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89.会話 洋館の話

本日もこんばんは。

洋館ってロマンがありますよね。事件が起きたり、ゾンビが出てきたり。羊羹にはマロンがありますよね。

「いやー、突然の大雨で大変でしたね。ちょうどよく洋館があって助かりました。少しだけ雨宿りさせていただきましょう」

「こんな森の中に建物があるものなんですね。機材や材料を運ぶのも一苦労だろうに、人間はつくづく欲深い生き物です」

「何視点のセリフですか? 風邪引いちゃいますから、はやくこっちに来てください」

「雨宿りするだけなら軒下でじゅうぶんですよ」

「日暮れが近づいて気温が低くなってきているんです。風も冷たいですし、中に入れていただく方がいいですよ」

「欲深い人間とは関わりたくない……」

「食欲と睡眠欲にかんしては、勇者さん以上に欲深い人はそういませんよ」

「私から食欲と睡眠欲を取ったらあとに何も残りませんよ」

「骨と肉?」

「物理的な残りものですこと……ん? 魔王さん、いつの間に扉を開けたんですか」

「へ? ぼくは触っていませんよ。おかしいですね。もしや建付けが悪いのでしょうか。欠陥住宅の可能性があります。家主にお知らせしなければ」

「てっきり魔王さんの馬鹿力で壊したのかと思いました。あ、ちょっと、勝手に入っていいんですか?」

「開いていますし、ちゃんと呼びかけて行きますから」

「不法侵入とみなされて罰金払えなんて言われたら剣を抜く可能性があるので私はここで待っていま――うぐっ。ひ、引っ張るなこら。服が伸びるやめろこら」

「それでは、お邪魔しまーす。おや? 古びていますがいい洋館ですねぇ~。照明も素敵ですし、ちょっと理解できない絵画も乙です。すみませーん、どなたかいらっしゃいますか~? 雨宿りをさせていただきたいのですが~」

「どうにも人の気配がありませんね。部屋にこもっているのでしょうか。ニートかな」

「ニートなら家全体の電気をつけたりしませんよ。本物は一室を居住空間にするはずです」

「謎の偏見ですね。ところで魔王さん、家主を探すついでに中を探索しませんか? ちょうど小腹もすいてきましたし、キッチンで食糧を拝借したりなどをしたいです」

「などもなにも、選択肢がひとつしかありませんけど。あと、勝手に食べるとそれこそ犯罪ですからね」

「賞味期限切れのものならセーフですよ。それではキッチンに行きましょう」

「家主を探す気ありませんよね」

「ここは物置っぽいですね。ここは居間かな。ここは応接室だか接待部屋だか。無駄に豪華ですね。けっ、金持ちめ。ここは……、やりました、キッチンです」

「途中、お口が悪かったのを見逃しませんよ。そして、実家のようにずけずけと入るのはやめてください。ここは見知らぬ人のお宅ですからね。あっ、自然な動作で冷蔵庫を開けるな! 勇者さん!」

