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696.物語 ④大聖女の跡形

本日もこんばんは。

前置きが長くなりましたが、今話でいにしえの教会に突撃しますのでお楽しみに。

 ドロシーさんを加えた旅は、比較的穏やかに進行しました。それもそのはず。

「わたしの力で結界を張りましたので、気負わず進みましょう」

 聖女の力で守ってくれたのです。便利です。

 魔法とは異なる力のようですが、魔なるものを拒むだけでもすばらしいことです。やっぱり勇者の価値って薄いような気がします。私、必要かなぁ。

 魔物退治は魔王さんにお願いしました。ドロシーさんについた嘘がバレないよう、「いけ、魔王さん」とか「戻れ、魔王さん」とか、それっぽい命令をしました。

 魔王さんが小声で「ぼくはポケットの中に入れるタイプのモンスターですか?」と頬を膨らませましたが、気にせず使いました。

「便利な魔族ですね」

「ご飯も作ってくれます」

「なんとまあ」

「朝、なかなか起きないことが欠点ですけど」

「聖水をお渡ししておきましょうか。クラスにもよりますが、お役に立てるかと思います」

「聖水ですか。貴重なものだと聞いたことがありますが、いただいてよろしいのですか?」

「わたしたちは祈りを捧げれば生み出すことができます。勇者様のお役に立てるのであれば、献身は惜しみません」

 受け取った小瓶には透き通る水が入っていました。差し込んだ太陽の光を受け、きらきらと輝きます。

 きれいなものをもらったと、魔王さんに見せようと振り返ると、

「…………ウ、ン、ヨカッタデスネ、ユウシャサン……」

 目を細めて変な顔をしていました。どういう感情なんですか?

 魔王さんの反応を見るに、彼女にも効くのでしょうか。さすがに倒せはしないと思うので、ぴりぴりするとか?

 けれど、魔王さんは教会に向かう間も静かでした。自称魔王のやばい魔族を演じているだけではありません。ひとりの時、空を見上げているのを見かけました。なぜか、声をかけることができず、隠れるように様子を眺めてしまった私。

 魔王さんはとても長生きです。私の知らない誰かとの物語もたくさんあるでしょう。きっと、その内のひとつが、いま思い起こされているのだと思います。

 私の過去を訊こうとしないでいてくれるのなら、私もそうするべきだと思いました。少なくとも、彼女から話そうとしないのであれば、私は黙っているのが正解だと思います。誰にだって、言いたくないことや、言葉にしにくいことはあるでしょうから。

 ドロシーさんの持つ地図は非常に古く、今にも崩れそうなものでした。それでも、原本ではなく写しだそうで、私たちが探る時代の長さに目を回しそうです。現在とは異なる地形もありましたが、彼女はよどみなく進んでいきます。曰く、教会の前までは以前にも訪れたことがあるそうです。引き返した理由は例の通りということでしょう。

 ドロシーさんは旅の間、私の色に関して話をすることはありませんでした。かといって、触れてはいけないタブーのように扱っているわけではなく、『あなたはその色なのですね』と思っているだけ。

 まあ、人のいる教会に入るわけでもないので、問題はないのでしょう。ごく普通に接してくれる彼女に感謝しながら、聖女に対する苦手意識はわずかに薄らいだように感じました。

 魔王さんに対しては、正しく敵意を向けていましたけれど。鋭い視線を感じるたびに、魔王さんは『愛い』と慈愛の笑みでドロシーさんを見ます。彼女は怒った猫のように威嚇していました。平和だ。

 私と魔王さんの関係に首を傾げながらも、彼女は聖女として受け入れようと努力してくれていました。宿が二部屋しか取れなかった時、当然のように魔王さんが私の部屋に入った時は、さすがに目玉が飛び出そうな顔をしていましたね。裏返った声で「正気ですか⁉」と叫んだので、「魔族は手元に置いておくのが一番安全かと」と言うと、「たしかに……、タシカニ……、カニ……」と言い残して部屋に消えました。悪いことしちゃったなぁ。

