88.会話 こんにゃくの話
本日もこんばんは。
こんにゃくの話です。もはや意味わかりませんね。どうがんばって説明してもこんにゃくの話としか言いようがありません。
31話『食べ物の話』を読んでいるとわかる部分があります。読んでいなくても問題ありません。
「魔王さん、これあげます」
「ありがとうございます。なんですか――って、こんにゃくぁぁぁぁぁぅぁぅぅぅ⁉」
「ほんとうに愉快な反応ですね。ただのこんにゃくなのに」
「だめなんですよう……。こんにゃくだけはぁぁぁぁぁぅぅうぅぁぁあああ……」
「食感がだめとか言っていましたね。口につっこんでいいですか?」
「死んじゃうのでやめてください」
「いやぁ、愉快愉快。どうして苦手なんですか? こんにゃくに二日間煮込んだカレーの鍋でもひっくり返されました?」
「地味にいやなやつですね。いえ、特に何かされたわけではないんですが、初めてこんにゃくを食べた時に食感に衝撃を受けまして……。もう大惨事でしたよ」
「どのくらい?」
「魔王城を粉々にし、吹き飛ばしたこんにゃくが地の果てまで飛び、暴走した魔法が国々に降り注ぎ、あとから聞いた話では世界の三割を枯れ地にしてしまったようです」
「……そりゃあ大惨事ですね」
「あれ以来、魔族からはこんにゃくを食べないよう言われていますし、ぼくも食べたくないので同じ過ちは繰り返さないと思います」
「まさか、世界もこんにゃくによって滅ぼされかけるとは思っていないでしょうね。さすがの私も、こんな話を聞いてしまっては計画していたこんにゃくを使ったいたずらを中断せざるを得ません」
「こ、こんにゃくいたずら……。なんておそろしいことを考えているのですか」
「魔王さんの反応がおもしろいので、つい」
「一応、同じことが起こらないよう訓練はしていますが、なかなか克服できなくて……」
「こんにゃく克服訓練ってなにやるんですか。食べて自分の方が強者だと見せつけるんですか? こんにゃく相手に?」
「た、食べるだなんて……!」
「そうですよね。もっとすごい訓練を――」
「三百メートル先からこんにゃくを薄目で見る訓練ですよう」
「三……。薄目ならもはやなにも見えていないのでは……」
「苦手意識が強く出てしまい、見るのも大変なんです」
「え、じゃあこの距離まずくないですか? ほぼゼロ距離ですよ」
「勇者さんが間にいるので、強力なバリアを感じて平気みたいです。ぎりぎり……」
「私のことなんだと思ってるんですか」
「こんにゃくからぼくを守るハイパーアルティメットつよつよ勇者さんです」
「そのハイパーアルティメットつよつよ勇者本人がこんにゃくを率いていたずらしようとしているんですけどね。その辺は無視ですか」
「ぼくの苦手を克服する手伝いをしてくれていると思えば、吹き飛ばすのを抑えられます。ぎりぎり……」
「私、自ら命の危機にたっていたんですね。おそるべしこんにゃく」
「いい機会なので言いますが、宿のご飯でこんにゃくが出た時、何も言わずに勇者さんの器にぽいしてしまってすみません。とても助かっています」
「そのオノマトペは捨てる時のやつですよ。まあ、はい。気にしていません。食べ物が増えるだけなので、むしろうれしいです。ただ、こんにゃくを触った食器を逐一交換するのはいかがなものかと」
「す、すみません。こんにゃくに触れた食器でご飯を食べると、こんにゃくの食感を思い出して寒気が……」
「もう、こんにゃくに親でも殺されたんかってレベルですね。親いないでしょうけど」
「想像するだけでぞわぞわしますし、こうしてこんにゃくの話をしているだけでも逃げ出したくなりますぅ……」
「あの、ちょっと気になったんですけど、こんにゃくに触れた食器もアウトになるのなら、こんにゃくを持っている私はどうなります? 理屈ではアウトですけど」
「ゆ、勇者さんは……たとえこんにゃくを持っていても……セーフ……セー……フ……」
「あ、すごいがんばってる。すごく嫌そうな顔しながら微笑もうとしている」
