義妹(JK)とラブコメするのは大罪か?
気が付くと俺は、体を椅子に縛り付けられていた。
「一体、何が起こったんだ……?」
呟きながら、辺りをキョロキョロ見回す。
4限目の講義が終わり、学食へ行こうと教室から出たところまでは覚えているんだけど……あっ、そうそう。よく思い出してみれば、その後すぐに何者かに攫われたんだっけ。
こう口元にハンカチを押し当てられて、よくわからない薬品を嗅がされて。
……だいぶ意識もはっきりしてきたぞ。
今いるこの場所だって、全く知らない場所じゃない。
大きなスクリーンに壁一面にズラリと並ぶ文献……間違いない。ここはゼミ室だ。
時間もわかる。現在地もわかる。あとは……この拘束から抜け出すだけだ。
なんとかして縄を解こうと奮闘していると、ゼミ室の中に数人の男子学生たちが入ってきた。
男子学生たちに見覚えがある。なにせ彼らは全員ゼミ生だ。
……え? ってことは、こいつらが俺を攫って椅子に縛り付けた犯人ってこと? 何の為に?
ゼミ生たちは俺を取り囲むように席に着く。すると俺の真正面に座るゼミ生が、代表して口を開いた。
「静粛に」
いや、誰も喋ってねーよ。心の中ではツッコミ満載だけど。
「これより、裁判を開廷する」
「裁判って……ん? ちょっと待て。この状況で裁判ってことは……もしかして、俺が被告人なのか?」
立ち位置や、俺以外拘束されていないというこの現状を踏まえると、そうとしか考えられなかった。
「何を今更。貴様のような極悪人を差し置いて、一体誰が被告人と言えようか?」
知らねーよ。自分が極悪人だという自覚すらなかったわ。
「貴様の有罪は確定している。故にこの裁判は量刑を審議するものだと考えてもらいたい。……先に言っておくが、下限は極刑だ」
「え? 一般的にそれ以上の罰って存在するの?」
彼ら曰く、俺の死は確定事項らしい。
しかし、何か万死に値する行ないをした覚えなんて、まるでなかった。
「一体俺が何をしたって言うんだよ? こうして裁判にかけられる理由なんてない筈だぞ」
「この期に及んで未だ自身の罪を理解していないとは……。良いだろう。原告よ、罪状を読み上げてやれ」
「はい」
そう言って原告……役のゼミ生が立ち上がる。
因みに裁判と言いながら、俺に弁護人はいない。四方八方敵だらけだ。
「被告人の罪状、それは傷害罪です」
「傷害罪?」
ますます身に覚えがない。
俺は非暴力主義だ。喧嘩はおろか、人を殴ったことすらない。
だから誰かを傷つけたなんて、あり得ない筈だ。
原告役は続ける。
「こちらをご覧下さい」
原告役は一枚の写真を、スクリーンに表示させる。スクリーンに写し出されたのは……俺が義妹と一緒に買い物に行っている写真だった。
「被告人、この写真に見覚えはあるか?」
「まぁ。これ、先週末の写真だろ?」
先週末義妹に連れられて、ショッピングモールに足を運んだ。これはその時撮られたものだ。
「覚えているのなら、話は早い。被告人の罪、それは――可愛い義妹に手を出し、我々の心を踏み躙った罪です!」
「何それ!? 明らかに濡れ衣なんだけど!」
今度ばかりは、ツッコまざるを得なかった。
「濡れ衣? 物証があるというのに、それでもまだ言い逃れをするのか?」
「いや、物証も何も、ただ義妹と買い物行っただけじゃん。俺何も悪いことしてないじゃん」
「黙れ! 義妹であることを口実に女子高生に手を出すなんて、大人として恥ずかしいと思わないのか!」
嫉妬心だけでこんなことするお前らの方が、よっぽど恥ずかしいよ。
「これ以上の言い争いは埒があかないな。それではこれより! 被告人・千島鉄二の『義妹(JK)とイチャイチャしていた罪』の裁判を執り行う!」
『おぉ!』と、野太い賛成の声が上がる。静粛さはどこへやら。
……しかしこの裁判は、俺にとって非常に不利なものになるな。
不利な理由はいくつかある。