 そして、三日目。休息をとった町から出発した私たちは、鬱蒼とした森の中を歩いていました。人が歩いた跡のない、獣道を進んでいきます。一体どれだけの間、誰も通っていないのでしょう。

 忘れ去られた地に眠る廃教会。これから目撃するそれを想像し、得も言われぬ感情で体が震えました。

「もうすぐです」

 ドロシーさんの声の通り、体力を奪う乱雑な草から逃げた先に、聖アイビアナ教会はありました。

 突如現れた広大な土地。荒れ果てた森とは異なり、それは今も現役のようにうつくしく在りました。

「すごい……」

 白く輝く結界が教会全体を取り囲み、誰もいれまいと無言で鎮座しています。その中では、廃墟などと呼べるはずもない美麗で荘厳な建物が太陽を受けて輝いていました。無数の窓にはステンドグラスが埋め込まれ、一歩近づくたびに青や赤、白や黄の色を放ちます。

 建物全体が把握できません。今まで見た中で最も大きな教会だと思います。神様や聖職者から目を背けて生きてきたために、建物を見ても詳しい知識が出てきません。唯一、わかるのは、教会の正面に掲げられたマークが神様を示すということ。

 知らずのうちに、手に力がこもっていました。ここに大聖女の痕跡があるのなら、それは一体どのようなものなのでしょう。私に見つけられるでしょうか。

「正面が大聖堂に繋がっています。両端はそれぞれ教会の施設に入れるようです。前回同様、魔の気配は感じません。結界ですが、わたしが触れるとこうなります」

 彼女が手のひらを当てると、結界は白く発光して存在を強調しました。試しに叩いてみますが、やはり弾かれるだけです。

「ぼくもやってみましょう」

 聖女服をひらひらと揺らしながら、魔王さんも手のひらをかざします。結界に触れた瞬間、ひと際強い光が放たれました。

「きゃっ!」

「うっ……」

 咄嗟に目を閉じ、ゆっくりと開けると。

「拒否されちゃいましたねぇ」

 のほほんと手を挙げる魔王さんの姿がありました。

「ぼくではないそうです」

 その言葉を聞き、ドロシーさんは私を見つめます。

「……勇者様」

 あとはあなたが、と彼女は足を止めます。

 ゆっくりと結界に近づき、深呼吸をしました。魔の気配がないとはいえ、いにしえの時代の教会です。何があるのかと考えると、よくない想像ばかりが浮かんできます。なまじ世界を知っただけに、私はしっかりと恐れていました。

 知らないことはこわいこと。私も、誰かも、同じなのです。

 どきどきと脈打つ心臓に手を当て、何度も呼吸を整えていた時でした。

 後ろに下がりながら通り過ぎる魔王さんが、小さな声で「安心して行っておいで」とつぶやきました。

 言葉の真意を訊こうとしましたが、彼女はもう離れています。渦巻いていた不安が疑問に置き換わり、思考が乱雑になっているのを感じます。

 ……でも、あの魔王さんが『安心して』と言ったのなら。

 思考の中に落とされた青い光。行く先を示すように光線を放ち、散らばっていた荷物を追いやっていきました。

 だいじょうぶ。短剣もミソラも指輪も、他にもたくさん大事なものがついていてくれる。

 再度、深く息をすると、背後にいるふたりを振り返ります。

「いってきます」

「いってらっしゃい、勇者さん」

「お気をつけて、勇者様」

 微笑む魔王さん。祈るように手を組むドロシーさん。……魔王さんの笑みは、いつもより寂しげな様子でしたが、理由はわかりません。

 ふたりの顔を目に焼き付け、私は結界に手を伸ばしました。触れた瞬間、結界は私を弾くことなく薄まり、『どうぞ』と言わんばかりに人一人分の大きさを作ります。後ろで、ドロシーさんが息を呑むのがわかりました。

