何度も。拳が軽くなることは決してなかった。
騒ぎを聞きつけてしまったのか、運悪いことにぞろぞろと娼婦たちが別棟の宿舎から、館を覗きにやってきているのが見えた。まぁ、派手に打撃音とか笑い声とか出てるしな。
幾度も殴られ、俺の顔面が血に染まった時、ようやくパタスの動きが止まった。ゆっくりと拳を降ろし、タカマガハラのエントランスから、入口で野次馬となっている娼婦たちを見る。俺も同じように入り口を見た。
気が付けば、観覧している娼婦たちの数が数十にものぼっている。パタスはそれらから呆れたように視線を外し、ため息をついた。
「ウキキ、無様だな。お前がこれだけ殴られても、あの場にいる消耗品どもは、誰も助けようとすらしねぇ。こいつらに考える脳みそも、働きかける感情もねーんだよ。体を売るような奴が幸せを、自由を、権利を語れると思うか? 底辺の奴はいつまでも搾取され、不必要になれば捨てられる。家畜となんら変わらん。動物の方がまだ賢い。そんな簡単な真理にさえ気が付かない」
「いっそ全員殺して、新生タカマガハラでも作ってみるか?」
その時だ。
パタスの頭上にある影が見えた。
「っ、馬鹿よせ――――シャロちゃん!」