705.会話 引っ越しの話
本日もこんばんは。
引っ越しが趣味の人は体力があると思います。
「おや、お引越しの最中みたいですね。どこに行くのでしょうか」
「ずいぶん荷物が多いのですね」
「住む場所が変わるわけですから、生活の一式が移動になるのです。荷物も多くなりますし、引っ越しの作業は大変な重労働になるでしょうね」
「私たちは鞄ひとつですけど」
「少ないですねぇ」
「家もないですし」
「勇者さんの家は魔王城ですよ」
「さらっと嘘つかないでください」
「ぼくたちもお引越ししましょうか」
「彼らのような一大イベントにはならないでしょうけど」
「どこに住みたいですか? 火星? 土星? 冥王星?」
「人間が住める場所でお願いします」
「天の川が住所というのもすてきですよね」
「魔王さんは三途の川じゃないですか?」
「対岸から元気よく勇者さんに手を振りますね」
「見なかったことにします」
「魔王城からクローゼットやベッド、キッチンにバスルームを持参します」
「あの世に住むおつもりですか」
「住めば都ですよ、勇者さん」
「住むなあの世ですよ、魔王さん」
「ぼくたちは旅人です。どんな場所でも快適に過ごすスキルが必要でしょう」
「私が思っている引っ越しと違うのですが」
「ちゃんとトラックも用意しますから」
「三途の川に駐車している引っ越しトラックなんて見たくないよう」
「ミソラさんが四十六メートル、台座含めて九十三メートルでもへっちゃらですよ」
「自由の女神?」
「二百二十五トンの重さでもだいじょうぶです」
「怪獣じゃないですか」
「引っ越しって大変なんですねぇ」
「魔王さんならひょいっとできそうですけど」
「ご存知ですか、勇者さん。人の移動だけでなく、建物自体のお引越しもあるのですよ」
「まさか、ひょいっと動くなんて言いませんよね」
「時間をかけてゆっくり動いていきます」
「まじですか」
「解体する方法もありますが、建物ごと動かすこともできるのですよ」
「すごいですね。私も寝転んだままで動きたいです」
「ローリング勇者さん」
「もしや、魔王城はひとりでに動く機能があったりして?」
「ふっふっふ……。よくお気づきになりましたね。そんな機能はありませんよ」
「火の悪魔がお城を動かすこともないんですか?」
「お望みならば、マオシファーを創り出しますよ」
「あ、だいじょうぶです」
「ぼくと踊るように空中散歩しましょう」
「毎日のように地上散歩しているじゃないですか」
「もっと運命的に、ロマンチックに、華やかに、ファンタジーっぽくしたいのです」
「私たちの旅、基本的にくだらないことを喋っているだけですもんね」
「勇者と魔王なのに、全然それっぽくないんです」
「後ろからお城がついてきていれば、ファンタジー感は完璧ですけどね」
「いっそのこと、舞台ごとお引越しするのはどうでしょう」
「こことは違う世界に行くと?」
「一年中お花が咲き誇る花の星、退廃的な囚人惑星、言葉を話す動物の星、日照時間ゼロの荒廃した星、あらゆる時間軸が交差する特異点、創造主たちが住まう原初の星」
「いくつかディストピアがあったような」
「ぼくは、勇者さんと一緒ならどこへでも行きますから」
「ちなみに、移動はなにで?」
「宇宙船です」
「世界観が悲鳴をあげるのでやめてください」
「宇宙の果てまで行っていぇあしましょう」
「だいぶ範囲が広がったバラエティ番組ですね」
「あまり乗り気ではないようですが、何か心配事でも?」
「乗り気になる理由が何一つないんですよ」
「ちゃんと保険にも入りますから」
「健康保険ですか?」
「いえ、車両保険です」
「宇宙船って車と同じ扱いなんですね」
「よく事故が起こりますから」
「宇宙船同士でぶつかるんですか?」
「いえ、消息不明になるんです」
「ホラー映画の始まりかな」
お読みいただきありがとうございました。
宇宙船ってすぐいなくなる気がします。
勇者「日々旅をしていると、引っ越し欲も出ないでしょうね」
魔王「新鮮さは刺激になってよいのですよ、勇者さん」
勇者「たまには隣のひとを変えようかな」
魔王「見慣れたものが一番ですよ、勇者さん」




