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75.会話 海に来た話

本日もこんばんは。

海の日ということで、おふたりに海に行っていただきました。いつもよりちょっと長めのSSになります。

36話『色の話』を読んでおくとわかる部分が少しだけあります。読んでいない、忘れていても問題ありません。


暑い夏の日々に爽やかな話を。きっと爽やかです。たぶん。

「白い雲! 輝く太陽! きれいな空! そして……、青い海! 海に来ましたよ、勇者さん! 海です! 海ーー‼」

「やかましいですよ、魔王さん。ただでさえ暑いんです。耳元でそんなに叫ばれたら私の身がもちません。すでにめまいがします」

「熱中症にはお気をつけてくださいね。人間は特に脆いんですから」

「暑すぎてなにもかもいやになりそうです。滅べばいいのに」

「そう言わずに。はい、帽子とUVカットの上着と日傘と日焼け止めと水着とサンダルとパラソルですよ」

「どうも――って、やけに装備が多いですね。傘枠はひとつでいいでしょうに」

「夏の暑さをなめてはいけませんよ。すぐ死にますからね」

「真顔で言わないでください。いつものおちゃらけた馬鹿面はどうしたんですか」

「口が悪いですが、対策はきちんとしてくださいね」

「魔王さんはなにもしていませんが、だいじょうぶなんですか?」

「魔王ぱぅわぁーです」

「うわ……、腹立ついい笑顔……」

「さあさ、着替えたらさっそく海で遊びますよ~」

「魔王さん、魔王さん」

「なんですか?」

「この水着、魔王さんの趣味ですか?」

「勇者さんに似合うと思いまして。かわいいでしょう? 赤いビキニにフリルもついて女の子らしく、シースルーで色っぽさを――痛いっ⁉」

「勝手に決めてんじゃないですよ。布面積が少なすぎます。燃やしていいですか?」

「せっかく海に来たんですよ。水着を着ずになにを着るというのですか!」

「Tシャツと短パンでいいでしょうよ」

「かわいくない!」

「かわいいTシャツと短パンで」

「むぐ……。海は水着がお決まりなんです。夏の風物詩です。美少女の特権です!」

「こんな装備じゃいざという時に怪我をしますよ。直接肉が切り裂けますが、いいんですか?」

「そんなことがないよう、ぼくがお守りいたします。だから一緒に水着着ましょう?」

「めんど……」

「お願い!」

「百歩譲って着るとして、なんでサイズがぴったりなんですか?」

「え? そりゃあ……。まあ、いいでしょうよ、そんな細かいことは」

「細かくないですよ。こっち向け、おら」

「た、たまたまですよう」

「特にサイズが重要そうな水着でたまたまなんてことありませんよ。それも、こんなに準備している魔王さんが、水着だけ手を抜くわけがないでしょう?」

「ま、まあほら、女の子同士ですし……? 一緒にお風呂入ったりしてますし?」

「前者は怪しいですし、後者は容認していません」

「ま、魔王ぱぅわぁーですよ……」

「そんな力があってたまるかってんですよ」

「ゆ、勇者さん、海にはおいしいものがたくさんありますから! はやく行きましょう! ね!」

「あとで殴る……」

「物騒なことを言わずに、勇者さんは、海は初めてでしたよね?」

「そうですね。名前だけ知っていましたが、ほんとうに広いんですね。上も下も青色でちょっとうれしいです」

「勇者さんの好きな色で世界が染まっていますからねぇ」

「それにしても、突然海に行こうだなんてどうしたんですか。この暑いのに」

「海の近くにやって来たから……というのは理由のひとつですが、最たる理由は勇者さんとの約束があったからですよ。覚えていますか? 以前、好きな色の話をした時に『今度海に行こう』と約束したことを」

