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730.短編 アナスタシアの愛読書その➁

本日もこんばんは。

その①は570話です。ちょうど一年前くらいの投稿でした。

年一のアナスタシアというわけではないです。

 他の生徒には目もくれず、迷いなく階段を上がり、『今月の新刊』コーナーに突き進む者がいた。

 薄緑色のサイドテールを揺らし、周囲の目を引く少女はアナスタシア。学院で魔法を学ぶ魔女のひとり。

「今日もだめかぁ……」

 ちいさくこぼし、カウンターへと進んでいく。気がついた女性が、何度も見た顔で会釈した。

「こんにちは、アナスタシアさん。それと、やっぱりごめんなさいね」

「こんにちは。……もう続編は書かないのかなぁ」

「きっと、そのうちふらっと書くはずよ。別のシリーズの新刊は出ているし、諦めることはないわ」

「そうかな……」

「そうよ」

 女性は優しく頷くと、「今日はお知らせがあるの」と身を乗り出した。

「お知らせ?」

「えぇ。『勇者っぽくない勇者様が紡ぐかつてない勇者の物語』の作者、竹中かぐやが小説コンテストを開催するらしいの。アナスタシアさん、興味ない?」

「小説コンテストって、わたしが書くってことですか?」

「その通り。プロ、アマ問わず参加できるみたいよ」

 アナスタシアは困惑したように首を振る。

「い、いやいや、わたしは読むだけですよ」

「やってみないとわからないじゃない?」

「そうはいっても、小説を書くってそんな簡単に……」

「気負わず、自分の好きなように書いてみたらどうかしら」

「好きなように?」

 女性はとても楽しそうに言葉を続ける。

「アナスタシアさん、勇者が大好きなのでしょう? あなただけの勇者の物語を書くというのも、想いの伝え方のひとつだと思うの」

「なるほど……?」

 彼女の言いたいことは理解できたが、手段が小説というのは困りものだった。アナスタシアが今まで書いてきたものといえば、旅の記録や学院で提出するレポートくらい。頭の引き出しをすべて解放しても小説が書けるとは思えなかった。

 戸惑っているアナスタシアを見て、女性は最後の爆弾を投下する。

「主催者は竹中かぐや。つまり、応募作品を読むってことよね」

「全部は読まないような……」

「でも、可能性は高いわ。もし、アナスタシアさんが書いた勇者の物語を読んだとした、どうなると思う?」

 妙な圧に一歩下がるアナスタシア。

「ど、どうなるんですか?」

「ビビッとインスピレーションが湧いて、『ぽくない勇者様』の続編を書くかも!」

「な、なるほど⁉」

「応募者に負けてられないと思わせても勝ち。アイデアの泉を刺激しても勝ち。新しい物語の姿を見せても勝ち。この勝負、応募した時点で勝ちなのよ、アナスタシアさん!」

 いつのまに勝負になっていたのか、もう誰もわからない。女性の勢いに圧倒され、アナスタシアは目をぐるぐるさせながら「なるほど!」と頷き続けるしかなかった。

「どう? やってみない?」

「わ、わたしに書けるかな……」

「いつもの勇者愛をぶつけるだけよ」

「それならできます」

 アナスタシアは単純だった。

「それじゃあ、応募要項を説明するわね。まず――」

 とんとん拍子で話が進み、アナスタシアは女性から渡された資料を手に図書館をあとにした。

 学生寮、自室。冷静になって考えてみると、やはり難しいのではないか。研究論文ならまだしも、小説となると勝手が違う。

 勇者のことを知りたくて、過去の記録や創作物を読み漁ってきたからこそ、出尽くした感が否めない。これまでに、一体何冊の勇者にまつわる書物が発行されてきただろう。

 今更、新たな物語を書いたとして、それも二番煎じどころでは済まない。新しさとは早い者勝ちなのだから。

 アナスタシアはベッドの上で思考にふける。

 自分にできることは何か。今までは、風の魔女として勇者の力になることだと思っていた。そのために、いまノスタルジア魔法学院で学んでいるのだ。

 では、他には?

 抱き枕にしがみつきながら、女性の言葉が脳裏で走り回る。

「わたしだけの勇者さんの物語……」

 それはつまり、『サヨ』の物語のこと。アナスタシアは飛び起きた。

「わたしにしか書けない勇者さんの物語……」

 彼女と出会い、得た経験。知った人柄。抱えているもの。

 ひとがこわくて、のんびりぐーたらすることが好きで、勇者に向いていないと考えている彼女。まだ聞いた話の中でしか知らないことも多いけれど、他の誰も知らない秘密。

 アナスタシアは机に飛びつき、紙を広げた。心の奥底で急かすような何かが渦巻いている。走り出しそうな気持ちを抑え、深呼吸を繰り返した。この正体はきっと、彼女の物語が消えてしまう前に、形に遺しておきたいと願うわたしの心だ。