まずはこの場にいる俺以外の全ての人間が、敵であるということ。しかも彼らの中では極刑以上の罰を与えることは確定しており、こちらの言い分を聞く気など微塵もない。
二つ目は、この場にいる全ての人間が彼女なしの童貞野郎であること。彼らは勝手に『非リア同盟』などという悲しい同盟を締結しており、抜け駆けして彼女を作った者に容赦をしないのだ。
女に飢えたこの蛮族共の辞書に、情状酌量という文字はない。
最後にして最大の理由は……俺が本当に、義妹に対して恋心を抱いていることだった。
◇
義妹の愛里紗と初めて会ったのは、高校生の頃だった。
これまで女手一つで俺を育ててくれた母が、突然「再婚したい」と言い始めたのだ。
「母さんはね、あなたの母親である前に、一人の女なのよ……」
父と離婚して約10年。新たな恋をして再出発をするのは良いと思う。母さんが幸せになってくれるなら、俺だって嬉しいわけだし。
……勝負下着を握り締めながら「一人の女」発言は、しないで欲しかったけど。
再婚相手との顔合わせの日、義父と共にやって来たのが、愛里紗だった。
愛里紗は俺の2個下で、当時はまだ中学生だった。
それでいて俺よりしっかりしており、初対面の俺に対しても毅然とした態度で「これからよろしくお願いします」と微笑んでくれた。
白状すると、その笑顔に一目惚れしたんだと思う。
顔合わせから1ヶ月後には、義父と愛里紗との同居生活が始まる。
晴れて愛里紗が義妹になったわけだが、つい先日まで赤の他人だったのだ。いきなり「家族」として見られるわけがない。
例えば、下着姿なんてそうだ。
母さんが勝負下着を握り締めているところを見たって、何も感じない。だけど、義妹は違う。
同居生活が始まって数日が経った頃、俺はうっかり愛里紗が着替えているところを目撃してしまったのだ。
その日俺は友人の家に泊まる予定だった。だから愛里紗もつい脱衣所の鍵を閉め忘れてしまったのだろう。
手洗いうがいをするべく脱衣所に入ったら、丁度愛里紗が下着を穿いているところで。
「にっ、義兄さん!? 友達の家に泊まるんじゃなかったの!?」
「そのつもりだったんだけど……急にそいつに予定が出来て……」
本来なら、慌てて脱衣所から出るべきだったのかもしれない。
しかし好きな女の子の下着姿は、母親のそれとは違う。何も感じないわけがない。
俺は思わず、愛里紗に見惚れてしまった。
俺の視線に気付いた愛里紗が、慌ててバスタオルで体を隠す。
「そっ、その! いつもはもっと、可愛いの穿いてるから!」
「そっ、そうなのか?」
何だよ、「そうなのか」って? もっと気の利いた返しがあったろうに。
「そうだよ。今日はその、義兄さんがいないと思って油断したというか……もうっ! 帰ってきた義兄さんが悪いんだからねっ!」
理不尽に怒る姿も、可愛いと思えてしまう。……マズいな。かなり重症みたいだ。
しかしこれから家族として一緒に生活し続ければ、次第に愛里紗を「一人の女性」ではなく「義妹」として見られるようになってくるだろう。
下着姿にだって、興奮しなくなる筈だ。
……そう、思っていた。
しかし、実際はどうだろうか? 二十歳になり、大人になったところで愛里紗への恋心は変わらない。
いや、それどころか募る想いはあの頃より大きくなっている気がする。
だけど、この気持ちを口にするわけにはいかない。
女子高生の、それも義妹とのラブコメは……確かに許されざる大罪なのかもしれない。
◇
ゼミ室にて。
世界一くだらない裁判は、滞りなく進んでいく。
しかしそれは、決して良いこととは言えない。
滞りなく進むということは、俺の罪に対する議論がないということで。つまり有罪=極刑という彼らの意見に、変わりがないということなのだ。
「さて。これまでの裁判の流れを考えるに、千島被告の極刑は揺るがないものになっている」
裁判長役が言うと、周囲からは「そうだそうだ!」、「やっちまえー!」という野次が飛んでくる。……傍聴席は、お静かに!