「ああ……、あの気が狂ったカラフルパラダイス魔王さんの時ですね」

「変な覚え方しないでください。あの時から、ぼくはずっと海に来ることを待ち望んでいたんですよ。そして! 今日! それが叶うのです! ひゃっほーう!」

「テンションがやかましいですね。わっ、ちょっと引っ張らないでください。海は初めてなんですってば」

「だからこそですよ。まずは水に慣れましょう。波打ち際のとっても浅いところで海水に触れてみましょうか」

「海水……。そういえば、海の水には塩が含まれているんでしたっけ」

「なめるとしょっぱいですよ」

「……ほんとだ。つまり、海水に浸けておけば塩味の食べ物が勝手に出来上がるということですか?」

「すぐそういう思考になるんですね。やったことないのでわかりかねますけど、たぶん可能かと」

「あと、海にはたくさんの海鮮どもがいるんですよね」

「言い方」

「獲って食べたら無料の海の幸パーティーでは⁉」

「実際はルールなどあるでしょうけど……、まあ極論はそうですね」

「魔王さん、私シーラカンス食べたいです!」

「わあ、深海魚」

「獲りに行きましょう。潜り方教えてください」

「珍しく意欲は十分ですが、シーラカンスがいる水深まで潜ったら確実に死にますよ」

「えー、せっかく海に来たのに……」

「シーラカンスは今度にして、ちょっと泳いでみませんか?」

「私、泳げませんよ」

「そんなこともあろうかと、じゃーん。浮き輪です」

「ドーナツみたいですね」

「嚙みついたら空気が抜けて沈みますからね。お口、閉じてください」

「んむ……。これはつまり、ドーナツが失った真ん中の穴になれる画期的なアイデンティティ補助道具ということでよろしいですか?」

「よろしくないですね。なんですかその道具」

「人類はこれまで、中央を失って悲しむドーナツに想いを馳せてきました。そんな私たちが辿り着いた答えが、この『ともに在る形』なのでしょう。これこそ、すべての生きるものの行きつく理想形。今ある問題に対して提示された確固たる答えなのですよ」