 緊張しつつも、私は一歩踏み出します。結界内に入ると、すぐに閉じられました。どきりとしましたが、ともかく進みましょう。

 教会のことはわかりません。とりあえず一番大きな扉を開こうと思います。たしか、大聖堂と言っていましたね。

 なぜかかつての姿のまま存在する聖アイビアナ教会。扉も錆ひとつなく、訪れる者を待っているようでした。慎重に隙間を作り、体を滑り込ませました。

「…………」

 思わず声を失うほど、大聖堂は広くうつくしい場所でした。まっすぐ伸びる石の床にはいくつもの長椅子が設置され、周囲には太い柱がそびえています。アーチ状の意匠を眺めると、めまいがするような感覚に陥りました。

 厳格な雰囲気に息をするのも憚られるようです。誰もいないと言い聞かせ、奥へと進んでいきます。

 ゆっくり歩いて行くと、円形の広場のような場所に突き当りました。神々しさを感じる巨大な像が置かれ、私を見下ろしています。その後ろには、目を見張るステンドグラスがありました。像を通り過ぎ、窓へと近づくと、

「…………」

 言葉もなく見上げ続けます。あまりに大きなステンドグラスです。それなのに、一つひとつの色がとても細かく、目を凝らしても解明できないようでした。

 花や蝶や鳥や輝きを携え、目を閉じて祈る人物がガラスによって作られています。きっと、この人が。

「……大聖女」

 かつて存在したとされる、いにしえの聖女。顔も名前も知らない貴い人。私などでは、本来ステンドグラスを見ることすら許されないでしょう。

 窓から差し込む光が様々な色を映し出し、私を照らしました。崇高な大聖女から目を逸らすように、私は大聖堂を出て行きます。

 隣接した建物に入ったと思われ、そのまま各部屋を探索することにしました。教会といいますが、ここで暮らせるような設備が整っているようです。魔なるものの被害を受けた人を受け入れる場所でもあるので不自然ではありません。

 通う聖職者もいますが、聖女は住み込みらしいです。教会は彼らにとって家なのですね。

 広めの部屋は運動するにも集会を行うにも最適です。椅子や机が置かれた場所は、食堂のようなものでしょうか。心身の傷を癒す者や救いを求める者が集まり、安らぎを得ていた風景を想像しました。

 寝室にはたくさんのベッドが置かれています。こわい思いをした時は、身を寄せ合って眠ったのでしょうか。

 図書室には様々なジャンルの本がありました。絵本コーナーもあり、こどもたちが読んでいたのを思い浮かべます。もしかしたら、聖女が読み聞かせることもあったのかもしれません。『これ読んで』、『こっちがいい』、『もう一回』とせがまれて、困ったように笑う聖女がいたのかと……。

「…………」

 今にも廊下から聖女が歩いてきそうな教会。こどもたちの笑い声が聴こえるかと耳を澄ましてしまうほど、かつての姿そのまま。だから余計に、誰かいたはずなのに誰もいない空間に、私は苦しくなる胸を感じました。心臓が小さくなるような感覚がします。言葉にできない痛みを抱えながら、大聖女の痕跡を探しました。

 すべてそのまま残っているのに、それらしきものはありません。一番可能性が高い図書室は重点的に見ましたが、そもそも聖女に関する書物がほとんどありませんでした。

 焦りを感じつつ、すべての部屋を見ていきます。広い教会です。軽く見るだけでもかなりの時間を要しているでしょう。それでも手掛かりはありません。結界に入れただけで、収穫は何もない状態でした。このままドロシーさんの元に帰るのは忍びないです。

「ここは……、私室でしょうか」

 あらかた見尽くしたと思っていましたが、細い道の先に小さな扉を見つけました。開いてみると、一人用らしき部屋があったのです。

 机、椅子、タンス、ベッド。これといった私物らしきものは見当たりません。

「……あ」

 机の上に開かれた本がありました。これまで、物が出たまま使われたままというのはありませんでした。状態だけ保持されているだけで、生活感は想像の域を出なかったのです。ここにきて、開かれた本というのは珍しい。人様の部屋にずかずか入るのは躊躇われますが、やっと見つけた異変です。頭を下げて机に近づきました。

「日記……かな」

 印刷されたものではない。細くきれいな字で綴られた日々の記録のようでした。しかし、内容まではわかりません。読もうとすると字がぼやけ、認識されないのです。目をこすっても変わりません。