「気持ちはわかるが、静粛に! ……しかしここで千島被告の弁明を聞こうじゃないか。彼の言い訳や反省を聞けば、我々の気持ちも変わるかもしれない」
「言い訳に反省って……」
それってやっぱり俺の有罪は確定じゃん。気持ち変えるつもりゼロじゃん。
だけど素直に罰を受けるのも癪なので、俺は最後まで抵抗することにした。
「俺は愛里紗……義妹と付き合っていない。だからこの裁判自体間違っているんだと、何度も言っているだろう?」
「まだそんなことをほざくとは……良いだろう。お前が言い逃れ出来ないよう、証人を呼ぼうじゃないか」
「入れ」と裁判長役が言うと、証人がゼミ室に入室する。
入ってきたのは……他ならぬ愛里紗だった。
「愛里紗!? 何でここに!?」
「大学見学で来たんだけど……そしたら「お義兄さんいるから、ちょっと寄って行かない?」って誘われちゃった」
こいつら、俺を口実に愛里紗を連れ込むつもりだったんだな。愛里紗に変なことしようものなら、今度は俺の方から彼らに罰を与えるとしよう。
「あっ、そうだ。義兄さん、あとで学食に案内してよ。お昼奢って」
「奢るって、お前なぁ……」
「お願〜い」
「……仕方ないな。給料日前であんまりお金ないから、そこまで高いのはなしな」
「やった! 義兄さん大好き♡」
「はいはい、俺も愛里紗が好きですよ。……って、はっ!」
ついいつものノリで会話してしまったけど、そういえばここは自宅じゃないんだった。
今俺たちがいるのはゼミ室で、しかも周囲には嫉妬で人を裁こうとするような人間たちがいる。
案の定、ゼミ生からは溢れんばかりの殺気が漏れ出していた。
「そこの二人、イチャイチャはそこまでにするように。……裁判長、千島被告の刑を、更に重くするよう進言します」
「進言を認めます。千島鉄二許すまじ」
おい、裁判長。今更だが、私怨が隠しきれてないぞ。
「証人に尋ねます。あなたはお義兄さんと付き合っている。そうですね?」
「え? 違いますけど?」
俺と愛里紗は恋人同士じゃないので、当然彼女は否定する。
証人が否定しているんだ。これでこの裁判は一転し、俺は無罪になるだろう。
そう思っていたんだが……愛里紗が続けて、予想外の一言を口にする。
「だって、私が義兄さんに片思いしているだけだもの」
『!?』
愛里紗のカミングアウトに、周囲だけでなく俺も驚く。
「えーと、それはお義兄さんが好きってことかな?」
「はい、そうですけど」
「義妹として?」
「いいえ、一人の女として。likeじゃなくてloveです」
「えいっ」と、愛里紗は俺に抱き着いてくる。
「言っておくけど、私義兄さんを家族として見たことなんて、一度もないから。初めて会った時から、私は義兄さんに恋をしているから」
……そんなの、俺だって一緒だよ。
愛里紗がそんな風に思ってくれているなんて知らなかったから、俺はいつも彼女を家族として見ようと努力していた。でも、多分一度も家族として見れたことなんてないんだと思う。
「ねぇ、義兄さん。義兄さんにとって、私って何? だだの義妹? それとも……好きな人?」
「……そのどちらでもないさ。俺にとってお前は――大好きな女の子だよ」
ゴホン。愛を確かめ合う俺たちを見かねたのか、裁判長が咳払いをする。
……そうだった。まだ俺は、裁判にかけられている途中だったんだ。
散々無罪を主張してきたわけだけど、もう言い訳は出来ないな。現行犯で、俺は有罪だ。
一体どんな罰を受けることになるんだろうか? 取り敢えず、来世でも愛里紗と出会って結ばれたいな。そう思いながら、身構えていると、
「判決を言い渡す! 被告・千島鉄二は……義妹のことを幸せにすること!」
……何だかんだ言っても、こいつら良い奴なんだよな。
義妹とラブコメするのは大罪か? きっと、大罪だ。
だからその罪を、俺は一生かけて償っていくとしよう。




