4. 試練
それから三年。徐福と葛勝は航海術を身につけるため、貿易船の航海に同行した。主には中国大陸の沿岸域だが、時には韓半島や台湾、ベトナムまで往来した。
時には船が難破し、板切れに掴まり荒れた海を漂流したこともあった。またある時には、水先案内人も知らない未知の島に漂着した。そんな時、葛勝と知恵を出し合いつつ協力し、どうにか帰還することができた。
この生死をかけた経験で、葛勝との絆を深めた。また、二人は船乗り達の知識や彼ら自身の体験、それに方士としての知識を組み合わせて、当時としては最高レベルの航海術を編み出した。
しかし残念ながら、葛孔から聞いた越へは、行く機会が得られなかった。葛孔の話でも内密とされていた「越」の事だ。恐らく、中国大陸との交易は避けているのだろう。
ただし、韓半島では、東の海に広がる島にあるという、倭という国の話を聞いた。倭とは古くは中国大陸沿岸部に勢力があった九つの部族の一つで、太古の王朝「殷」に協力していた。殷が滅んだ時に一緒に滅亡したと思われていたのだが、東の島へ逃れたのだろうか?葛遊が話したとされた「越」の話とよく似ている。
韓半島の人々と倭の人々は、交易をしているらしい。だから、秦の沿岸部を北上し、韓半島に沿って航海すれば、倭国や越国のある島に辿り着ける。その島の東の果てに、蓬莱があるのだろう。かなり、蓬莱への道筋が見えて来た。
この三年間、徐福と葛勝は様々な船に乗った。平底船に丸底船、主に漕ぎ手で進む船や主として帆走する船。平底船は凪いだ海や河川では安定するが、少し波が出ると海ではとても不安定だ。また、漕ぎ手の体力は連続では半日持たない。長期間の航行では帆走を主としなければ厳しい。
そうなると、気象条件も重要だ。海が荒れる冬や初春には出航出来ない。春から初夏にかけては東風が吹き、帆走が難しい。夏から秋にかけては西風が吹き、東へ向かう徐福の目的には沿うが、時折嵐が来る。すると、嵐を避けながら、夏から秋の間に出航する事になるのだろうか?
会稽の夏はとんでもなく暑い。そんな時に出航の準備をするのは大変だが、嵐を避けて西風を捉えるのが優先だ。やむを得まい。
会稽の葛孔家を出て三年後、徐福は葛勝と共に再び門の前に立った。門が開くと家の中には人の気配が無く、葛孔のみ門内で徐福を待っていた。葛孔は葛勝に、自分の背後で控えているように命じると、徐福に言った。
「貴殿は方士であり当家も方士の家である。そこで、今後の儀礼を進めるにあたり、徐福殿の方士としての能力をテストさせて頂きたい。」
「良いでしょう。」
「徐福殿、貴方はこの家に入った後、前か左右の扉の一つだけを開けることが許され、戻る事は許されない。最終的に選択は三つある。彭明殿との結婚、彭明殿との決別、あるいは我らとの決別だ。さて、どうなさる?」
「私はこれから、乾坤一擲の大勝負に挑まねばなりません。葛孔殿がそう申されるのでしたら、そのテストは受けて立たねばなりません。」
「良いだろう。では、始められるが良い。」
徐福は目礼すると、葛孔の家に入った。三年の内に改装されていたようで、以前とは間取りが変わっていた。葛孔のテストで「彭明との結婚」へ進むためには、よほど慎重に進む必要がある。そこで、徐福は慎重に占いながら扉を開けて行った。扉を開けて室内に入ると、また次の複数の扉が現れる。徐福は背に冷たい汗を感じながら、緊張の糸が切れないよう集中して占いを続けた。
しかし、進みながら徐福は、ふと思った。彭明はどこにいるのだろう? 彭明の気配に気付けば、そこへ向かうのは容易ではないだろうか? 恐らく、彭明も徐福を呼んでいるのではないだろうか?
そう思い至ってからは、全く迷いは無くなった。彭明を感じて導かれるように、次々と扉を開けて行く。そうして、十二番目の扉を開けた時、そこに彭明が待っていた。
美衣を身に纏った彭明は、まだあどけなさを残しつつも、美しく成長していた。幼女だった彭明しか知らない徐福は、羽化して蝶と化した彭明を見て、言葉が出なかった。
そんな徐福を見た彭明は、笑顔で、
「おかえりなさい、徐福さま。この三年間、葛孔さまに良くして頂きました。」
徐福は頷いた。そこで彭明は、
「こんな私でも少しは成長したと思います。徐福さまがよろしければ、側女にでもして頂けると嬉しいのですが、いかがですか?」
と言うと、くるりと回って見せた。
徐福は彭明の美しさと色香に戸惑い、目眩がした。しかし、首を振った。
「彭明は、我が師の娘だ。側女にするのは畏れ多い。」
「では、徐福さまのお側に置いて頂け無いのでしょうか?」
彭明は悲しそうに徐福を見上げた。
徐福は再び首を振った。
「彭明がいなければ、私はここに居なかった。既に、貴女は私の一部だ。」
今度は、徐福の意図が解らず、彭明が首を傾げた。
「私の妻になってくれないか?もちろん三年前に言ったように、これから行く蓬莱にも、是非一緒に来て欲しい。」
徐福は、自分を見上げていた彭明の目に、涙が光るのを見た。それと気づいた彭明は、しばらく涙を隠す様に俯いた。しかし、その後涙を拭って顔を上げ、声を詰まらせながら笑顔で言った。
「ふつつか者ですが、よろしくお願い致します。もちろん、どこまでもお供させてください。」
二人は三年ぶりに抱擁し、初めて唇を重ねた。
次話は最終話「伝説へ」の予定です。
明日公開できるように、現在推敲中です。
もうしばらくお待ち下さい。