「どんなことがあっても勇者さんはセーフ……。勇者さんはセーフ……」
「もはや暗示の域ですね。その勢いでこんにゃくもセーフにしましょう。どうぞ」
「うわぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁ⁉ 突然出さないでください。びっくりして魔法ぶっ放して勇者さんが塵と化したらどうするんですかぁ!」
「魔王らしいと思いますよ。魔王が勇者を倒すのは当然ですし」
「死因の根源がこんにゃくだなんて嫌でしょう」
「死んだら関係ありませんよ」
「変なところで潔いのやめてください。勇者なら高潔な死を望んでくださいよう」
「魔王との死闘の末、使命果たせず散る勇者……みたいな感じですか? でも、極悪非道で大逆無道な魔王ならまだしも、寝起きがクソで甘党でこんにゃくが苦手で人間好きな魔王さんですからね……」
「な、なにかご不満が?」
「不満しかない。第一、私のことを殺そうって気が全然ないですし」
「そりゃあ、殺したら死んでしまいますから」
「言葉がおかしい。あっ、それならこんにゃくがぶっ潰されるついでに私も巻き込まれればいいのでは?」
「こんにゃくと心中するおつもりですか。没収! うっ……触ってしまったぁぁぁ‼」
「あ、まずい。世界が滅ぶ」
「魔王、ガマンですよ。ガマンですよ。いま暴走したら勇者さんが木っ端微塵になりますよ。ガマンガマンガマンガマンガマンーーー‼」
「お……? がんばっているのでは?」
「あぁああぁぁぁぁっぁぁぁぁあっぁあぁあぁやっぱり無理ぃぃぃぃぃいいぃいぃぃ‼」
「おお、こんにゃくが空の彼方へ。旅をしていればいつかあのこんにゃくと出会う日が」
「来なくていいですっ!」
「魔王さん、てのひらだいじょうぶですか?」
「てのひら?」
「こんにゃくのぷにぷにした感覚が残って――」
「あああぁぁぁぁあああぁあぁやめてくださいやめてください‼ あわわわあばばば‼」
「さっき、ばっちり掴んでいましたもんね。こ・ん・にゃ・く」
「ひぃぃぃいいぃぃぃぃぃ。耳元でその名前を言わないでくださぁぁあぁぁ‼ ぞわぞわぞわぞわわわわわわぁぁぁぁぁぁ‼」
「あらら……。大変ですね。苦手なものがあるって」
「うええぇぇぇえぇぇええぇぇん……。つらいですきついですしんどいですぅぅぅぅ」
「さすがに不憫になってきましたね。いじるのはここまでにしましょうか」
「勇者さん優しい……」
「ここまでいじったので優しくはないかと」
「……過去に、こんにゃくが好物だという勇者さんがいまして」
「魔王さんにとってこれ以上ない天敵じゃないですか」
「魔王城に乗り込む時も大きなこんにゃくを竹串に差して食べながらやって来たんです」
「クセが強いな」
「あの時は大変でしたよ。初っ端魔法が暴走するのを抑えたのはいいものの、戦闘中にこけた勇者さんがこんにゃくをぼくのところに投げてきましてね」
「どんな魔法より効く攻撃ですね」
「そのこんにゃくがぼくの頬に突撃し、あの感覚が顔中に広がったのを察知した瞬間に意識が飛びまして……」
「世界を救う勇者なのに、世界を破壊する手伝いをしていますね」
「気絶は一瞬だったんですけど、気が付いたら勇者さんは消えていて魔王城も消えていました。黒歴史です」
「ツッコみどころが多すぎて困りますが、魔王城壊され過ぎでは」
「だいじょうぶですよ。保険入っているので」
「理由はなんて言うんですか」
「お、お恥ずかしながら、『こんにゃく』と……。あうぅ……」
「これもう、私がなにもしなくても世界は滅びるんじゃないですかね」
お読みいただきありがとうございました。
魔王さんの苦手な食べ物、こんにゃくの話でした。
勇者「寝ている魔王さんをこんにゃくで埋め尽くしたらそのまま死にそうですね」
魔王「何か言いました?」
勇者「いえいえ。……世界ごと消滅しそうですけど」
魔王「よくわかりませんが、勇者さんだけはお守りいたしますよ」




