世間は許してくれやせんよ
タカマガハラはこの主要都市にして、最高級の娼館である。
主に貴族や名高い冒険者などが顧客であり、男どもは日々の疲れを癒しにくる。
酒を注ぎ、慰労し、楽園のような時間を満喫する。性欲に溺れた男どもが金を落とし、女はそれを搾取する。金を得る代わりに失うものは多く、また金を失う代わりに得るものも大きい。
本来ならば、このような売春宿は国直轄で管理されて然るべき場所である。何せ性風俗産業は人々の欲が消えない限り、決して廃れることのない産業だからだ。国が経営管理すれば、それだけ莫大な資金を手に入れられるし、また行き過ぎた個人の資金力抑制にも繋がる。
しかし現在のタカマガハラは、オーナーを名乗る魔族の女――スイレン個人によって統治されていた。
多くの貴族を顧客として抱えているため、国も黙殺せざるを得ない状況なのだ。その特質上、公にできない裏社会の者も多く介入しており、その証拠に一つの部門全部がパタスという男が牛耳っている。
まさしく利権戦争だ。国、裏社会、貴族……他にも小さい組織がタカマガハラの利権を欲している。
性風俗産業の頂に立つものこそ、娼館。そして、その頂の先にあるものこそがタカマガハラである。
タカマガハラを手に入れれば絶大な力も手に入る……そのような世迷言すら囁かれるほど、ここは異質な場所だった。
「――俺、そんなやばい場所のセキュリティになっちゃったの?」
「ボス怖い」
「はぁ、本当になんも知らなかったのかよ。やっぱお前ら頭おかしいぜ」
体を治してやったというのに、不遜な態度を崩さないカネカスは血溜まりの床を雑巾で拭いていく。俺とシャロちゃんも、「やべえやべえ」と口にしながら、血を拭き取る手だけは止めなかった。
「カネカスは、そのパスタ?って奴に俺たちを売らなくていいのか」
「ふひひ、まぁ斬られて鬱憤溜まってるし、てめえらを売るのは滅茶苦茶ありだよな」
「やっぱ、こいつバラす?」
「ウォっ」
部屋に立てかけておいた大剣を、いつの間にかカネカスに振り上げているシャロちゃん。
よしなさいって。また床が血まみれになるでしょうが。本当に開店時刻に間に合いませんよ。俺はシャロちゃんの側に近寄って大剣を取り上げた。
「チッ……まぁ俺も定例サボっちまってるからな。顔見せたら普通に殺されるわ、ボケ。まだタカマガハラに篭ってる方が安心安全だ」
「でも、いつ押し入ってくるか分からないってスイちゃん言ってたぞ」
「んな簡単には来ねーよ」
カネカスはある程度の血溜まりを掃除できたのか、ぎゅーと雑巾を空バケツの中で絞ると、そのまま胡座をかいた。そのまま、手慣れた様子で懐から紙と草の入った容器を取り出し、丹精に草を紙に垂らしてから巻いていく。最後に先端部分へ咬口を付ければ、紙巻薬の完成だ。
火を出す魔法具でしゅぼっと紙を燃やせば、カネカスは寛いだ姿勢で一服し始める。
「ふぅ……パタスさんは外部の者だからな、タカマガハラに直接押し入るためには、幾つかクリアするもんがある」
「そのクリアするものって?」
「俺も詳しくはしらねェ。でも、いつもそんな感じの事を言ってたぜ」
もくもくと煙を口から吐き出しながら語られる情報に、俺は真剣に耳を傾ける。
シャロちゃんはというと、獣人特有の嗅覚の良さが裏目に出たのか、ちょっと咳き込んでいた。
うん、ごめんね。もうちょっとだけ、このヤニカスから話を聞かせてね。
「お前が客からチップを貰い続けていたのって、やっぱりパスタと何か関係あったの?」
「んぁ、半分はノルマクリアするためってのはあったな……もう半分は俺が良い思いをしたかったから、ふひひ」
悪びれもなく言ってのけるカネカスに、俺はため息をつくしかできなかった。
そんなこったろうとは思ってたけどね。コイツが善悪をきちんと分別できている男には見えないし。普通、斬られた相手と同じ部屋で寛いだりできねーよ。メンタルがバグってんじゃないのか。
俺がそんな風に思っていると、シャロちゃんの目つきが少し鋭くなった。
「ボス、やっぱこいつ」
「バラしません」
「…………シュン」
目に見えて落ち込むシャロちゃん。
多分だが、さっきこのカネカスを斬りつけたことが、一種の成功体験として身に刻まれたのだろう。前向きに行動できるようになりつつあるのは良いことだけど、ちょっとバイオレンスルートに直行しそうで怖い。
そのうち俺も斬られるかもしれん……逃げる準備だけはしておくか。
「おい、カネカス。一応言っておくが、またシャロちゃんみたいに理不尽なことする客に肩入れしたら、その時は分かるよな」
「あぁ? なんでテメーの言うことを聞かなきゃいけねーんだよ」
「よし、シャロちゃん。やっぱコイツバラして、もう一回直そう」
「サー、ボス」
「っ、わかった! 俺が悪かったから! お前、さっき治すのワザと痛く治しただろう!!? 斬られるより、あっちの方が痛いんだからな!」
そりゃ痛いだろうよ。痛みを感じるやり方で治癒魔法をかけてあげたんだから。腸を結合される時の痛みなんか、すぱっと斬られた時とは非にならないぐらい痛いぞ、舐めんな。
こちとら、あの不器用な幼馴染聖女の実験台として、色々経験してんだよ。場数が違うね。場数が。
「とりあえず、初仕事であった教育はある意味で成功ってことで良いよな」
「俺1人をどうにかしても、第二第三のボーイが――」
「うるさい」
「グゥえ!」
あ、シャロちゃんがまた斬った。
ほのかに嬉しそうに微笑んでるところ大変恐縮なのですが、これって普通に犯罪ですからね?
わかってます、シャロちゃんさん。
カネカスというサンドバッグを手に入れた。
シャロちゃんのバイオレンス度が1あがった。
クラス[バーサーク]を取得。
特に意味はない。