691.会話 長くて短いケーキの話
本日もこんばんは。
どんなケーキじゃいって感じのサブタイ。
「ショートケーキという存在に言いたいことがあるのです」
「おっしゃってください」
「ロングケーキになってみませんか？」
「食べ足りないのですね」
「おいしかったです」
「気持ちはわかりますが、ケーキはひとり一つまで。健康のためにもね」
「どうせいつかは死ぬのです。食べたいものを食べた方がいいですよ」
「同感ですが、ぼくには勇者さんの健康を守る使命がありますので」
「ないですよ。魔王でしょう」
「魔王にはなくとも、『ぼく』にはあるのです」
「ちょっと屁理屈っぽいですね」
「ケーキがロングだったらたくさん食べられると思う勇者さんもかわいいですが」
「最初からカットしなければ……？」
「閃いた勇者さんは置いておいて、ショートケーキのショートは短いという意味だけではないのですよ。『サクサクした』とか『脆い』という意味なのです」
「そうなんですね」
「地域によって示す食べ物が違うのです。ぼくたちはふわふわのスポンジ生地のケーキを思い浮かべますが、元はビスケット生地に果物やクリームを乗せたものなのですよ」
「そっちもおいしそうですね」
「というわけで、ロングにはならないのです」
「いえ、なりますよ。ロングとはケーキの長さだけではないのですから」
「と言いますと？」
「ケーキを食べるまでの時間。魔王さんが買ってきて準備をするまでの時間はロング」
「そんなにお待たせしたつもりはないのですが」
「気持ちの問題です。まだかな、まだかな、と待つ時間はとても長く感じますよ」
「えっ、勇者さんってばぼくが買い物に行っている間も、ケーキの準備をしている間も、まだかな、まだかなって待っているんですか？ かわいすぎるんだが？」
「紅茶を淹れるためのお湯が沸けた音や、お皿を出す金属音もわくわくします」
「えっ、かわいすぎる。待って、もう一回言って」
「トレイに乗ったケーキがチラッと見えた時はそわそわしちゃいますよ」
「あまりにかわいすぎる。全世界のパティシエにありがとう――」
「次の町ではどんなケーキが待っているのかなぁと思っています」
「その言い方だと、行く先々でケーキを食べていると思われますよ」
「あれば食べます」
「ぼくもつい買っちゃいます」
「なければ魔王さんが作ります」
「ぼくもつい作っちゃいます」
「こうして勇者は死に近づいて行くのです」
「せめて元気になってくださいよ」
「ショートケーキを食べて寿命がロングになると？」
「おっ、いいですね、それ！」
「糖分過多で長生きするわけないでしょう」
「ぼくをご覧ください」
「超甘党で生クリームはあるだけ乗せる魔王さんを見てどうするんですか」
「甘いものが大好きでもこんなに長生き」
「不老不死がふざけたこと言ってんじゃないですよ」
「すみません、調子に乗りました」
「健康なんて気にする必要はないんですもんね」
「あ、はい、ないです」
「どんな食生活しても死なないですもんね」
「そうですね」
「だから私に内緒で自分だけ二つ目のケーキ買ってあるんですもんね」
「えっ、なんで知っ……おおっと」
「魔王さんなんて早死にすればいいんだ」
「死なないってわかっているのにそう言う勇者さん、かわいいな」
「スポンジに押しつぶされて窒息すればいいんだ」
「発想があまりに幼稚……じゃなくて、かわいいな」
「生クリームの川で溺れても助けてあげません」
「自分の方こそ泳げないのにそんなこと言っちゃってぇ！」
「私にも一口ください」
「あああああんかわいいですねぇ！ もちろんですよっ」
「魔王さんだけにいい思いはさせません」
「ぼくはもうじゅうぶん味わいましたけどね」
「まだケーキ食べてないじゃないですか」
「ケーキよりも甘いものがあるのですよ」
「なんだろう。あ、隠れてチョコレートでも食べたんですね？」
「違う～。かわいい～。うへへ～」
「じゃあ、シュークリームかな。ワッフルかも。わかった、マカロンだ」
「えっへへ。いやぁ、追加のケーキを買った甲斐がありましたね」
「なんで私を見て言うんですか？」
お読みいただきありがとうございました。
ケーキが目的ではない魔王さん。
魔王「いやぁ、お腹いっぱいです」
勇者「何も食べていないじゃないですか。あ、私に隠れてケーキ食べちゃったんですね？」
魔王「怒ってるお顔、ごちそうさまです」
勇者「からかわれている気がする」