「熱中症ですか? 休憩します?」

「気に入りました、浮き輪。頭からはめればいいんですか?」

「はい。お腹あたりまで持ってきてください。そのまま水面に浮かべますよ」

「おお~。便利ですねぇ、これ。さすが人類の理想形」

「浮き輪と言ってください」

「魔王さんは浮き輪ないんですね」

「ある程度のことは魔法で自由がききますからね。泳ぐこともできますよ」

「イメージ的にはドジって溺れていそうですけど」

「そこはギャップ萌えということで」

「……えいっ」

「ひょあっ⁉ な、なにするんですかぁ」

「海水攻撃です。さっきなめた時、指の切り傷にしみたので目にも効くかと思いまして」

「目に海水はだめですよ。というか、切り傷ってなんですか! いつお怪我を?」

「砂浜で貝殻を見つけた時にちょっと」

「はやく言ってくださいよう」

「小さい傷ですし、だいじょうぶですよ」

「そういう慢心が大事に繋がるんです! はい、手を出して」

「海の上じゃ治療は無理ですよ」

「だいじょうぶです、そのための魔王ぱぅわぁーです」

「いいのか……。ほんとうにそれでいいのか魔王ぱぅわぁー……」

「はい、終わりました。これで安心して海で遊べます」

「滅多に見ないファンタジー要素が一瞬で終わりましたね。説明する暇もない」

「勇者さん、ぼくが手を引くので潜ってみませんか?」

「浮き輪は……」

「浮かべときましょう。では、お手をどうぞ」

「柄にもなく緊張しています」

「だいじょうぶですよ。勇者さんの酸素残量や状態を完璧に観察しながらいきますから」

「すごいんだかきもいんだか」

「言葉。言葉。言葉を選んでください。では、気を取り直して、吸ってください」

「すう……」

「れっつご~!」

「…………」

「きれいな青色? そうでしょうそうでしょう! あ、ワカメがゆらゆらしていますよ~。あそこには黄色い魚が!」

「…………」

「太陽の光が薄いカーテンのよう? きれいですよねぇ。潜れば潜るほど、光は届かず暗くなっていくんですよ。勇者さん、海面を見上げてみてください」

「…………」

「光がきらきらしている? そうなんですよー! とっても神秘的だと思いませんか? あ、そろそろ一旦上がりましょうか」

「……ぷはっ! はー、いい体験をしました」

「それはよかったです~。海の中の景色、思い出になりました?」

「そうですね。冷たくて気持ちよかったですし、見たことない世界を知った気分です」

「そう言っていただけるとぼくもうれしいです~」

「いろいろと訊きたいことがありますが、とりあえずひとついいですか?」

「なんなりと~」

「なんで水の中でしゃべってるんですか」

「へ?」

「しかも、私の思っていることが伝わっているようでしたし」

「そうでしたか~?」

「あまりに当然のようにしゃべっているので、思わず口を開きそうになりましたよ」

「おやおや、気をつけてくださいね。人間は水中で呼吸できないんですから」

「魔王さんはできるんですか?」

「え~、どっちだと思います?」

「にこにことはぐらかしますね……。よいでしょう。海の藻屑と消えてください」

「ひどい。まあ、この話は置いといて、何かやりたいことはありますか?」

「サメに会ってみたいです」

「海で言うとは度胸ありますね」

「フカヒレにします」

「ご飯はもう少し経ってからです。もうちょっと穏やかな要望はありませんか?」

「穏やかな……。あ、貝殻」

「貝殻?」

「さっききれいな貝殻を見つけようと砂浜を漁ってたんですけど、結局見つからなくて」

「穏やかです! さっそく素敵な貝殻を探しに行きましょう」

「うわわ……。すごい速さで進む……。あ、ちょっと楽しいかも、これ」

「疑似サーフィン体験です。はい、到着です。パラソルさんに日陰を作ってもらいつつ、のんびり貝殻を探しましょう」

「パラソルが浮いているのは……、魔王さんの仕業でしょうね。ほっとこ」

「勇者さん、これどうですか? 薄い桃色が入った貝殻ですよ」

「きれいですね。もらってもいいですか?」

「もちろんです。ちなみに、どういう貝殻がほしいというのはあるんですか?」

「小さめの貝殻を多めと、大きな貝殻をひとつ。きれいなものであればなんでも」

「ふむふむ。ではいっぱい探してきますね。勇者さんは水分補給と糖分補給、適度な休憩をしっかり取ってくださいね。行ってきまーす!」

「はい、行ってらっしゃいです。さて……、とりあえず怪しまれずにすんだようですね。言われた通り、私は水分補給をしながら貝殻探しを――って、なんだこれ。大きな木の実にストローが刺さってる? 飲めってことですかね? ん、んんん? 不思議な味がしますね……。まあ、いいでしょう。少し場所を移動して……、あ、パラソルさん。追尾式なんですか。便利だなぁ……。おかげで涼しいです。ありがとうございます。ん? お礼は魔王さんに言うべきですかね? おや? この貝殻……。ふふっ。完璧な貝殻です。あとは数を揃えるだけですね。魔王さんの進捗はどうでしょうか。……それにしても、あのひとは未だに謎が多いですよねぇ。魔王ぱぅわぁーとやらもチートすぎますし。そんなチート能力があるのに、地道に貝殻を探してるのもおかしな……、でも、魔王さんらしいかもですね。おっと、帰って来たようです」

「ただいまですー! 見てください、この貝殻たち。真っ白でとってもきれいです」

「こんなにたくさんよく見つけましたね。求めていたものにぴったりです」

「えへへ~。勇者さんが食べ物と寝ること以外に興味を持ったのがうれしくて張り切ってしまいました」

「それはなんか、ごめんなさい」

「いえいえ。数はこれくらいでだいじょうぶそうですか?」

「はい。じゅうぶんですよ」

「小さい貝殻と大きい貝殻で何をするんですか?」

「魔王さん、穴を空ける道具とヒモありますか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。貝殻に穴を空けて、ヒモで通していき……。最後はしっかり結んで出来上がりです」

