92.会話 きぐるみの話
本日もこんばんは。
きぐるみ、かわいいかこわいか、みなさんはどちらでしょうか。
ホラー映画では息をするように襲ってきますよね。いつも返り討ちにしたいと思っています。
そんな話です(違います)。
「あの……、ぼくが全面的に百パーセント確実に絶対的に完璧にどう考えても悪かったので、その剣を下ろしていただけると……うれしいのですが……」
「この際ですし、ついでに殺っておくのもいいかと」
「す、すみませんでしたってばぁ~……。ちょっと驚かせようと思っただけで、悪気は更々毛頭微塵も毛ほども欠片も全然ないんです~」
「寝ているところにのっそりやって来たかと思えば、きぐるみを着て無言のまま迫りくるなんてどういう了見ですか。寝起きゆえ働かない思考と薄れた警戒心のせいで、とんでもない驚き方をしてしまい一生の恥です」
「寝起きであれだけ動けたらむしろ誇っていいレベル……」
「何か?」
「すっ、すみませんんんん……。ですが、一生の恥だなんて、全然恥ずかしくない行動でしたよ。むしろぼくが驚くくらいの的確で適切な行動だったかと」
「うれしくないです」
「ふだんはのんびりぐーたらなのに、先ほどの勇者さんときたら、一瞬で飛び起きるとすぐさま剣を手に戦闘モードに入りましたもんね。素晴らしく無駄のない動作でしたよ。俊敏かつ滑らかな身体能力、寸分の隙もない魔法発動、確実に敵の急所を狙う機動力などなど。いやぁ、おみそれしました。というか、ぼくと戦った時もこんな勇者らしいことをしなかったような……?」
「いちいち言葉で説明しなくていいんですよ。恥ずかしいったらありません」
「かっこよかったのに」
「話を逸らそうとしないでください。それ、なんですか?」
「きぐるみです!」
「元気な返事。なんでそんなもの着たんですか」
「勇者さんをびっくりさせようと思いまして。きぐるみも勇者さんの好きなワンちゃんにしたんですよ」
「無言で、迫ってきて、コケて、私のところに、ダイブしたことについて、言い訳はありますか? 聞いてやらないこともありませんよ」
「あ、あのそれは……、その……。ほんとうは『勇者さん!』とお声がけをするつもりだったんですけど、きぐるみが思ったより着にくくて頭がパニックになり、視界も悪くて前が見えず……。動かしにくくて足がもつれてしまい……」
「ぜんっぜんだめですね。そういうのはすぐ脱げばいいんですよ」
「ぬ、脱げなくて……」
「はい?」
「どこかが引っかかったようで、ひとりじゃ脱げなくてですね……えへへ……」
「あー……。だからさっき、頭をぶん取った時に悲鳴を上げていたんですね」
「激痛を伴いましたが、助かりました」
「捨て身のどっきりですね。二度とやらないでください」
「は、はーい……。ですが、せっかくレンタルしてきたので、勇者さんも一度着て――」
「いやです」
「はやい。なんでですかぁ。かわいいでしょう?」
「正直、それをかわいいと思う気持ちがわかりません。不気味で仕方ありませんよ」
「こどもには人気だと思うのですが。不気味ですかね?」
「大きな背丈、虚ろな目、変わらない表情、のっそりとした動き……。どれをとっても不気味です。恐怖です。近づきたくないです」
「そ、そうですか。そこまでおっしゃるのなら、無理強いはしません。ぼくとしては、おっきなぬいぐるみみたいでかわいいと思ったんですが……」
「早いとこ返却してきてください。視界の隅に映るだけでも気味が悪いです。誰も入っていないのに動き出しそうで……」
「ホラー映画の観過ぎですよ。魔法もかけていないのに、勝手に動くわけないじゃないですか。それじゃあぼく、返してきますね」
「はい。……あの、返しに行くのにどうしてまた着ているんです」
「こうしないと持っていけないでしょう?」
「魔法で浮かせればいいのでは」
「ハッ、もっとはやく言ってくださいよう。着ちゃったじゃないですかぁ……」
「そう言われましても。脱げばいいだけでしょう」
「そうですけど……むむ。うんんんん……あへぁ……」
「なんですか。みっともない声ですね」
「また引っかかったようです……。脱げません……」
「はあ……。私が首と胴体を分けて差し上げるので、切れたら出てきてください」
「わかりまし――せん! わかりません。ナチュラル人体切断ですね。やだぁ」
「動かないでください。うまく斬れないでしょう」
「ほらぁ、斬るって言ってる。あ、逃げようとしてもうまく動けな――ひゃあ⁉」
「動くなと言っているでしょう」
「いつもより勇者さんの殺意が増している気がする……」
「その不気味なきぐるみごとあの世に送ってやります」
「だ、だめですよ。きぐるみを壊したら弁償しなきゃいけないでしょう」
「頭を外したら頭も外れる。きぐるみの醍醐味です」
「お店の人が失神する気しかしませんが……」
「中からは大量の血液……ええと、いちごソースが」
「言い直してもだめですからね?」
お読みいただきありがとうございました。
返却されたきぐるみには大量のいちごソースが……かかっていたとかいなかったとか。
勇者「いちごソースはもったいないのでやっぱり血にしましょう」
魔王「ぼくはいちごソースに負けるんですか」
勇者「いやなら血糊を買ってきてください」
魔王「斬らなきゃいい話ですよね?」