「なんで……」

 ページをめくりながら、読める場所を探します。けれど、どこも同じでした。

 せっかく見つけた手掛かりなのに、これも収穫なしでしょうか。そろそろ落ち込みそうです。

 鍵のついた引き出しも、開きはしますが何もありません。本以外にめぼしいものもありません。

 つい、ため息をついてしまいました。これからどうしましょう。ドロシーさんにありのままを報告する……、いや、それはちょっと……。

 重い足取りで大聖堂に戻ります。神様にお願いしたら、何か手掛かりを得られるでしょうか。

「……嫌だな」

 神様にお願いしたくないです。とても嫌です。何が嫌って、嫌なものは嫌なのです。

 でもまあ、勇者でありながら神様の印を身に付けもしていない私では、きっと見てくれることはないでしょう。

 大聖堂の長椅子の下でも這いつくばってみようかと思いながら扉を開きました。……やっぱり、ここは一番広いだけあって空気が違うようです。本来は心が落ち着くのでしょうけれど、私は神様にも人々にも背いてばかりなので、勝手に責められているように感じるのです。

 中央を通ることもせず、逃げるように隅を歩いていた私。

「…………」

 ふと、足を止めました。最後にもう一度、大聖女のステンドグラスを見たいと思ったのです。ちょっと見るだけなら罰は当たりませんよね?

 周囲の厳かな像から視線を感じるようで、俯きながらステンドグラスまで駆け寄ります。神様を通り過ぎ、『きれい』という言葉では表現しきれない窓を眺めました。

 ドロシーさんには事実のみを言おう。他者にも自分にも実直な彼女には、嘘はすぐ気づかれるでしょうから。それに、私が彼女に嘘をつきたくないのです。ついてしまえば、二度と目を見て話すことはできないでしょう。

「……私は、あなたのようなすばらしい人ではありませんから」

 大聖女は何も言いません。彼女の前も、教会も、私がいてもいい場所ではないのです。

 はやく出よう。私がいては教会が穢れてしまう。

 探索しながら増していった胸の痛みを振り払いながら、踵を返した時でした。

「えっ……?」

 神様の像の下、聖檀の上に白く輝くものがありました。両手でやっと持てる大きさの結晶です。まばゆい光を放ちながら、聖檀の上で浮いていました。

 いつからここに? 最初に来た時はなかったはず。もしかして見逃した? そんなまさか、これだけの存在感があるものを、見落とせるだろうか。

 次々と生まれる疑問を囲むように、心臓が激しく脈打っています。これはきっと、大聖女に繋がる何かに違いない。そうでなければ、在ること自体がおかしいのだから。

 敵の攻撃という可能性もあります。無暗に近づくべきではない。わかっていながら、私の足は結晶へと動いていきました。

 教会の外にいる魔王さんに報告する? いや、あのひとは入れないのだから私がどうにかしないと。

 魔の気配は? どんなに集中しても感じられません。とはいえ、緊張と高揚で乱れた状態では、まともに機能しているか不明です。

 敵だと思う? ……わかりません。考えても答えは出ません。とてもきれいな結晶ですが、花に毒があるように、見た目だけで判断するのは危険です。

 逡巡する私を諭すように、白い輝きがふわりと揺らめきました。

「…………」

 この光は結界と同じです。勇者だけを通すもの。ならば、私は触れるべきなのでしょう。

 ……少しだけこわい。浅くなった呼吸を繰り返し、震える手を差し出します。浮いている結晶を下から支えるように両手を入れ、わずかに狭めました。

 どくん。どこからか音がしたように思いました。私の心臓の音なのか、それとも。

 結晶が光る。白く白く、あまりにまばゆい光。選択を間違えたのかと思っても、もう遅い。けれど、光は温かい。安心してしまう。

 止めていた息が動いていくのと同時に、私は意識が遠のいていくのを感じていました。踏ん張ろうにも足に力が入りません。上下の感覚が消え、落ちていく曖昧な世界の向こうで、体を抱きとめる人の手の感触がありました。

お読みいただきありがとうございました。

よく連れて行かれることで有名な勇者さんが今回も。

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