「なんだか効きの悪い冷蔵庫ですねぇ。中身腐っちゃいますよ。それに、あんまり入っていない――お、魔王さん、古びた羊羹がありますよ」

「そりゃあ、ここは古びた洋館ですからね」

「ちょっとカビっぽいですが、まあ平気でしょう」

「じめじめしていますし、カビくらい生えますよ。お掃除しないと体に悪いですけど」

「でも、独特な味があっていい感じです」

「古き良きって感じですよね。趣がなんたら」

「あー、でも、さすがに酸っぱいかもしれません」

「そうですね、古いものは酸っぱい――って、酸っぱい? なに食べているんですか、勇者さん! ぺっしてください、ぺっ‼」

「お腹を壊す予感がしました。うわっ、ほっへをひっはらないへくらはい」

「絶っっっっ対飲み込んじゃだめですよ! はい、出して!」

「もー、やかましいですよ。ここまで腐ったものはさすがの私も食べませんって」

「洋館の話をしているかと思ったんですよう……。焦ったぁ……。腐ったものもなにも、この冷蔵庫、電源ついていませんよ。腐るに決まっています」

「まじですか? さっきは動いてるように見えたんですけど」

「それに、ずいぶん埃も溜まっていて衛生的にもよくないです。勇者さんに悪影響です。はやく出ましょう」

「他に食べ物もなさそうですし、賛成です。……あれ、こんなに廊下暗かったですか?」

「まさか。電気がしっかりついていましたよ。大雨で停電しちゃったのかもしれませんね。えーっと、ロウソク、懐中電灯、マッチはどこでしたっけ」

「そのラインナップなら懐中電灯だけでいいと思いますが」

「では、勇者さんに懐中電灯を。ぼくはロウソクで灯りを――おや? いま、人影がありませんでした?」

「玄関前にいましたね。家主でしょうか。一応めんどうですが仕方なし嫌々挨拶に行きますか」

「イヤそうですねぇ。ぼくの後ろにいてもいいですよ。すみませーん、勝手に入ってしまってごめんなさい。ぼくたち雨宿りに――ありゃ? いないですね」

「外に出たのかもしれませんね。台風の時に田んぼを見に行くおじいさんのノリで」

「危ないのでやっちゃだめですよ。えーっと、外に行ったならぼくが挨拶に――んん? おかしいですねぇ。扉が開きません」

「ああ、鍵をかけに来たってことですか。建付け悪いですし、勢い余って開いたら悲惨なことになりますもんね」

「いえ、鍵はかかっていないようです」

「どゆことですか」

「鍵がかかっていないのに開かないんですよ」

「それはもう、建付けが悪いとかの話じゃないですよ。建築業者に殴り込み行くレベルの欠陥ですよ。金返せ――けほっ。うー、埃っぽいなぁ」

「だいじょうぶですか? あんまり深く吸わない方がいいですよ。肺が悪くなるかもしれません」

「扉は欠陥だし、電気はつかないし、羊羹は古びてるし、埃っぽいし、家主はニートだし、大雨だし……。いいことないですね」

「うーん……? なんだかおかしい……?」

「腹立ってきたので勝手にベッドでも借りて寝ましょう。もう疲れまし――うわっ!」

「あぶなっ……い! だ、だいじょうぶですか? お怪我は?」

「魔王さんが手首をキャッチしてくださったのでなんともないです。まさか床が抜けるとは……。欠陥もほどほどにしろってんです。この家を建てたやつはどこのどいつですか。訴えてやる」

「いや、これは欠陥というより老朽ですよ。ほらここ。足で体重をかけると若干沈むでしょう? 至るところが傷んでいるようです。そこから考えるに、この洋館、かなりの年数が経過しているはずです」

「おんぼろでも住めるものなんですね。ニートだから老朽に気が付いていない説かも」

「そのニートさん、もしかしたら存在しないかもですよ」

「誰にも認知されずに透明化してしまったんですか。現代社会の闇ですね」

「そうではなく、そもそもこの洋館には誰もいないんですよ」

「つまり……、どゆことですか」

「キメ顔して言わないでください。探索している時に思ったんですけど、人間がいる気配がなかったんですよ。気のせいかと思ったんですけど、勇者さん以外の生命体を感知できないので、おそらくは……」

「おそらくは?」

「この洋館のすべてがまやかしかもしれませんね」

「あの羊羹も⁉」

「そこまで驚きます?」

「あの酸っぱさはまやかしなんかじゃない……! 絶対に!」

「ぼくとしてはまやかしの方がありがたいです。勇者さんのお腹のために」

「まやかしはいいとして、これからどうします? 扉は開かなかったですし、暗いし。あ、扉が開かないのもまやかしですか?」

「でしょうね。ぼくとしては何があるかわからない洋館で一夜を明かすのはおすすめできません。ぼくのアイテムを使ってガマンしていただくのでも構いませんか?」

「生きた人間がいないなら、ここでも構いませんけど。むしろうれしいです」

「暗いのはともかく、埃っぽさが勇者さんに悪いんですよ」

「寝る場所だけ掃除すればだいじょうぶです。多少手間がかかりますが、この大雨ですし、外で過ごす方が大変ですよ」

「そう……ですね。では、寝られる場所を探しに行きましょうか」

「…………」

「勇者さん?」

「いま、二階に誰かいたような」

「まやかしでしょうか――って、なんで走り出すんですか⁉」

「捕まえて羊羹を腐らせたことを後悔させてやります。食べ物は大事にしろ!」

「趣旨が変わっています! 走るの速いですね!」

「待てこらぁ! 逃げるなニート! その部屋か! お邪魔しますこんにちはよくも羊羹を腐らせましたね腹を切ってお詫びしてくださいこのやろう!」

「お口が悪いですよ! ……って、このお部屋は……」

「寝室ですね。ですが、先客がいたようです」

「そのようですね。眠りを妨げるのはよくありませんし、出ましょうか」

「勝手に羊羹食べちゃってすみませんでした。諸々をお詫びします。それでは」

「ちゃんと謝れて偉いですね」

「一応、勇者なので。それに、返事が返ってくることはありませんから」

「あのガイコツさんはやっぱり家主さんでしょうか」

「たぶん。そうじゃなくても関係ありませんけど。今の私に必要なのは別の寝室、もしくは布団ですから」

「年月が経った布団はちょっと……。今から干すわけにもいきませんし、雨漏りのないお部屋でガマンしましょう」

「雨で濡れて寒いんです。せめてタオルとか、羽毛布団とか」

「手持ちのタオルを使ってくださいよう」

「運悪く全部濡れたんですよ。ドライヤーないかなぁ」

「それにしても、あのまやかしはなんだったんでしょうね」

「……死んだ人の想いなんてわかりはしませんよ。弔ってほしければドライヤーと羽毛布団と食事とタオルを寄越してください」

「勇者のセリフとは思えませんね」

「それより、他に寝室ないんですかね? 探しても見つかりません」

「家主がいた部屋のみのようですね。諦めて別の部屋で――ってなんで走るんですか!」

「さっきの家主のところに行くんですよ」

「なにゆえ!」

「使ってる布団借りに」

お読みいただきありがとうございました。

結局、魔王さんに阻止された勇者さんはふたり(無理やり)寄り添って寝たようです。例の馬鹿力で逃げられない勇者さんでした。


勇者「はー、やっと朝ですか。あれ、洋館がなくなってる……」

魔王「不思議な洋館でしたね」

勇者「洋館はいらないから羊羹がほしい……」

魔王「朝になったというのに冷えますねぇ……」

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