77.会話 旅行の話
本日もこんばんは。
旅行に行きたい時は旅をする小説を読むといいですよ。この作品もそうありたかったのですが、道を間違えたかもしれません。無念。
「旅行に行きたいです」
「今しているこれは旅行じゃないんですか? 旅に行くと書いて旅行でしょう」
「旅と旅行は似て非なるものですよ。……ぼくの中では。たとえば、おいしいものを食べたり温泉に入ったり、ただのんびりしたり景色を楽しんだりすることが旅行です」
「いつもですよね」
「いつもですね。あれぇ? ですが、旅行は『日常から離れる』ことが重要だと思うのです。そのうえで、娯楽に勤しみ体を癒し、日々の疲れを回復させるのです」
「日常から離れるというのは、具体的になにをすればよいのでしょう」
「…………はて」
「思いつかないんですね。そりゃそうでしょう。今言ったこと、全部日常ですからね」
「毎日が旅行ということですか」
「そもそも旅ってそういうものでしょう。ぐーたらのんびりのほほんと、あてもなく歩き続ける日々ですよ」
「その逆をすれば旅行になるのでは!」
「その場に留まり殺し合う、ですか?」
「物騒。『ぐーたらのんびりのほほんと歩く』の対義語って『その場に留まり殺し合う』になるんですか。そんなことあります?」
「勇者と魔王ですし、むしろ本来の姿かと」
「そうなんですけど、そうなんですけど……! もうちょっと平穏なルートの対義語はないんですか?」
「うーん……。生き地獄?」
「なぜ……」
「何もせずいるだけで、ただ時間を浪費するのは生き地獄のようだと思いまして」
「のんびり……はできない前提ですもんね。意味もなく存在し続けるだけ。身に覚えがありますよ」
「シリアス展開回避のためにひとつ提案があるんですが、目的を定めた旅行とやらをやってみませんか?」
「具体的にはどういう?」
「この先に絶景スポットがあると聞きました。景色でお腹はふくれませんが、試しに行ってみるのもいいかと思いまして」
「絶景スポット! いいですね、行ってみましょう」
「どうやら道を真っ直ぐ進み、上り坂を歩いて三十分ほどで着くようです」
「ですが、珍しいですね。勇者さん自ら絶景スポットに行ってみようだなんて」
「おかしいですか?」
「いえいえ、興味を持つことも行動に移すことも、ただ思うこともぜんぶ大切ですから」
「ちょっと気になっただけですよ」
「十分よいことですよ。あ、坂道きつい……。勇者さんは平気ですか?」
「…………」
「あっ、イヤそうな顔してる。坂道なんてふだんは絶対選ばない道ですもんね」
「長いし疲れるし足は痛いし……。これでちんけな絶景だったら覚えてろ……」
「口が悪いですよ。ちんけな絶景ってなんですか」
「ん? ひらけた場所が見えますね。ゴールでしょうか」
「到着しました~! おおっ、これは!」
「疲れた……。あ、風が気持ちいです。おや」
「目の前に大きな山が! 連なる山々も美しく、その先にはたくさんの家々が建っていますね。極めつけは広く青い空! 晴天です」
「たしかに、眺めはいいですね。ベンチもあって設備もよしです。はー、よいしょっと」
「まだお若いんですから、そういうのは胸に仕舞っておいてください」
「魔王さん、お菓子とお茶でティータイムにしましょう」
「そうですね。絶景を見ながら優雅なひと時を楽しみましょう」
「旅行は景色を楽しむ……とおっしゃっていましたよね。これはどうです? 旅行になりますか」
「はい! ばっちり旅行です。ぼく的には、ですけど」
「そうですか。ひとまずクリアってことですかね」
「どういうことです?」
「いえ、お気になさらず」
「そういえば、さっきやたらと案内図を凝視していましたけど、どこか行きたいところでもありました?」
「特には。だからここに来たんです」
「なるほど? わからないです」
「行き当たりばったりの旅ですからね、たまには目的地を定めて進むのも悪くないでしょう」
「ぼくの旅行欲も満たされました~」
「お腹も満たされたところで、旅行は終了ですね」
「なにを言っているんですか、勇者さん。旅行は帰るまでが旅行ですよ」
「帰るってどこに」
「…………はて」
「このままだと、永遠に終わらない旅行になりますよ」
「で、では、旅に戻るまで旅行にしましょう!」
「こうして日常は繰り返される――と、締めないと終わりませんね、こりゃ」
お読みいただきありがとうございました。
旅行のゲシュタルト崩壊。
勇者「お高い旅館に泊まれば旅行です」
魔王「泊まりたいだけですよね?」
勇者「はて」
魔王「とぼけないでください」




