94.会話 抱き枕の話
本日もこんばんは。
夜に読んでいる方はそろそろ寝る頃でしょうか? 抱き枕を横にお読みください。
「あの……、ついこの間も同じようなシチュエーションがありませんでしたっけ……」
「あの時、悪かったひとは誰でしたっけ」
「ぼくですね……。そして今回もぼくですね……。いや! 今回は悪いことをしたわけではありませんよ。夜中、人肌が恋しくなって勇者さんの布団に潜り込み、勇者さんを抱き枕にして眠り、例のごとくぼくの寝起きが悪くてガマンの限界がきた勇者さんが怒りのパンチを食らわせてきた――ってあれ? ぼくが悪いんでしょうか……?」
「二十歩譲って、布団に潜り込んできたのは許すとして」
「以前よりは歩数が増えましたね」
「人様を抱き枕にして起こされても全然起きずがっちりホールドして身動きひとつさせず夜中に目を覚まし睡眠不足にさせたことに対して謝罪の言葉を求めます」
「息継ぎしないと死にますよ?」
「うるせえんですよ。こちとら馬鹿力で拘束されて呼吸困難に陥り危うく死にかけたんですからね。息継ぎがどうしたってんですよ」
「す、すみませんでした。ぼくはむしろ勇者さんとくっついて寝られてぐっすりでしたけど――ひぇっ‼ す、すみません黙ります」
「魔王さんの馬鹿力は人間を簡単に殺せるほどのパワーなんです。そこんとこ、しっかりわかっていただかないと私の命がいくつあっても足りませんよ」
「ごめんなさい。眠っていると加減ができなくて」
「起きている時は加減ができるということですか? 普段のあれは意図的ってことですか? 意図的ですよね? 殴っていいですか?」
「ああでもしないと、勇者さんはぼくに構ってくれないじゃないですかぁ」
「ああいうことされると余計に構いたくなくなるんですよ。自業自得です」
「では、素直に言えばいいということですか? 勇者さん、抱き枕にさせてください!」
「お断りします」
「お断るじゃないですかぁ……」
「寝ている時に自分以外の存在が近くにいるという事実に耐えられません。人肌に……人じゃないけど、触れ合うというのがもうだめなんです。ぞわっとします」
「つるすべ肌なのに? こんなにもちふわなのに?」
「肌質の問題ではなくてですね、人肌が無理なんですよ。自分の肌もいやです」
「ええええ~……。不思議なことをおっしゃる……」
「そんな残念そうな顔をしてもだめです。ご自分のベッドで寝てください」
「ぼくは人肌が恋しいです」
「その辺の人間でも攫ってきて強引に寝たらいいじゃないですか」
「完全に犯罪ですよね?」
「魔王なんですし、人間くらい攫ってきなさい」
「くらいってなんですか、くらいって。命大事!」
「満足したら返せばいいんですよ。悪いと思うなら札束でも握らせて」
「裏世界の住人のすることですよ」
「裏世界の支配者、魔王。それっぽいですよ」
「いやですよう。やるとしてもちゃんと説明し、同意書を書いていただき、前払いし、懇切丁寧に接し、最寄り駅まで送るくらいはします」
「ホワイトすぎておもしろくないですね」
「見た目通りです。えへん」
「自由に変えられるくせによく言う。そこまでして抱き枕がほしいなら、ぬいぐるみでもいいでしょう。前に、ポシェットから大きなぬいぐるみが出てきたの覚えていますよ」
「ふふん……。わかってないですねぇ。抱き枕はなんでもいいわけではありません」
「うわ、腹立つ顔」
「お気に入りの抱き枕によってもたらされる極上の睡眠。それこそが、ぼくが求め続けてきた睡眠なのです」
「へえー」
「目が明後日の方向を……。ぼ、ぼくは見つけたんです。極上の睡眠。最高の抱き枕!」
「まさかと思いますが、私ですか?」
「はいっ。その通りで――ひぎゃぁ⁉ い、いったぁぁ……ぅぅ……」
「寝言は寝て言えと先人たちは言いました。なので寝てください。永遠に」
「永眠を求められているぅ……。どうして怒るんですか。名誉なことですよ」
「食べられないものに価値はない」
「暴論。それでは、ぼくにぬいぐるみを抱いて寝ろとおっしゃいますか」
「儚げ美少女がぬいぐるみを抱いて寝る図。ギャップ萌えでいいでしょう」
「無表情で言うのやめてください」
「人肌よりふわふわのぬいぐるみの方がいいと思うんですけど」
「ぼくは人肌派です」
「変態っぽいですね」
「オブラートって言葉知ってます?」
「そういうわけで、これからはぬいぐるみを潰すようにしてくださいね」
「いやですよう。勇者さんと一緒に寝たい~。ふたりベッド~」
「もはや一緒に寝たいだけでは……。あ、それならいい案がありますよ」
「なんですか?」
「この案なら、私と一緒に寝られて抱き枕もついてきます」
「ふむふむ。それは?」
「ぬいぐるみの中に私が入る」
お読みいただきありがとうございました。
綿を取り出そうと剣を持ったら例の馬鹿力で止められた勇者さん。
勇者「きぐるみはどうです? 似たようなもんでしょう」
魔王「あれ着て寝られる人がいるとは思えません。朝になったら死んでいますよ」
勇者「ファンシーな棺桶ってことで――」
魔王「よくない!」