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700.物語 ⑧ララの子守唄

本日もこんばんは。

最後までお楽しみくださいませ。

 ドロシーさんの教会に戻り、さっそく準備に取り掛かります。私の過去を踏まえ、彼女はなるべく人と会わないように配慮してくれました。

 あまり人の来ない物置で、私はとある衣装とにらめっこ中。これを着るのか、いやさすがに、でも用意してくれたし、いやいやちょっと、ううむ。

 絶対に着させようとするひとがいないので、存分に悩むことができます。教会に入れない魔王さんは、外で待機です。ドロシーさんの教会では、聖歌隊が合唱する時、外にも響くように扉を開けるのだとか。それなら、魔王さんも唄を聴くことができますね。

「全体的に真っ白……」

 ドロシーさん曰く、聖歌隊の新しい衣装なのだそうですが、凝りすぎて一着しか作れなかったようです。おかげで倉庫に眠ったまま。せっかくなので着てほしいとのことでした。

 もっと簡素な服だと思っていたのに、これではただのドレスです。いたるところに刺繍が施され、一体どれだけ時間をかけて作ったのやら。非常に滑らかな質感は触れるのも躊躇うほど。花びらのように可憐な背面はすてきですが、私にはちょっと……。

 用意された手袋はレースでできています。二の腕まで伸びるレースは、たくさんの花模様で彩られていました。顔を隠すために借りたベールにもレースが。お値段を想像すると着るのが憚られますね。全部白いですし。

「勇者様、お着替えは終わりましたか?」

 扉越しに訊かれ、思わず飛び上がりました。

「皆さまがお待ちですよ」

「はっ、はい、すぐ行きます……!」

 そう言ってしまった手前、出ないわけにはいきません。いつもの恰好では不吉極まりないですし、ドロシーさんのご厚意を無下にするのも……。

「……ええい、どうにでもなれです!」

 意を決し、用意された衣装に手を伸ばしました。着替えを終え、大聖堂に続く扉にへばりつく私。おかしな行動ですが、緊張でそれどころではないのです。

 短剣も懐中時計もミソラもないのです。私の心の支えが指輪のみの状態で大勢の前に立つなど、果たしてできるのでしょうか。

「だいじょうぶです、勇者様。ベールがあれば顔は見えませんよ」

「……髪はちゃんと仕舞えていますか?」

「はい。ちょっと見えていますけど」

「だめじゃないですか」

「それくらいなら平気です。誰もあなたを傷つけません」

 にっこり笑う彼女に、つい安堵してしまいました。ドロシーさんは出会ってからずっと、私の色で区別することはしませんでした。聖アイビアナ教会への旅でも、彼女は困っている人を見つけるたびに駆け寄って手を差し伸べた。

 大聖女のことを知り、より世のため人のために生きたいと言ったドロシーさん。彼女の想いを否定するつもりはありませんが、もうできているのはないでしょうか?

 大聖女のことを知らずとも、クレイドさんの祈りは今も残っています。言葉や書物が残っていなくても、形なきものが引き継がれているように思いました。

「ドロシーさん」

「なんでしょう」

「あなたの生き方はとても立派です。きっと、大聖女も安心していると思います」

「そ、そうでしょうか?」

「はい。だから、迷わず進んでください」

 しかし、彼女は浮かない顔をします。

「わたしが勇者様のことを知っていたのは、教会に逃げてきた旅人から話を聞いたからでした。人間だと言い張る赤い目の魔族が聖職者と一緒にいる、と」

 彼らのことを思い出します。魔王さんが示した町は、ドロシーさんが来た方向と同じでした。

「赤い目でも魔族とは限らないと伝えましたが、納得してはくれませんでした。だから、わたしはまだ力不足なのです」

 彼女の行動が結果を生まなかったとしても、意味はあった。いまここで、私が救われたのだから。

「自分を信じてあげてください。すぐにはわからなくても、差し伸べた手はいずれ芽吹くはずです」

 そうするべきだと信じ、私は彼女の手を包み込みました。

「だいじょうぶです。あなたの手は人と世を救うものですから」

「……はいっ、ありがとうございます、勇者様!」

 涙ぐみながら何度も頷くドロシーさん。どうか、清らかな彼女が幸せでありますように、と願います。

 扉が開きました。ドロシーさんの案内で壇上へ。若干、俯いて中央へ歩き、恐る恐る顔を上げました。

「…………っ」

 思わず声を上げそうになり、必死でこらえます。集まった老若男女の視線が私に注がれていました。みんな、聖女ではない私を不思議がっているようです。しかし、赤目を指摘する人はいません。深呼吸をして落ち着きましょう。

 以前、野外コンサートの飛び込みで歌った時とは違う。私は、『私』として歌うのです。

 オルガンの前に着席したドロシーさんが『いつでも』と頷きます。戻る途中で練習を繰り返し、私に合わせると言ってくれた。あとはもう、歌うだけです。

 開かれた扉の向こうにも人々が立っています。教会に入りきらなかった町の人が覗き込み、今か今かと待っているようです。

 あまりの大人数に視線を落とそうとした時でした。人だかりの向こうに魔王さんの姿を見つけました。聖女のような笑顔で私を見守り、口元に手を当てて何か言っているようです。周囲の人の注意を引かぬよう、口の動きだけで放たれたのは『がんばれ!』。

「…………」

 はい、がんばります。見ていてください、魔王さん、クレイドさん。

 息を吸い、わずかに震える声で言います。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。これより歌うは、人々に安らぎを与えんと紡がれた子守唄。皆様方の恒久の平和と安寧を祈り、歌います」