「貝殻のネックレスですね! とってもすてきですよ。この大きな貝殻、勇者さんが見つけたんですか?」

「はい。これしかないと思いました」

「きれいですねぇ……。まるで空と海の色を混ぜたような青色です。初めて見る貝殻です」

「私もびっくりしました。けど、きれいですよね」

「はい! ですが、貝殻のネックレスを作るなんてよく思いつきましたね。てっきり貝殻を集めて食べ物と物々交換するのかと思いましたよ」

「いつの時代の話ですか。海に来たらやろうと思ってたんです。どうぞ」

「あれ? なんでぼくの首にかけるんですか?」

「作ったら満足しました。それは差し上げます」

「えっ、いいんですか?」

「はい。私は見るだけでじゅうぶんです。半分以上魔王さんが拾ってきた貝殻ですけど、よろしければ」

「わあ……! とってもうれしいです! 大事にしますね!」

「喜んでいただけたならよかったです」

「ぼくだけもらうのもアレなので、勇者さんもこれ、受け取ってください」

「これは……ブレスレットとかいうやつですか」

「実は、ぼくも作っていたんです。初めて海に来た思い出になればと思いまして。図らずも同じ感じになってしまいましたね。勇者さんが見つけた青い貝殻はありませんけど、よかったら……」

「ありがとうございます。いただきますね。ちなみに、青い貝殻があったら使いました?」

「そりゃあもちろん。きれいですし、お、お揃いにもなりますから!」

「ひとつ、余っていますけど要ります?」

「く、ください! あ、ブレスレットも貸してください。作り直します!」

「勢いがすごい……」

「はい、できました。海の思い出ブレスレット・改!」

「目にもとまらぬ速さでしたね。さっきのもきれいでしたが、これもきれいですね」

「すてきな海の思い出になりましたね!」

「そうですね。暑いし水はしょっぱいし砂はくっつくしべたつくし大変でしたが、楽しかったですよ」

「また来ましょうね、勇者さん」

「たまにならいいですよ、魔王さん」

「また来たいと思ってくれることが大切なんです。約束は果たしましたが、また新しい約束ができましたね」

「シーラカンスも見てませんし」

「まさか本気で言ってます?」

「フカヒレの踊り食いもしたいです」

「踊る暇はないと思いますよ」

「海の幸もまだまだ食べていません」

「そろそろご飯にしましょうか」

「魔王さんを海の藻屑にし損ないました」

「知っていますか、勇者さん。もくずってとっても栄養価が高いんですよ」

「なんと。それじゃあもくずに失礼ですね。海の屑にしましょう」

「あんまり……、あんまり変わってない……」

「そういえば、浮き輪の回収はしましたか?」

「あっ」

「海のゴミになる前に回収しましょうか」

「そ、そうですね。海はきれいにしなくてはいけませんからね」

「魔王なのに」

「海を汚すものには魔王から鉄槌が下りますよ。つまりぼくから!」

「海の幸を獲って食べるのはセーフですか?」

「ルールを守っていれば問題ないかと」

「なるほど。ではお訊きしますが、寝ている人の布団に潜り込み、抱きついてサイズを図り、そのまま人を抱き枕にして熟睡するのはルール違反ではないでしょうか?」

「ぎくっ。な、なぜそれを……」

「そりゃあ、朝起きてがんじがらめに抱きつかれていたらわかりますよ。横のテーブルに数字が書かれた紙も置いてありましたし」

「ぎくぎくっ」

「詰めが甘いんですよね、魔王さんは」

「紙を仕舞ってから抱きつくべきでした……」

「そうそう――って、違う。抱きつくな。勝手に布団に潜り込むな。サイズを図るな」

「だってぇ……。素直に訊いたって答えてくれないでしょう?」

「そうですね。ということで、保留にしていたぶん殴りタイムです。歯ぁ食いしばれ」

「ま、待ってください。楽しかったって言ったじゃないですか。ちょっと待って! あ、でもブレスレットじゃない方の手にしてくれてるやさしい――わあすみませんそんなこわい顔しなでくだうきゃぐはぁぅ」

お読みいただきありがとうございました。

天目は海より川派です。


魔王「楽しかったですね、海!」

勇者「あとはシーラカンスだけですね」

魔王「どうしてそこまでシーラカンスを……?」

勇者「一目見た時から、煮つけにしたいと思っていました」

魔王「結局食べるんですね」

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