 勇者。それは世界で最も有名なひとを表す言葉。ひとの数だけ物語があるのなら、ひとの数だけ勇者の物語があってもいいはず。

 小説の書き方なんてわからない。もらった資料を盛大に散らばらせながら、アナスタシアは書き記したい出来事を頭の中から紙へと落としていった。

 速い川の流れのように、次から次へと浮かんでくるものを取りこぼさないよう、アナスタシアは無我夢中でペンを動かした。

 縦横無尽に文字が書かれた紙は、アナスタシアの知らぬ間に枚数を重ねていく。どれだけ時間が経っただろう。ふと、息をはいたアナスタシアは、眼前に散乱する紙に思わず笑ってしまった。これでは、片づけのできない幼子のようだ。

 紙をまとめ、新しいものを一枚、目の前に置いた。まだ頭の中はぐちゃぐちゃだけれど、はやく形にしたい衝動が抑えきれなかったのだ。

 学院の生徒としてやるべきことはたくさんある。しかし、それ以上に必要だと思えて仕方がなかった。

 勇者のため? 作者のため? 違う、これはわたし自身のため。

 アナスタシアは大事そうにペンを動かした。これは、わたしがわたしのために書く、わたしだけの勇者の物語。深い夜のような髪に、うつくしい赤い瞳の彼女の話。

 綴ったタイトルは、彼女を表すもの。その名を知るものだけが理解できる、あなたを示す大切なもの。

「……よし、がんばるぞ!」

 アナスタシアはペンを動かす。静かな部屋の中、少女の紡ぐ物語をリボンが穏やかに見守っていた。


 〇


 数週間後。図書館八階。

「アナスタシア、最近図書館に行っていないようだね」

「ちょっと忙しくて……」

「咎めているわけではないよ。何かに打ち込むことはいいことだ」

 ラパンの研究室にて、アナスタシアはレポートの提出を行っていた。

「課題の提出も期日を過ぎることはないし、授業の出席も問題ない。絵に描いたような優等生だね」

「そうですか?」

 褒められているが、うれしそうな様子はない。提出期限を守ることも、授業にサボらず出席することも、アナスタシアにとって当然のことである。すべては勇者に通ずるのに、なぜ手を抜くことができるだろう?

「レポートも書き慣れてきたようだね」

「ああ、それは、たくさん文章を書くようになったからかもしれません」

 あの日以来、アナスタシアは時間があれば小説を書くようになった。完成させたい一心もあるが、純粋に楽しくなってきたのだ。

 自分の言葉で、自分の表現で、自分の感情で、勇者の物語を形にしていく。思い出の中に大事にしまっていた彼女を、文章化することで記憶を辿るように見返すことができる気がした。

「わたし、自分だけの勇者さんの物語を書いているんです」

「いいことだね。心を安定させるものはいくつあってもいい」

「完成したら、小説コンテストに応募しようと思って」

「明確な目標だ。もしかしたら、彼女が読む日もくるかもしれないね」

「そっ、それはちょっと恥ずかしいですけど……」

 照れつつも、まんざらではなさそうなアナスタシア。彼女が書く物語は、いわば『サヨ』への手紙。それも、愛を込めたものである。

 恥ずかしさはあるものの、読んで欲しいと思うのもまた、事実だった。

「もしよければ、僕にも読ませておくれ」

 アナスタシアの心を左右する『サヨ』について、ラパンは情報収集しておきたかった。

「完成したら持ってきますね。もうすぐ書き終わりそうですから」

「楽しみにしているよ。ちなみに、タイトルは決まっているのかい?」

「はい。最初に決めました」

「訊いても?」

「いいですよ。タイトルは――」

 日付が変わる頃、アナスタシアはほうきの上から月を眺めていた。真夜中、世界は闇に覆われている。魔なるものが支配する時間、人間が息を潜めて身を守る危険な空間で、アナスタシアは優雅に空に浮いていた。

 ノスタルジア魔法学院には巨大な結界が張られている。ゆえに、夜でも魔なるものは出現しない。迫害され、はみ出した者たちが集まる魔法の国。ここでの夜はとても穏やかだった。命の危険もなく、安らかに眠ることを許される場所。人が集まる場所では、夜でも明かりがともり、賑やかな声が聴こえる。魔法使いにとっては楽園といえるだろう。

「……」

 しかし、アナスタシアはひとり空を飛ぶ。誰もいない世界で、ひとりぼっちで暗闇に隠れることは、彼女に安らぎを与えるものだった。

 夜がこわい時間ではないことを、幼い頃から知っているのだから。

 手に持った紙の束を大事そうに抱きしめる。リボンを揺らしていく風が『読みたい』と言わんばかりにページをめくった。

 アナスタシアは微笑む。完成は目前。出来上がったら、まずわたしが読むのだから、あなたはその後ね。

 夜が更けていく。アナスタシアは夜に包まれながら、綴った言葉を愛おしそうに眺めた。

 大事な、大事な、わたしの勇者さん。いつも支えてくれてありがとう。

 感謝と祈り、抱いた強い想いを込めてつけたタイトル。誰にも知られず夜の闇に溶けていくアナスタシアを照らす月だけが、そのタイトルを見つめていた。

 ――『小さな夜の物語』

お読みいただきありがとうございました。

推し活の形は様々。


アナスタシア「小説を書くの、すごく楽しかったです」

ラパン「ふむ。実にいいことだね」

アナスタシア「会いたい気持ちが五億倍高まりました!」

ラパン「高まりすぎじゃないかい?」

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