 彼らが息を静め、私の言葉に集中している。私なんかでもできることがあるのなら、一所懸命にやるだけです。

 深く息を吸い、歌い始めました。邪魔にならぬよう、後ろから支えるようなオルガンの音が聞こえます。

 広い大聖堂に自分の声が響いているのが不思議でおそろしい。人々の視線がまっすぐ向けられている。胸に当てた手が震えているのがわかりました。……ああ、これでは安らぎをもたらすことなどできません。歌う私が不安がっていては、安寧など与えられはしない。そもそも、私が聖女の真似事など――。

 いっそ、逃げてしまおうか。一瞬、そんなことを考えた時でした。視界の隅で、白い花弁が舞ったように見えたのです。

 下がっていた視線を上げると、どこからか花びらが落ちてきていました。白色、青色、黄色、朱色、紫色……。そして、赤色の花。

 人々が騒ぐ様子はありません。どうやら、私にしか見えていないようでした。

 祝福するように舞う花びらたち。それを掴むように、私は前へと手を伸ばしました。教会を覆っていく花は幻想的で、優しいものでした。

 踊るように舞う花弁の中に、真っ白な羽根を見つけます。……そういうことなのですね。見守ってくれているのですね、お母さん。

 心に被さっていた不安や恐怖が剥がれていくのを感じました。いつの間にか、声も手も震えていません。これなら目一杯歌えます。

 ふと、椅子に座る人々が祈るように手を組んでいるのに気づきました。泣いている人もいます。穏やかな顔で目を閉じている人もいました。

 私を魔族だと思い、殺そうとしてきた旅人の姿もありました。彼らから恐怖の色はなく、私の唄に耳を傾けています。

 赤色に対する認識が消える日がこなくとも、安らぎを求めるのならば、私はそっと手助けをする……べきでしょう。クレイドさんのように和解できるとは断言できません。しかし、助ける手段はいくつもあるはずです。この場で顔を見せることはできませんが、いつの日か、私ではない赤い目の人間が、隠さずに生きられることを願っています。

 世界は今日も優しくないでしょう。けれど、いまここは、安らかな場所だと信じられました。

 これが安らぎの唄の力なのですね、クレイドさん。


 〇


 宿の一室、ベッドの上に寝転がった私は、教会での出来事を思い出していました。我ながら驚きの時間でした。いま考えても、よくあれだけの人の前で歌えたと思います。

 あの後、歌い終えた私を待っていたのは拍手喝采やお礼の言葉、再歌唱を望む声でした。姿を見られなければいいだろうと、彼らの希望に応じて歌ったのですが……。

「何回歌ったんだろう……」

 回数などとっくにわかりません。声が枯れるかと思いました。終了後、私の素性や次の集会について訊かれましたが、ドロシーさんがきれいに捌いてくれました。

 私が歌わずとも、唄は教会の聖女たちに引き継がれるでしょう。こうして広まり、歌われ続け、いつしかまた形を変えるかもしれない。かつてのように。

 それでもいいと思いました。唄が変化しようと、クレイドさんや『おばあさま』から繋がった想いはいまも生きている。唄は手段のひとつに過ぎないのです。

 私の役目は果たされたでしょう。しばらくは勇者業もせずにぐーたらしようかなぁ。今まで散々だらけてきましたが、クレイドさんは怒りませんでした。器が大きいのかもしれません。

 ベッドの上に鞄の中身を散らばらせ、何をしようかと考えます。

「ふわぁ…………」

 眠いです。これはお昼寝をせよ、とのお告げでしょう。

 ミソラを抱きしめ、せっかくだからとオルゴールのゼンマイを巻きました。鈴を転がすような音が優しくて、眠るときにぴったりなんですよね。

「……あれ?」

 流れてくる音楽がいつもと違いました。これは……。

「『ララの子守唄』……」

 蓋の裏を見ると、以前あったはずの表記も異なっています。


【Lala′s Lullaby】


 あの唄の名前が刻まれていました。

「びっくりファンタジー……」

 そんなことを言いながら、世界に一つだけのオルゴールに触れました。丸みを帯びたほのかな音を聴きながら、目を閉じます。

『だいじょうぶだよ』と言われているようで、心が落ち着いていきます。ミソラを抱きしめる腕からゆっくりと力が抜けていくのを感じながら、曖昧になっていく世界を拒むことはしません。

 だって、子守唄はこどもを寝かしつける時にも歌うのでしょう? ならば、私は眠るしかありません。

 ゆっくりと、ゆっくりと、意識が沈んでいく。眠りにつく私の頭を誰かが撫でているような気がしました。それがどうにも安心してしまって、顔が緩みそうになるのです。

 無防備な眠りを守る人がいる。そう思うと、何も心配せずに身を任せることができるのです。

 子守唄のおかげでしょうか。こわい夢はみませんでした。

『安らぎは時を超えて』お読みいただきありがとうございました。

みなさまもどうか、よい夢を。


勇者「たくさん歌うので、魔王さんも覚えてくださいね」

魔王「ぼくが覚えるのですか?」

勇者「魔王さんだって夢はみるでしょう? いつか必要になるかと思って」

魔王「そうですね。夢、いまもみていますよ」



『魔王っぽい勇者と勇者っぽい魔王』はこの物語で700話を迎えました。

みなさま、いつもお読みいただきありがとうございます。

この後もまだまだ続いていきますので、お楽しみくださいね!

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